第15話 最弱勇者と最強軍人
威嚇として大きく広げた炎の翼が背中から燃え上がり、視界を眩しい光が塗りつぶして行く。
発される熱は身を焦がし、チリチリと焼けさせ、汗が絶え間無く流れ始める。
身体中から水分が抜け、不意にめまいが襲う。
真っ暗だった深夜の戦場は明るく輝いた。
空に浮かぶのは不死鳥の翼をはためかせるただ一人の人間。オレンジ色のバンダナを巻き、揺らめく赤髪は神聖さえ感じられる。
この人間は、戦場の空気を一瞬で変えてしまうほどの強い力を持っていた。
その証拠に、この人間が現れてから、戦争の戦況は一気に変わっている。
敵も、味方も。
「うおぉぉ…熱いぃ……茹で蛸になっちまう…」
「うえぇぇ……」
「あ、ぼ、僕の鳥達が!?」
『な…バカな…冷房機が不調だと…!?』
「大丈夫ですかバーシバル様…」
__何故この程度の気温で皆へばっているのだ?
「あなたは魔界育ちでしょう…」
__…そうだが?お前はそうじゃないのか
「私は地上の魔物ですよ…」
__ふむぅ…?違いがあるのか?
「地底…」
__……ふむぅ?
「だ、大丈夫ですかシェイミー様…」
「何故この程度の気温で皆へばっているんですか?」
「あなたはいつも燃えてるからでしょう…」
「……?」
「自覚無いんすか…凄いっすね」
「……むぅ?」
謎の茶番を繰り返す謎の戦場。
シュールの塊である。
先ほどの空気を吹き飛ばすようにして、少し溜息をはいたスルトが、空中で突然動き出した。
「…さて、そろそろ今までの遅れを取り戻そうかね」
『ふん、やっとか』
シュバルツは空中で、まるで生き物がしている行動のように暑さにやられたのか長く垂れていた機体の先端をぐっと引き締めるような動きで持ち上げる。
すると、シュバルツは少し高い高低差を軽々飛び越え、スルトに向かって飛び立った。
「むっ」
応戦として、スルトも背中の翼から幾つもの火球を作り出し、行く手を遮るようにして次々と、打ち出す。
しかし、その強大な魔力を使って吐き出した魔法も、シュバルツのバリアーは危なげなく突き破って行ってしまう。
「何だそれ、凄いな」
『生まれつき魔力を持たないアダラクトスの人民が、貴様らの持つ魔法壁に対抗する為に作った物だ』
「そいつは素晴らしい発明だなっと!!」
スルトはシュバルツの突進を極太の火柱をアダラクトスの兵に向かって放出する事で反動を受け、後ろに吹き飛ばされ回避する。
「うわぁ…何ていやらしい戦い方……」
「攻撃も避けて敵軍も攻撃できて一石二鳥ってな!!」
しかしそんなスルトの攻撃もアダラクトスはお得意の発明で作ったバリアーで防いだようだ。
「おぉ…まさか防がれるとは思わなんだ……だが」
スルトは指を鳴らし、囁くように言う。
「幻術魔法【見えざる炎】」
そう言うと、アダラクトスの軍隊が突然炎を上げた。兵士は大声をあげ、苦痛で阿鼻叫喚を叫びはじめる。
『貴様ぁ!何をしたぁ!!』
「これも最強の人間の力ってね。俺の炎はバリエーション豊かなんだ」
スルトはしてやったりと、シュバルツに向けて最高に嫌味な笑みを浮かべる。
すげぇ…始めて見た…幻術魔法【見えざる炎】…自分以外の誰物にも見る事のできない炎を作り出す炎魔法だ。
スルトが飛びかかってくるシュバルツを避けている時、突然黒竜が動き出した。
__我を忘れてもらっては困るな
黒竜は禍々しい黒炎を吹く。
周りの大気を吸って巨大化して行く炎は着々とスルトに迫っていった。
「俺を相手に炎ねぇ…なめるなよ!!」
スルトはその黒炎を避けるどころか、白く燃え上がる翼で真正面から包み込んだ。
