辺境の暴力伯爵
第1話「辺境都市ベリエラ」
薄暗くなり始めた辺境の地。
その空の下では、ガラの悪そうな男たちがたむろしていた。
「ッかぁー……! 疲れたぜ。今週分の滞納者の捕縛……なんとかノルマ達成だな」
「いや、まったく。俺もクタクタだ……」
「にしても、今週はいつもより逮捕者が多いな?」
やれやれと……、疲れた様子の兵士たちの一団が兜を脱ぎ、おもむろにカウンターに置く。
集団でドカドカと乱暴な音をたてて、安い作りの椅子を軋ませると、
「おい、エールだ!」
「おれも」
「俺も俺も!」
決まっているかのように定番のエールを注文する。
給仕当番の兵はいそいそとエールを注ぎ兵らに差し出す。
それを旨そうに飲み干すと──。
「かーーーー!」
「効くねーー!」
「お代わりだ!」
ダン、ダンダンッ!
と空になったカップを差し出し二杯目を所望した。
そこに注がれる小麦色の液体を見るともなしに見ながら、
「しかし、こう毎日毎日滞納者を捕まえちゃ、領民がいなくなっちまうぜ?」
「ハッ! 貧乏人のことなんざ知るかよ。ここんとこ、近隣の村を襲っている盗賊のせいで税金を払うに払えない貧乏人どもが多いのさ」
「あ~例の、腰抜け女銃士『連撃のカサンドラ』だっけ? 悪名とは違って、噂じゃ、かなり凄腕の銃士だってんで
「いまや盗賊か。あのカサンドラがね……まさか生きていやがったとは───だが、そのうち伯爵が出張って下さるさ」
「どうだかぁ……。カサンドラの逮捕よりも、滞納者逮捕に精を出してる気がするぜ?」
「まぁな。この分だと、腰抜け野郎の『無頼の剣豪オーウェン』やら、かの有名な『勇者ザラディン』とかも生き残ってるんじゃないのか?」
「ひゃははっははは! 大賢者さんも詰めが甘いんだよ。殺したっていうのも建前で、大方、昔の仲間のよしみで温情かけちまったんだろう?」
「ありえる~……
ここは、辺境都市ベリエラ。
魔王討伐の任務から帰還した英雄の一人、
そこの兵が詰めている舎屋の一角で、酒場の様な休憩スペースに本日の勤務を終えた兵士が酒を片手に
いつもより早い
魔王討伐から14年。
世界は復興し始めた。
かつてのごとく、魔王が世界を蹂躙する以前の様な、華やかりし時代を思わせるくらいに人類の繁栄を取り戻しつつあった。
※ ※
「
ばんざーい!
ばんざーい!!
わぁぁぁぁああ!!
わぁぁぁぁああ♪♪
歓喜、
歓声、
歓待、
魔王討伐と、腰抜けの卑怯ものの偽勇者成敗の功績を引っ提げて凱旋した、大賢者一行。
舞い散る紙吹雪と、色とりどりの花びら。
そして、訪れた平和に誰もが感謝し、感動していた。
世界を闇に沈めんとした魔王が打ち倒され。
怖じ気づき、命を惜しんで人類を裏切った卑怯者、偽勇者ザラディンたちが討たれたのだ。
それは、斜陽であった人類の歴史に新たな1ページを刻む出来事。
未来を!
輝かしい未来を!!
あの日、魔王と勇者がともに滅びたときから、世界各地が復興と発展に沸いていた。
それもこれも、大賢者のおかげと人々は言う。
彼が、彼らが魔王と勇者の偽物を討伐したことによって平和が訪れた。
そして、彼らが各地で善政を行い、正義の治世が行われているためだという。
さらに王国は一歩高みを目指す。
高貴な血を引く大賢者を国王に推薦。
もとより王者の器たる大賢者は、その功績と能力により即座に王位を継承した。
彼は
そして、王都を随一の都市へと発展させた。
その穏やかな性格に人々は心酔し、『魔王』と『勇者』を倒し、その証の
そして、持ち前の素晴らしい知性により、彼の治める王国は以前以上の発展を遂げていた。
その偉業を讃えるために、王都の各所に立つ彼の銅像。
聖剣を手に、魔王の首を掲げ、ザラディン、オーウェン、カサンドラといった、偽物の勇者たち3人の汚らわしい裏切り者を足蹴にして誇らしげに立つ。
彼の銅像には華々しい一言が添えられている。
「公共の敵、卑怯者には死を────」
かつて、
──聖剣を手にした大賢者は、そう宣言した。
魔王討伐から帰還した彼は事の顛末を当時の王に報告。
魔王の討伐を妨害すべく立ち塞がったものがいたと……。
勇者ザラディン。
そして、女銃士の連撃のカサンドラ及び無頼の剣豪オーウェンが、決戦前に怖じ気づき、命惜しさに人類を裏切ったという。
そして、三人は結託して魔王を援護し───残りの仲間を打ち倒さんと手引きしたというのだ。
彼ら3人は、人類を犠牲にして助命を願い、あげくに魔王と世界を半分ずつ分け合う契約をしていたと……。
目論見に気付いた彼らは、魔王を討伐したのち──騙し打ちに転じた偽物の勇者たちを返り討ちにし、見事討ち取って見せたという。
その証が、彼がもつ───あの聖剣だ。
そして、──その強さゆえに、常人では敵うはずのない勇者ザラディンを討ち取ったことこそ、彼の正義の証である、と。
以来、大賢者たちは讃えられ、それぞれ領地等を授かるとともに世界を救った英雄として語られることになる。
