採用面接
一通りの自己紹介を終えたところで、案内をした可愛らしい少年が紅茶を運んできた。香りが薄いところを見ると出涸らしのようだった。
王室御用達の茶葉が出てくるとは思っていなかったが、客に出涸らしを出すのか。本当に大丈夫なのだろうかこの家は。
「ともあれ、メアリよ。君ほどの家の出ならばわざわざ奉公に出ることもあるまいに、どうして来たのだ」
「チラシを見たので」
端的この上ない返答であった。
しかし事実、彼女がこの募集に応募した理由はその程度だった。金に困るでもなく、現在の職に不満があるでもない。目についたから来てみただけ、といういい加減な動機だった。
レノギウスは眉を顰めた。無理もない。今後の国家を左右する、かもしれない局面に踏みいれようという人物が何の感慨も気概も見せないとなれば不審に思うだろう。
「それ以外には何もないのか。国を変えたいだとか、給金を弾んで欲しいだとか。何かあるだろう」
「いえ、何も」
「いやいやいやいや、待て。では何だ。君は特にやりたいこともなく、ただ募集があって働いてみたかったから、今日この場に足を運んで来たというのか?」
メアリは小さく頷いた。
それが悪いとも考えていない様子である。労働に必要なものは熱意ではなく、作業である。やることをやっていれば腹の中で何を考えていようがどうでもいいだろう、との持論であった。
ついでに幾つかの自身の問題からも逃げられる。
後半は胸中に留めたが、彼女は気負うことなくレノギウスに述べてみせた。
「この程度の住処と食事、後は並みのお給金がいただけたなら、それで十分でございます」
「そ、そうか」
淡々とした物言いにむしろ気圧されているのは主人となるはずのレノギウスの方であった。
彼としては若い、やる気のある者が応募してくれることを願っていたのだ。彼にとって侍従の性別はどうでもよかったのだが、王位を勝ち取った後に妃を取ることを考えると、妃の理解者として近しい同性の侍従が居た方が良いだろうとして侍女を募集したのである。
そうして随分待ち、やって来たのが無気力・無表情・無遠慮の三拍子が揃ったメアリであったのだから、彼の困惑も仕方がなかろう。よりによって市井にほぼ見ないような珍しい性質の娘を引き当てるあたり、ある意味で王の素質があると言えるのかもしれない。
この程度という言葉に若干傷付きつつ彼はメアリから視線を外した。
「うむ、給金はそれなりに出そう。念のため他で部屋を借りて生活できる程度には……それと家事はできるな?赤鈴亭の娘なら聞くまでもなかろうが」
「人並みにはできます」
「こういう時は少しくらい話を盛ってもよいのだぞ」
「人並みより少しだけできます」
「……よし、いいだろう」
これはこういう者なのだ、とレノギウスはケリをつけたらしい。家事ができるのならばいいとして彼は改めてメアリに向き直った。
目が醒めるほどの美人、ではある。
外見というものは優れているに越したことはない。特に権力者にとっては、側に仕える者の質がそのまま自身の評価として対面する者に受け取られる。王ともなれば国そのものの質を侍従、あるいは配下の大臣たちが示すとしても過言ではない。
故にこそ、この国の王位継承戦は主従での参加が大前提なのである。国を治める者は国に住まう臣下をよく配さねばならぬ。側仕えの従者をその理想と王道をもって率いることが敵わねば、どうして百万の国民を統治することができるだろうか。
「では、料理はできるか」
「人並みには」
「よろしい。少し盛ってみよ」
「あまり料理をしたことがない人並みには、できます」
「下方向に盛るでないわ」
口数を増やせという意味ではない、とレノギウス。
ふざけた回答とも受け取れるが、形式張っていない砕けたやり取りができるとも取れる。
彼は何故か機嫌良く何度も頷いた。
「一応王の血を引く余を前に、初対面でここまで巫山戯る者は初めてだ。度胸があると言われたことはないか」
「覚えがありません」
「無いのか……!?」
レノギウスが唖然とするが、彼女にはそのような記憶はないらしかった。
彼女のは度胸があるというよりも、無関心という方が正しいだろう。些事に気を取られないという言い方をすれば些か印象がよいかもしれない。
この場において、レノギウスは2つの相反する考えに悩まされつつあった。
1つはこの変な娘を雇わないまま帰してしまうという選択である。礼儀作法は悪くない。後々で仕込んでいけば格好はつくだろう。それにしても全くおべっかを使えず、朴訥としながらぐさぐさと背中を刺すような物言いは辛い。彼は誰彼構わず褒め称えられたいという短絡的な感性はしていなかったが、それでも辛いものは辛い。熱意がなければこの後の競争について来れるかも不安である。
対してもう1つの考えは、この肝の座った娘(良い方向に解釈して)を雇って侍従とするというものである。家事がそれなりにできるのならばメイドとしては役に立つ。美人であることは間違いないから他の候補者の側仕えに比べて見劣りするということはないだろう。真っ直ぐな口調は誤魔化しがなく、小気味が良い。中々有名な宿の娘であるので、背後に貴族が潜んでいるということもない。下手に貴族の子女などを取り込むことは避けたかった。
「……ふむ。直ぐにでもこの屋敷に移ることはできるか?継承戦が始まるまでにそう時間はない」
「数日中には可能でしょう」
「子供たちがバタバタと走り回るがよいのか?夜泣きもあるぞ。それと、はっきり言って勝算は低い。貧乏男爵の従者として老いるまで過ごすことになるかもしれぬ。本当によいのだな」
──男爵だったのか。いや話は盛っていいという割に、彼自身もかなり正直だ。ここであれやこれやと口車に乗せておいて、危なくなれば後悔もなくさっさと処分してしまうのが正しい貴族のあり方というものだと思っていた。
巷に出回る低俗小説のように、何やかんやと言い掛かりを付けて御付きのメイドにお仕置きをしたがるのがこういった王侯貴族だと思っていた。誰もが高い場所に置いたものを取らせてみたり、奥方の居ない内に寝室に呼びつけたりするものではなかったのか?