黒炎は次第に力を失い、小さく変化していく。そして最終的に全て消え去ってしまった。
__炎の勢いを吸収…いや、自らの炎へと変換したと言うべきか
「そう簡単に俺の【フェニックス】を突破されちゃあたまらねぇからな!!」
何か一人で叫ぶスルト。
多分黒竜もなんか言ってるんだと思うけど黒竜の言葉を理解できるやつなんてこの場には魔物の勢力しかいない。
つまりは大音量の独り言。
「じゃあ地上の奴らはお前らに任せた!俺はこの化け物どもの相手をする!」
「「「「「おおおおおおおおお!!!!!」」」」」
「さぁここらで戦況変えようぜ!!」
大声でアルティカーナ要塞を激励する本物の総大将。
スルトは曰く化け物の二体をおびき寄せる為、空へ飛翔した。それに合わせてシュバルツも飛び、黒竜も動いた。
空で決着をつけるつもりなのだろう。
黒竜は強大な翼をはためかせ、天空へ飛び立つ。その光景に、現世では見る事のできないこの世界の神秘を感じた俺は、不意に黒竜と目があった。
何かを言っているようにも思える大顎の動きに戦々恐々とし、意味もなく身構える俺。目を細め、何十分にも思える一瞬の時の中で、ただ黒竜は俺の目を見ていた。
遠くからでも分かる燃え上がるような紅眼は俺の精神を押しつぶし、冷や汗を流させる。
黒竜は飛んだ。
俺に静かに何かを伝え、空へ。
「黒竜…バーシバル…」
こいつだけは明らかに只者じゃなかった。
◇
一面に広がる天空の夜空。
連なる雲が作り出す、幻想的な風景に、男の胸は高鳴った。
ここには自分の相手をするべき敵以外、誰もいない。
唯々広いその世界は、まさにスルト・アルバレアの土壇場なのだ。
「あぁぁ…いぃ空気だぁ…」
手を広げながら天を仰ぎ、それでも果てしない宇宙を見上げる。
体は重力に逆らえず、上半身は地上に向けて傾き始める。
状態だけ見れば夜空を寝転がっているように見えるだろう。
「ははっ…ははははははは!!」
『ど、どうしたのだ』
狂ったように笑うスルトに、シュバルツの搭乗員は狂気を見る。
そしてスルトはいきなり上半身を上げた。
「不意打ち上等!!
【プロミネンス】!!!」
『なっ!?』
瞬間、スルトの翼が一瞬で爆ぜ、形をかえた。空中に広がるようにして放たれた炎の進撃は地上にも届いているだろう。
うねるように宙を蠢く炎の動きはまるで、夜空に降臨した炎龍のようだ。
__不死鳥の次は龍の群れか…なに、相手が炎のならばその弱点をつけば良いだけのこと
黒竜は何かを飲み込む様な動作をし、口から極寒の冷気を吐いた。
「水を吐けない限りは俺に攻撃は届かない!!」
しかしその冷気は炎の壁に阻まれる。
『ふん…ならばこれはどうだ!!』
シュバルツは機体から飛び出す無数の銃口をスルトに向けて打ち出した。
しかしスルトは体を炎で囲み銃弾を防いだ。
伊達に最高位万能系炎魔法とか長たらしい名前がついていないのがスルトの固有魔法だ。
「おぉ!?何だお前!?体当たりしかできないとかじゃねぇのか!!」
『んなわけあるか!!』
その挑発とも取れるセリフに怒ったのか、シュバルツは今まで機体の中に畳んでいた砲台を再度引き出す。
『くらえっ!!』
「ふんっ!こんな直線にしか飛ばない攻撃、避けるなんて簡単……ぎゃあぁぁあ!?めっちゃ飛んできた!!しかも曲がる曲がる!!」
砲台は隙間も作らず光を打つ。それに苦戦しながらも避けるスルト。
戦闘はスルトの劣勢だった。
「おっと!」
攻撃が止む。体制を立て直したスルトは辺りを眺めた。
「はぁ…こりゃきついなぁ…」
険しい表情で溜息を吐く。
炎が無ければちょっと元気なだけのおっさんにしか見えない。
