第2話「拳闘王」


「ぐはははははっは、もっとワシを満足させろ。そうだ……そうだ。もっと苦しめ」


「うぐぐぐ…………」


 ギリギリギリと肉を絞る生々しい音が拳闘王の寝室に響いていた。

 それを聞いているのは寝室の外に立つ警備兵の2人と、拳闘王……。

 そして、今まさに死の淵に立ち──拳闘王の責め苦に呻いている少女だけ。


「ぎ……が…………か」


 拳闘王の趣味である拷問プレイに付き合わされているのは哀れな少女。

 まだあどけなさの残る顔は、今や死人そのもの。

 彼女の白い肌が夜に映える中。その肌は鬱血し、真っ赤からどす黒く変わりつつあった。

 

「まだだ。まだだ! 眼が目が疼く……ぐおおおおおお!」

「───……ッ」


 獣の様な叫びをあげて少女の細首を絞める拳闘王は、自らの高ぶりのまま絞め上げて、少女から漏れた「ゲブッ──」という……内臓が口からはみ出す音にようやく果てる。


「はぁ、はぁ……」


 ドサリと力なく息絶えた少女。

 それをポイとベッドの脇に捨てると、下には既に2体の屍がある。

 どれもこれも鬱血したどす黒い表情に、口からは内臓が露出しているという……酷い死に様だ。


 拳闘王はようやく満足したとでも言わんばかりに、ベッドに体を投げるように横たえると静かに目を閉じた。


 うっすらと浮かんだ汗に、体から白い蒸気があがる。


 ……あの時以来、こうして人を絞殺しなければ満足できなくなってしまった。

 毒で苦しむカサンドラを散々に甚振いたぶって、犯して責め殺したあの時のことを────。


「……カサンドラ」


 誰に言うでもなく、闇にポツリと呟くと、


「あいよ」


 それに答えるものがいた。


 スー……と闇から現れたのは黒衣の女。

 たしかに、あのカサンドラ・・・・・・・だ。


「また、散らかしたね~……そんなに、あの一夜が良かったのかい?」

「ふ……ぬかせ。俺の目をよくも……!」

 絞め殺さんばかりにカサンドラを睨む拳闘王。


「目をって、馬鹿言うんじゃないよ。……やったのは、あのカサンドラ・・・・・・・だろ? 私は関係ないよ」

「同じことだ……。お前を飼っているのはあの時の雪辱を晴らすため──その銃もいましめだ」


 チラっと女の服の切れ間からみえる銃を見た。

 フリントロック式の銃は黒光りしており、随分使い込まれていることがわかる。

 ガンオイルが染み込んだそれは、闇の中でもよく映えた。


「いつか私も絞め殺そうってのかい? これだけアンタに尽くしているというのに」

「ふ……そうだ。いつか殺してやるとも……銃士カサンドラよ──」

「呆れた……。孤児のアタシを引き取って、鍛え上げ、あまつさえ銃を仕込んだのは、──アンタの一夜の再戦のためってかい?」

「そうだ。目を……俺の目を撃たれたんだぞッ! あのクソアマぁぁぁあ!」


 バン! と起き上がりざまにカサンドラに掴みかかる。


「ぐぅ……! よ、よしなよッ」

「今、絞め殺してやってもいいんだぞ! たまたま小器用に働くから生かしておいてやっているだけだッ。忘れるなよ!」


「ぐ……す、すみません。ご主人様マスター


 その言葉を聞いて、ようやくカサンドラを解放してやる拳闘王。


「ふん。分かったら死体を片付けろ。──それと次の村を襲え。大賢者のねるい税金では、我が領地はやっていけんッ」


 大賢者王は、各地の領主が好き勝手をできないように、王の権限で税率を決定していた。


 当然ながら、領地の自治を重んずる一部の領主は猛反発したが、大賢者王の権力は絶対的で、今となっては逆らうものなどほとんどいなかったという。


 それが故、各地では違法スレスレの方法で領民から搾り取る方法がまかり通る様になってしまった。


 祝い金やら礼金といった、税金という言葉を使わない方法。

 賦役に対しての賃金ピンはね。

 教会と結託して布施を利用した徴発。


 なんでもござれだ。

 

 この拳闘王も同じ……。

 いや、むしろ一番酷いやり方を常用しているのだ。


 各地で頻発する村を襲う盗賊騒ぎ。

 そいつが領主の仕業なのだから、取り締まりもクソもない。


 そんなことをしていれば領地は早晩たち行かなくなるだろうに、拳闘王はお構い無しだった。


「はー……。やれやれだよ」

(ふんッ……。そろそろコイツも片付けないとな───)


 カサンドラが死体を片付けている気配を感じながら拳闘王は目を閉じる。

 光を映さぬ片目の裏では、あの日のカサンドラの反撃がまぶたに焼き付いていた。


 弟子二人にズタズタに切り刻まれる無頼の剣豪オーウェン。

 そして、聖女と大賢者に押さえつけられた勇者ザラディン。


 その目の前で反撃に転じた銃士カサンドラ。

 

 豊かな髪を振り乱して、決死の形相で叫ぶカサンドラ!

 「舐めるなぁぁ──!」……そう言って、毒に侵された体でカサンドラは銃を抜き放ち────……。



「──死ねよッ! ゲスが!!」


 いまわの際のあの言葉ッッ!

 あの女は死力を振り絞って、引き金をぉぉぉお──!



 バァァンッッ!!



 記憶の中の銃声と現実の音が重なった。

 誰かが猛然と扉を開いたのだ。


 領主の寝室に許可なく立ち入るなど不敬にもほどがある。


 ぶ、

「無礼者めッ!!」

「も、申し訳ありません──き、緊急事態でありますッ」


 警備兵の姿をした小柄な影。

 その声は存外に若く、まるで少女のようなものだった。


 騎士見習いだろうか?


 いや。

 そもそも……なぜ、外にいる警備兵を通さない?


 一瞬、脳裏を疑問が掠めたものの、拳闘王はソレをひっこめた。

 公然の秘密であるカサンドラは、すぐに闇の中に気配を溶け込ませて兵士の目から隠れる。


「何事だッ、さっさと言え。───くだらない内容なら、その首へし折ってやる」

「はッ……そ、その──銃士カサンドラらしき賊が出没! 城を襲撃しております!」


 は──?

 何を馬鹿なことを……。


 闇の中にいるカサンドラが拳闘王と目をあわせる。

 フルフルと否定する彼女をみて確信する。

 その目は明確に知らないことだ……そう言っていた。


 つまり────。


「偽電だなぁ、それはッ!──小僧ぉ、きさま何者だ!」


 そう言うが早いか、ダンッ! と飛び上がると、空中で体を捻って回し蹴り。

 一撃で不審者を仕留める強力な蹴りだ!


(──仕留めたッ!)


 そう思ったが────、


 ガァン! カランカランと、兵士の兜だけがその場に残り、小柄な人影はサッと身をひるがえす。





「やるじゃないか、拳闘王ザ・キング──いや、ベリアス」



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