一方の偽物の勇者のレッテルを貼られたザラディンとオーウェンとカサンドラの3人は世界の裏切りもの。
そして最低、最悪の卑怯者の
それから14年…………。
※ ※
「今日の逮捕者──結構イイ女いるじゃねぇか」
「なんだよ? ヤリてぇのか?」
「ヘヘ、ちょっとくらい味見してもいいんじゃないか?」
再びの兵舎の酒場。
兵士たちの下品な話は暗くなるまで続いていた。
「やめとけやめとけ、ナニを齧り取られるのがおちだぜ」
「それにほら……ここは領主さま、──
「ぎゃははははは、似てるー!」
「へっ、ちげぇねぇ! ヤリたきゃ足のつかねぇ女にしねぇとな……その辺歩いてる女でも、物陰に連れ込みゃいい。バレやしねぇよ」
ウヒャハハハハハと、治安を守るはずの兵士とは思えない発言で大笑い。
実際に手慣れた様子で語る彼らは、それを躊躇すらしないのだろう。
そして、飲み過ぎたのか、やや千鳥足となった彼らは兵舎の酒場を出ると街へと繰り出していく。
本当に目ぼしい女性を探そうというのだ。
その途上、練兵場に差し掛かった彼らは、逮捕者の一時監禁場所である中央に設置された檻を覗きこむ。
そこに閉じ込められている哀れな逮捕者たち、そのなかでも隔離されている女を一度見学しようというのだ。
周りの兵士が好色そうな目で見ている中、檻の中にはブルブルと震える女性たちがいた。
ほとんど半裸のその女達は、見目麗しい者ばかり。
滞納者というには実に偏った人選だった。
彼女らは豊満な体つきに、若い張りのある肌、艶やかな髪に澄んだ瞳。
そう、彼女らは……若い女ばかりだった。
すっかり怯え切って小さく丸まっている。
酒に酔った兵士が檻の女を
「き、気をつけーー!」
「「「お疲れ様です!」」」
なぜなら、そこにいるはずのない人物────拳闘王その人がいたからだ。
じっと、檻の中の女を見ていたかと思うと、
「こいつと、こいつと──こいつだ。あとで運べ」
「はッ!」
好色そうな顔を見れば、彼女ら逮捕者をどうするのかが、ありありと予想できるものだった。
うんざりした顔をしているのは、見張りを仰せつかった兵。彼は選ばれた女性を引っ張り出し、隅の水場で体を洗わせ始めた。
その後は?
……彼女らは、粗末な馬車に押し込まれるのだ。向かう先は拳闘王の居城だろう。
品定めがすんだとばかり、意気揚々と去っていく拳闘王。
その背中を見送った兵士達は大きな息をつく。
「ふー……拳闘王伯爵自ら来るなんてな……ビビったぜ」
「ありゃ病気だよ。奴が連れて行った女は二度と戻ってこないって噂だ」
「俺が聞いた話だと、魔王討伐の戦いの時に例の女銃士のカサンドラをだな、裏切りが発覚した時点で殺して、死体を犯したって言うぜ」
「はー……それが癖になったってのか? だったら、領地を荒らしてる、
「へへ、カサンドラには、目玉を撃たれたって言うからな……ビビってんのさ」
「結構肝っ玉が小さいこって」
ギャハハハハと、王に対する敬意もクソもない様子の兵士たち。
仕えている王を小馬鹿にしつつも街の盛り場へとフ~ラフラと歩いていく。
まだまだ女を探すという案は健在なご様子で……。
複数で
「お、どうだ? あれ?」
「バッカ、ありゃババアだ。おりゃ、もっと若いのが良いな」
「じゃぁ、あれか? おあつらえ向きに……一人だぜ」
女を物色中の彼らの目には獲物がひとつ。
下卑た笑みを浮かべた彼らの目に留まったのは一人の少女だった。
スッポリと頭からローブを被っているため分からないが、チラッと見た感じでは素晴らしい美貌を持っていた。
そんな子供がこんな時間に一人……。
「カモだな?!」ニヤリと顔を合わせて打ち合わせる兵士たちは、少女の後をつけ始めた。
そして、少女が人気のない路地に入ったところを見計らって襲い掛かる。
自らの獣欲を満たすため──。
ドス、バン、ゴキン──。
鈍い音が響き、哀れな少女は──……。
あれ?
フラフラと路地から出てきたのは鼻がへし折れた兵士。
まるで助けを求めるように通りに出てきたものの、路地から伸びた小さな手に掴まれ再び引きずり込まれた。
その後は何事もなかったかのように少女が路地から顔を出す。
「ふぅ……何が大賢者の治世だ。14年たって更に腐ってやがる」
ペッと、路地に向かって唾を吐く。
その先では、コテンパテンに
「こんな連中がのさばってるようじゃな……。早く村を出て正解だった」
パサリとフードを脱ぐと、下から現れたのはまだあどけなさの残る少女のもの。
燃えるような赤い髪、三白眼の鋭い目つき、すっきりとした鼻筋。
それらは将来を期待させる美貌をもっていた。
「
──まさかね?
少女は街で聞いた噂に思いを馳せた。
そのまま、しばらく考え込んでいたようだか、路地で伸びている兵士を見ると薄く笑う。
「ちょっと借りるよ」
手早く兵士から装備を剥ぎ取る。
手慣れた様子で、彼らの兜と鎧を拝借し、袋に詰めて足早に路地を去っていった。
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