しかしその眼は鋭かった。
「ふっ…まぁこれが二対一だったらマジで要塞落とされたかもなぁ」
『…?貴様、何を言っている』
「気づいて無いのか?あの何万年も生きた聡明な黒竜様が俺たちの戦いを黙って見ているはずないだろ?」
『黒竜などいない……はっ!?』
そこでシュバルツの搭乗員は気づいた。黒竜バーシバルは冷気を吐いた直後から空中にはいなかったのだ。
『くっ!!あのトカゲ!!!』
戦争の主力兵器が空にいる今、一つだけ降りた黒竜が対抗勢力を持たない地上の兵士達を蹂躙する事を想像するのは難しいことではない。
シュバルツの搭乗員は事態の重大さに気づいて、地上に向かって加速する。
しかしその急行はスルトの作る強力な魔法壁によって阻まれてしまう。
「行かせねぇぞ、お前はここで俺と一騎打ちだ!!」
『き、貴様あぁぁぁぁあ!!』
「……さて、俺達の要塞は黒竜に耐えてくれるかな?」
兵器と人間の小さな戦争が始まる。
◇
「くっ!また魔物が増えた!!要塞の迎撃術式を起動しなさい!!」
「はっ!」
「全く!あの黒竜は一体何がしたいんだ!!」
スルト達が空に行ってから、アルィカーナ要塞とアダラクトスは、どっちつかずの泥沼の戦争が続けていた。
魔物もいるにはいたが両国の激しい戦争に隠れてしまった。
戦争が更に激化していくその時、奴は夜空から現れた。
雲を貫き姿を表した壮大な黒い影。
翼を大きくはためかせ、地上に降り立つ巨大な巨躯は神々しささえ感じさせた。
軍を裂くようにして吹いた業火は兵士達を震撼させる。
それは黒竜バーシバル。
魔物の軍勢が召喚した最終兵器だった。
「黒竜が地上に降りてから兵士に収束がつきませんシェイミー様!!」
「そんなこと分かっています!あの黒竜をどうにかして退けなければ!!」
黒竜はあの咆哮で魔物の大軍を作り出し、両国にも匹敵する勢力を作り出した。
思わぬ伏兵で戦況が覆され、軍は混乱。魔物の軍勢に両国は追い詰められていた。
シェイミーは襲いかかってくる魔物の首を的確に刎ねて行く。
「貴方も大概化け物ですね」ボソッ
「聞こえてますよ」
「え」
シェイミーは太ももに装着してある小さなナイフを数本指に持ち、何かを囁いた。するとナイフは急に動きだし、シェイミーの周りを衛生のように回り出した。
「うわぁ…空を縦横無尽に動くナイフとカタナの連続攻撃…化け物だ……」
「ふんっ!」
「あがっ!?」
ナイフの柄で叩かれた兵士は悲鳴をあげる。
シェイミーのポニーテールが再度燃え上がった。
身体能力が大幅に強化されたシェイミーは戦場を駆ける。
魔物の大軍が蠢く戦場を単体で動くのは本来なら非常に危険なのだが、最強の人間の娘にそんな常識は存在しない。
いつの間に刎ねたのか、シェイミーの駆けた道のりは魔物の首が転げ回っていた。
魔物は何とか手を伸ばし、シェイミーをその鉤爪で引き裂こうとするが、周りを飛ぶナイフがそれを許さない。
目に見えない斬撃は無駄な部分を切り裂かず、首だけを裂いて行く。
その光景を遠くから見ていたカグラは感嘆の溜息を吐く。
「すげぇ…シェイミーさんそんな強かったのか…」
強いことは分かってはいたがここまで強いとは思わいだろう。
最弱の勇者はシェイミー・アルバレアという少女の強さを再確認した。
「カグラッ!?変なのが!?」
「ちょっ!?魔物が吹き飛んできたよ!?」
「俺に一体どうしろと!?」
最弱勇者のギリギリライフ @ebi0818
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