第4話「聖戦の戦士」

 王城内部───。

 大賢者王の執務室周辺。


 大賢者が籠る執務室の廊下には、完全武装の兵がズラリと並んでいた。その数、総勢30名の精鋭だ。

 さらに、部屋の左右、上下ともに兵が詰めており、立体的に執務室を守備する構えだった。


 この警備を抜かないことには、誰も大賢者に近づけないだろう。誰もがそう思っていた。


 一方───。


 王城最上階。

 その鋭い尖塔の先は、大賢者の自室があり、『聖戦の勇士』の肖像と聖剣が飾られている。



 そこに大賢者はいた───。



 大賢者はイスに深く腰掛け、じっと肖像を眺めている。

 ただ、ただ、じっと───。


「やぁ」

 その彼に語り掛ける人物がいた。


「ずいぶん懐かしいな……。あの日の───魔王討伐前の出撃式の絵だね」

 スタンッ! と、軽い調子でまるで猫のように窓から降り立ったのはローブを着た人物だった。


 フードのなかには幼い顔。

 その顔───。


 赤い髪、三白眼。スッキリとした鼻立ちのおぞけをふるうほどの美少女。


 王都を騒がせているくだんの人物。

 通称、赤い髪の暗殺者───ザラディンその人であった。


「……そうだ。我が人生で最高の瞬間だよ」


「へぇ、てっきり銅像に描かれているような──僕らを足蹴にし、聖剣を手にしたあの瞬間なのかと思ったけど、……違うのかい?」


 スススーと、肖像画まで歩き、その絵を愛おし気に撫でる少女。


「いや…………栄光は確かに、その8人が揃った瞬間だったよ」

「───そうか」


「あぁ、そうだとも────久しぶりだな。ザラディン」

「久しぶりだねグラウス……──」


 そう言ってフードを払うザラディン。

 その顔───全貌が見えると、

「は、ははは……本当に生まれ変わったんだな、ザラディン。俺を名前で呼んでくれるのは、もう───お前だけだよ」


 そう言って寂しげに笑うグラウスこと大賢者王──……いや、大賢者アッカーマン


「そうさ、まだ14歳の~小さな小さな可愛いー少女だよ。───アハハハ、目が覚めたら驚いたのなんのって」


 ……まさか女の子に生まれ変わるなんてね──と、ザラディンは続ける。


「そうか……14年経つんだな」

「そうさ……14年経ったよ────老けたなー……グラウス」


 そのとおりか、ザラディンの目の前にいる大賢者グラウスは、確かに年相応以上に老けていた。


「そうともさ、14年だ───王の重責……自責の念。そして、目標を見失ったからな。……そりゃ、老いもするさ」

「───へぇ。自責の念、ねー……。あるんだ? もちろん、あの日・・・のことだよね?」


「あぁ、あの日・・・のことだ」


 そう言って椅子から立ち上がると、ゴツゴツゴツ、と重々しい足音を立てて肖像画の前に、ザラディンの横に並び立つ。


 そして、その上にある聖剣を見て───。


「俺は……勇者になりたかった」

「うん??」

「……大賢者でも、王でもなく────勇者に」


 シュラン……───!


 聖剣を手にしたグラウスは鞘引き、その輝く剣を握りしめた。



「────だから、お前たちを……。お前・・を殺したんだよ」

「へぇ? 初耳だな。僕はてっきり権力が欲しかったのかと思ったけど───?」


「権力ぅ?……ハッ。こんなもの、」


 ポイっと、頭に乗せていた王の冠を床に放り捨てる。

 カランカランと、渇いた音をたてて転がる王冠。


「王など、くだらないままごと・・・・だよ────剣に生き、剣と戦う……勇者に比べれば、何ほどのこともない」

「そうなんだ。……でも、お前は魔王討伐の直前、臆病風に吹かれたじゃないか?」

「当たり前だッ。あの魔王に立ち向かうなんて、……それは勇者じゃない。そんなものはタダの蛮勇だよ」


 言い切ると同時に、聖剣を手に、トン、トンッ、トンッ! と、軽い足取りでバックステップで間合いを切るグラウス。


 そのまま、ザラディンから距離をとると聖剣を正眼に構えて見せた。


 なるほど、その構えは実に様になっていた。

 伊達に『英雄』と言われるだけはある。


「蛮勇か…………。そうかもしれないね。確かに僕ひとりでは、絶対に魔王を討伐できなかった。…………それだけは断言できる」


 それだけは───。


「そうとも──お前が死んで、次は俺が勇者になるはずだった。……そして、魔王を倒すのは俺だと、」


「いや、違うよ。勇者は僕じゃない・・・・・・・し、お前でもない・・・・・・

「なに?」


 わからないのか? そういった風に、静かな目でグラウスを見るザラディンは、

 ブァサ! とローブを剥いで見せた。



 ───背に担った二刀、

 全身に取り付けた20丁余の拳銃───。



 真の……。


「真の勇者は────彼らだ!」


 二刀──……。

 20丁余の拳銃──……。


「……オーウェン、カサンドラ───」

「そうだ。……そうだ! 本当の勇者は──彼らだ! 僕でもお前でもない。あの二人こそが勇者だ・・・・・・・・・!」


 ────だから僕は帰ってきた。


 だから生まれ変わった。

 だから──────!!


 彼らの無念を──汚名を晴らすためにッ!







「幕だ。グラウス」

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