第7話「魔王薬」


 ────生まれてきてゴメンね……。


 二人だけの空間にうっすらと漂うザラディンの告白。

 そこには、ドクドクと血を流すグラウスがいるだけだった。


 だけど。

 グラウスはもう──────。



 ふ、フフフ。


「───フハハハハ」


 血だまりの中、ひとり哄笑するグラウス。

 少しだけ感傷に浸るザラディンはゆっくりと話しけた。


「楽しかったかい? あの日……僕を斬り殺し、仲間を責め殺して───」


 だが、


「────ハハハハハハハハハッ! 素晴らしいッ、素晴らしいぞ!」


 突然、狂ったように笑いだすグラウス。

 さっきまでの、覚悟を決めた男のそれではない。


 まるで……。

 死を前にして狂ったとでも?


「………………なにがおかしい?」


 不審に思ったザラディンは、二刀を構えなおす。


 なんだ、この感覚────。

 これは……。


「お前は本当にすごい奴だよ、ザラディン」


 ネバァァと、血糊が付いたまま、そしてゆっくりと起き上がるグラウス。

 胸からは、とめどなくドクドクと血が溢れている。

 なるほど、確かに致命傷だ。


 だが……、


「見ろよ、この俺を───」

「お前……?」


「14年前の様な若々しい肉体はもうない。……あとは、老いて朽ちるのみ」


 ニィと口角を歪めるグラウスは、


「──それが、お前ときたら……。なに、生まれ変わりだって? くくく。羨ましいよザラディン……。その若くて美しい肉体、」


「グラウス……」


「欲しかったのはそれだッ! 永遠に生きる方法だ! そうとも、生まれ変わり───いや、転生か?!」


 狂ったように顔を歪めるグラウスは、さっきまでの大賢者王グラウスではない。


 今のこの男は……、

「なぁ、どうすればいい!? どうやれば転生できる!? あぁ、いいぞいいとも、お前は答えなくていい。──そんなことは、浅学なお前に分かるはずがない!」


 ドンと胸を叩くグラウス。その拍子にヌチャぁっと血が飛び散った。


「俺だ! 俺が学ぶ。調べる。研究する! 大賢者の、この俺が!」


 さぁ、


「ザラディン! 俺はお前が欲しい! どうしようか、犯せばいいのか? それとも、子を成すか? いやいやいや、肉を喰らい、血を飲めばいいのか?」


「狂ってるよ……お前」


「───ははっはは、実に正気だとも。俺は王だ! 永遠に生きて見せる。そうすれば無頼の剣豪オーウェンにも届く、勇者ザラディンをも超える。──そして、」


「いーや、狂ってる」


「────俺は神になるッ!!」


 両手を天に掲げ、俺を見ろと叫ぶ。


「さぁ、ザラディン! 俺のモノになれ。バラバラにしてお前の中を見せろッ! 見ろ、転生だ。転生だよ。転生者がいる! はははは!」


 胸から溢れる血が……止まる。


「まずは、順番に試そう。犯し、子を成し、血を飲み、肉を喰らい、一つ一つバラバラにして見よう。見せろ見せろ見せろ! お前の中を見せろ、ザラディン!!!」


「………………ははは。思った以上にゲス野郎だった。僕としたことが少し感傷的になってたけど───」


 ニィィ……とザラディンも顔を歪める。

 4人を殺した時のよう・・・・・・・・・・に、


「心行くまで、お前を殺せそうだ」


「やってみろッ。かの卑怯者の『勇者ザラディン』!!」


 そう言うと、グラウスは懐から試験管の様なものを取り出した。


「ふはッ! 俺は大賢者だぞ? こんな事態を想定していないとでも思ったか?」



 バリィィン!

 と、噛み砕いてガラスごと───、


 ゴクリ────。


 ……飲んだ。


「…………なるほど。ベリアスに薬をやったのはお前か」


 ベリアスを仕留めたときに、奴の部屋から見つけた試験管。

 例の違法強化薬アングラブースターだ。


「ぐぅぅぅぅぅううううう!」


 ミシミシミシと体が肥大化していくグラウス。

 確かにベリアスの時を彷彿させる。


 そして───。


『はははははははははは! ベリアスにくれてやったのは試験型だ。こいつは違うぞ! あの日、お前らを殺した後───』


 ボンッ! ボンッ!


 と、あり得ないくらいに肥大化……いや、巨大化していくグラウス。


 ギシギシギシ……。


 その質量すら変化させる体に、床が重みを耐えられずに悲鳴を上げた。


『ぐはは! これはな、魔王討伐の場所にあった魔王の血を回収したものだ! そして、それを混ぜた。──そう、』


「はははは。バカなことをしたね」


『完全型の強化薬! いわば合成強化薬ミックスブースター……俺の作った最高傑作の「魔王薬アンチバライソ」だ!』


 ビリビリビリ!


 ついには、背中が破れて羽が生える──。

 さらに、少し大きくなった顔からは、ニョキリと角までもが生えた。


「『勇者』になりたい奴が魔王を目指してどうするんだよ。それに、」


『ははははははははははは! 俺は『神』になる男だ! そのために、まずは『魔王』になる! だがそれは、過程にすぎん! 見ろこの力をぉぉ!』


 床に転がる聖剣とハルバードを拾うと、二手に構えてズバァァァン! と薙ぎ払う。


 その一撃で、王城の最上階の壁と天井が吹き飛んでいった。


 ガラガラガラッ! 


 巨大化な瓦礫が衝突し、遠くで破砕音が鳴り響いた。


 階下と隣の尖塔にも当たり、破壊が進んでいく。



 


「はッ。───笑わせるなよ。お前ら、臆病者たちは『魔王』を見ていないだろう? そりゃ……似ても似つかない、まがい物・・・・だよ」


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