第5話「貫く銃弾」
──幕だ。グラウス……。
「く……」
大賢者こと、グラウスは吐息にも似た呟きをこぼす。
いや。
吐息では、ない──?
……く。
「く、クククククククククク! ハハハハハハハハハハハハ!」
いいぞ、いいぞ!
「傑作だなーーーー! えええ! おい!」
それは哄笑。
ハハハと声をあげて笑うグラウスは、
「クハハハハハ! ま、まさか、勇者が3人もいたとは───これは気付かなかったな」
「そうだね。だけど訂正してほしいな……」
ザラディンは美しく微笑み、グラウスの哄笑に真っ向から挑発してみせる。
「お前は知らないんだ。…………あの日──あの時、あの瞬間を……僕は知っている。本当の勇者、そう……
自嘲気味に笑うと、「──だけどね……」そうザラディンは呟いた。
「それまでは……。そうあの日、お前たちが僕たちを殺すまでは、…………勇者は僕も含めて3人どころか────8人全員が、間違いなく勇者だったんだよ!」
──そう、「僕も……そして、お前もッ」
お前たちも!!!
バンッ!
と、聖戦の戦士たち───その肖像画を叩くザラディン。
「ふ……。それがためにここに来たのか?」
───あの二人のために!?
「そうだッ!」
「……いいだろう。幕にしようか──……ザラディン!」
スーーーーと、うっすら構えた剣をゆっくりと滑らせるグラウス。
その構えは…………なるほど、かなりできるようだ。
いや。それ以前に───これは……。
「───へぇ、見たことのある構えだね」
「お前を真似た。この剣を手に入れていから14年───!」
「そうか、お前にも平等に時間は流れているんだね。そうか。そう……14年か」
「そうだ! そうとも、14年鍛えた──こんな日が来るだろうと、老いと戦いながら、な」
「ふふふ、ちょうどいいハンデじゃないか。老いた君と、少女の僕───」
ニィと笑ったザラディンは、
「さぁ、はじめようか───」
バタァァァン!!
「陛下ぁぁぁあああ!」
ゼェハァ、ゼェハァ……と息を切らせながら入ってきたのは近衛兵団長。
彼の背後には一人の部下もいない。
なぜ?
「……どうやって入った?」
驚いていたのはグラウス。
彼はこの日が来るのを悟っており。邪魔を排除するとめにも、この最上階には隔離の魔術による仕掛けを施していた。
当然、招き入れた者以外は入れるはずもなく……。
「私の影武者は執務室にいるだろう? そこを守備しておれと、あれほど……」
「へ、陛下をお守りするのがワシの務めです──小癪な賊など」
「そうか……。しまったな、その鎧は王家の承認つきのオリハルコンか……どうりで」
グラウスの掛けた魔術は何人も通さない強力なものではあったが、当然自分が出入り出来なくなっては困るので、一部だけ結界を緩めていた。
それが魔力による王家の承認だ。
それが故に、
「陛下お下がりください──!……賊めぇ」
ガシャンガシャンと、鎧を鳴らしながら、長物のハルバードをブン! とザラディンに突き付ける。
「すまんな、ザラディン……。付き合ってやってくれ」
やれやれ──と、疲れたため息を漏らすグラウス。
「アハハハ、いいよ。前座にはもってこいだ──それにしても、」
「黙れ小娘! 貴様を3枚におろしてくれるわッ」
「───お前、14年前も近衛兵団長やってたよね?」
ブォン! と、振り下ろされるハルバードをヒラリと躱すザラディン。
「……お前の腕じゃ、8人のうちだれにも勝てないって、すでにわかっているだろう?」
聖戦の勇士──。
選ばれし8人は、世界最強の強者を更に選りすぐった者だ。
いや、者だった……。
「ガハハハハ! 5人の『英雄』ならいざ知らず……! あの3人の『卑怯者』どものことを言ってるのか? 笑止」
一撃をかわしたザラディンに少し驚いた顔をする近衛兵団長。
「あぁ、そーう言えば、お前のような小娘もあの『卑怯者』どもの中にいたな──その女にもワシが劣るというのか? ガハハハハ、笑止千万! 片腹痛いわッ」
すぐにハルバードを引き戻し、今度は大振りの構え。
なるほど、筋は悪くない。
筋はね───。
たぶん、
「賊ぅぅ! 貴様も同じよ。……あの卑怯者の中にいた銃士とな! その銃で剣士を討ち取るつもりか? この卑怯者めが!」
銃は剣に勝る。一般論ではそうだ。
しかし、銃には制約も多く、軽々しく扱えるものではない。
だがそれでも銃の威力は剣を凌駕する。さらには、剣ほど力も要らず、時と場合によっては農民ですら騎士をも倒す。
ゆえに、剣士の中には銃士を嫌うものが多い。
近衛兵団長もその一人なのだろう。吐き捨てんばかりにカサンドラを罵倒している。
だが、彼は知らない。
目の前の少女のことも、ましてや連撃のカサンドラのことも──。
ろくに知らない……。
「くだらん! ──まさに卑怯者の銃士カサンドラを彷彿させるわッ」
それを笑い飛ばした近衛兵団長。
それはつまり───。
「なんだと?」
ザラディンはそのセリフを軽く流すことはなかった。
スゥ……と空気が急激に冷え込む気配。怒気が……殺気が立ち込める。
「お前は、彼女を馬鹿にしているのか? お前の言う卑怯者……その彼女にすら敵わず、聖戦の戦士にも選ばれなかったお前が?」
「何を言うか! ワシには王都を護る大事な仕事があった────それに、あの銃士が選ばれたのは大方、体でも──」
バァァン!!