とすると、この少年は意外と当たりなのかもしれない。顔つきも、頑張って薄目で見れば悪くないようにも思う。偉そうな口調は貴族様なのだから仕方ないだろう。
メアリは黙々と馬鹿らしい空想を巡らせてから、深く頷いた。
「騒がしいのには弟妹で慣れております。勝ち目が薄いことは見れば分かります」
「……見れば、分かるか。そうか。余は少し悲しい……ああ、言うまでもないが魔力はあるのだな」
「あります」
王位継承戦における重要なファクターとして、彼らが口にした魔力というものがある。
使用方法は多岐に渡り、科学の発展に伴って下火になりつつはあるが、やはり支配階級には備わっていて当然という素質をいう。
継承戦の中の一項目、御前試合の中ではこれがなによりも欠かせない要素であるが、詳細は後ほどとする。
ならばよい、とレノギウスは机の下からシンプルなエプロンドレスを取り出し、メアリに手渡した。
「よし、採用だ。業務は日常的な家事、余の予定管理、必要ならばその他の雑務だ。無論、無体無茶は言わないと約束しよう」
「承知いたしました。レノギウス様」
「レノでよい。様は忘れずに」
「ではレノ様。……本日はこれにて失礼いたします。両親にこの旨を伝えなくてはなりませんので」
「そうか、うむ!どうあれ次期王の候補者に仕えるのだからな。ご両親もお喜びになるだろう──」
いえ、とメアリは首を振った。
何?とレノは首を捻った。
「まずこの募集に応募しましたことを伝えなくてはなりません」
「──ではチラシを見て来たというのは」
「……?チラシを見かけてから直接来ましたが」
「ではご両親に相談などは」
「しておりません」
レノギウスの表情が凍り付いた。
せっかく手に入れたメイドが、やっとの事で掴んだ次期王位への道が、下手をすると両親の反対で手を離れていくのではないかという危惧であった。
そして彼のとった対策は明快至極──。
「ダ、ダリオぉーッ!は、早くこのバ……メアリさんに土産を持たせるんだ!何かあっただろう!?」
「このボロ屋敷にそんなものあるわけないじゃないか」
「ええ、私のようなメイドにはお構いなく」
「余が構うのだ!!」
そんなわけであの美少年はダリオというんだな、などと呑気に納得して、メアリは大量に持たされた
彼女の家族は突然腕いっぱいの荷物を抱えて帰って来た娘に驚いて、弟妹母親祖父母までもが躊躇する中、父親が代表して口を開いた。
「そ、それでメアリや。その荷物はどなたに頂いたのだね」
何しろこの娘である。見目麗しいことに加えて常に何かを考えているかのような涼しげな顔をしているので、家族内でも微妙に触れ難い部分にいるのだろう。
リビングの机に積み上げられた折箱の山に、メアリよりも年下の兄弟ですら口元を引攣らせている。どうやら、この家庭における長女の立ち位置が見えてくるようであった。
当人は素知らぬ顔でレノ様に頂いた、とだけ言った。
「レノ?ああ、あの孤児院の。そうか、あの家の子を助けてやったんだね。いやぁ、あの子も頑張っているから、いいことをしたじゃないか」
「いえ、近々あの孤児院で彼に仕えることになりました」
その一言に、まぁ何だかんだ言ってもいつもの姉のことだから──と土産を眺め始めていた弟妹までもが全身を硬直させた。
「……は?」
「王位継承戦に参加する侍女として雇われることになりました。あ、
──程なくメアリの両親は卒倒した。
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