みなまで言わせずに発砲。
「がぁ! な、なにをするかッ」
しかし、銃弾は耳障りな反跳音を残して弾かれてしまった。
「ぐぬぬ……──が、ガハハハハハ! 見ろッ。我がオリハルコンの鎧はチンケな銃弾など通さん! これでも、ワシが銃士に劣ると言うのかッ」
「言うさ」
「小娘ぇぇぇ! 銃士などが魔王に通じるはずがない! オリハルコンを
ザラディンは懐から紙薬莢を取り出し、
「……彼女は本当に強かったんだよ? 魔王だって貫いて見せた」
「ほざけッ小娘がぁぁ! 貴様が魔王を語るとは笑止千万ッ! ならば我の鎧貫いて見せよ!」
ヌンッ! と気合一閃!
ハルバードの石突きズンを床に突き立て仁王立ち。まるで撃ってこいと言わんばかりだが、
「ワシのハルバードこそが魔王に通じるんじゃぁぁぁ!」
一直線に振り上げたハルバード。柄を滑らせるように持ち上げ、下端を掴むと一気に振り下ろす。
なるほど、遠心力とリーチの合わさった恐ろしい一撃だッ。
「蠅が止まるよ───遅すぎる」
チャキ、チャキ!
素早く二手に銃を構えたザラディン。
「見せてやる。魔王を貫いた彼女の強さを!!」
そして──────発砲ッ!
バン!
バンバン!
────ババババババババババババババババンッ!
凄まじい轟音が鳴り響き濛々と硝煙が立ち込める。
そのベールを破って表れたザラディン。
カサンドラの十八番───『連撃』だ!!
その冴え渡る技は、あの銃で二十発近くを一瞬で発砲して見せた。
そして、その先にいた者は───。
ガラァァン!
「ぐは……ば、ばかな──」
ハルバードが力なく床に転がり、その後を追うように近衛兵団長も膝をつく。
「ど、同時着弾……だと?」
信じられないものを見るように腹に当たった弾痕を見る。
黒く汚れたそこには、弾痕が一個だけ。
…………すべて同じ場所に命中させたのだ。
そう。
連撃だけでなく、正確無比なピンポイントショット!
「彼女の連撃────しかと見たかい?」
「こ、これが……れ、連撃の──カサンド、ラ」
ゴフゥと血をふき出す近衛兵団長。
弾は貫通こそしなかったものの、凄まじい着弾の衝撃が全身を襲ったのだろう。体はガタガタだ。
だが!!
「……ま、まだだ──。まだワシの鎧は貫かれておらんッ!」
それでも、さすがに最強兵団の団長なだけはある。
ガンッ!
と無理やり一歩踏み出すと、腰に佩いていた剣を抜きザラディンに斬りかかる。
「死ねぇぇぇえええ゛!」
「…………ほんっと、鎧だけは硬いね」
チャキリと、最初に撃ち、再装填したその銃を構えると──、
「お前にはもったいない一発だよ」
パァァァン!───スカァン!
「え…………?」
突然力を失ったように近衛兵団長が膝をつく。
驚いたような彼の目は自分の鎧を見下ろしている。
そこには────小さな穴が。
「ば、ばかな……」
ブシュっと血が噴き出し、間違いなく貫かれていることが分かる。
「安心しなよ。急所は外してある」
「グフッ」
ドタ~ン! ガランガランガラン……。
ピクリとも動かない兵団長は、ここで意識が途絶えたようだ。
それをグラウスは見ると、
「邪魔をさせたな」
「なぁに、幕引きには前座がいるだろ? 構わないさ」
フッ。
互いに唇の端を歪めると───、
「では、始めるとしようか───」
「うん。始めようかッ」
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