第3話「地下墓所捜索」
王都地下には、王都の住民の亡骸を安置する
そこは教会の分院が管理しており、王都での死者は一度教会の処理室でミイラないし白骨化処置が行われていた。
処理といってもそれほど大袈裟なものではない。昔ながらのやり方で、仮埋葬による処理を行うだけだ。
教会の敷地には広大な仮埋葬場があり、墓掘り人によって厳格に区画管理されている。
腐敗臭漂うそこでは、身分の低いものは一度土に埋めて──白骨化したら掘り出し、また別の死体を埋める。
これが一般的市民の処理のやり方。
また、
肉を失うことを恐れる身分の高いものは教会に金を払い、防腐処置を行いミイラ化させるやり方もある。
これは通常の仮埋葬と異なり、手間暇をかけて行うエンバーミングである。
とはいえ、所詮は死体の処置。
しかも、教会という一種の閉鎖空間で行われるため、誰も内部を知らない。
ゆえに、その手法は門外不出かつ、とても見せられたものではない。
簡単にいえば、内臓を取り出し、冷暗所に安直して水分を抜くだけ──の雑な処置だ。
ただ、これだけでもずいぶんと肉が残る。
そりゃもう、カサカサになって……。
いずれにしても、白骨もミイラも保管場所である教会の分院の納骨堂では、とっくの昔にオーバーフローしていたため、よほどの身分の高い者以外は、王城を建設する際に掘った地下の旧石切り場に安置されるのが常態化していた。
王城建設に、そして城壁の建設に使った石の量は膨大であり、その石を切り出した地下は、いまやすさまじい規模の巨大な地下迷宮と化していた。
それは街の地下を縦横に奔り、王城の地下にまで及んでいる。
そこに安置される遺体の総数たるや……。
一説では、王家の脱出通路と接続しているなんて噂もある。
そして、今日。
そこに向かってひた走る集団があった。
ガッチャ、ガッチャ! と金属の音も物々しく駆ける、多数の人影。
そのなかでも一際装備の整った男が大声を張り上げる。
「ここか!」
報告を受けた近衛兵団長は相当数の部下を引き連れ、教会の分院に集結した。
部下の報告もそこそこに、そこにある地下墓所への入り口を見ると───、
「は、はい! 自分たちはこの入り口を警戒しておりましたが、突如として小柄な人物に強襲され……」
ゴニョ、ゴニョという予備役の兵。
その胸倉をつかんだ近衛兵団長は、
「ええい、不甲斐ない! この騒動が終わったら予備役は全員再訓練だッ」
「そ、そそそそ、そんなぁぁ!」
王都内部にある教会の分院は王都内では比較的静かな地区にあり、参拝以外に訪れる人も少ない場所だ。
どうやら、そこら辺を見越して賊は侵入したらしい。
「総員いくぞ! 教会から地図の映しは借りたな!?」
「はッ! 一個分隊に一枚を持たせております」
「よし、内部の同時捜索だ!
「はッ! 行くぞぉ!」
「「「おう!」」」
紙のロールに炭で映しただけの簡易地図。
教会の所持する地図は金属板に刻み込まれた物なので紙のロールを押し当てて、上から炭で擦れば「写し」が作れるのだ。
「第一分隊はこの通路、第二はこの通路────……」
次々に役割を振って突入部隊を送り出す団長。
そして、自らはこの場に残ってどっしりと構える。
「くく、賊めがッ。地下に逃げ込むとは愚かものめ。ここは袋のネズミ───もはや逃げられんぞ……!」
地下墓所は無数の通路に別れた迷宮だが、地図はシッカリと作られている。
でなければ規則正しく遺体を安置できないのだ。
中には墓堀り人用の休息所もあったりして、ちょっとした滞在なら可能な場所も多い。
さらには王都の下水道等と連接していたりで、地上への出口もかなりの数にのぼる。
しかし、それは対処済み。
既に出口には兵が歩哨として立って警戒中だ。
──ならば、あとは追い詰めるだけ……。
「4人もの英雄を殺めた罪、存分に味合わせてくれる!」
ベロリと舌なめずりし、部下の報告を待つ近衛兵団長だった。
※ ※
捜索開始から数時間。
幾つかの浅い区画を捜索してきた部隊からは伝令が何組か戻ってきている。
報告によれば確かに、いくつかの場所で潜伏者がいた形跡があるという。
部隊は引き上げず、引き続き地下で警戒している。この分だと、そろそろ成果が出そうである。
封鎖区画に立つ兵のお陰で、徐々に未捜索地区が減っていくのがわかった。
残すは王城地下部分だが、当然ながら王城地下から侵入したとて、その区画はとっくの大昔に封鎖されている。
王城と地下が繋がるような愚は、王城建築時から犯すはずがなかった。
「賊め……とうとう追い詰めたぞ」
作戦指揮用の地図に描かれていく、封鎖区画が徐々に狭まっていく様子を見て近衛兵団長は今か今かと報告を待った。
あとは一カ所──。王城地下部分へ続く長い通路のみ。
その部分は、教会も遺体を運び込んでおらず、地下墓所になる前の本当に古い区画だ。
手掘りのあとの生々しい石切り場時代の通路。
「あ、あの……」
地図を睨み付けている近衛兵団長に恐る恐る話しかける兵が一人。
この場所を一番最初に警備していた予備役の兵だ。
「なんだ貴様ッ! 見て分からんのか、今忙しい──」
「ひ、ひぃ! す、すみません!」
万事が万事この調子で、近衛兵団長に軽々しく話しかけることのできない空気が出来上がっていた。
しかし、兵は職業意識ゆえか、それとも生来が生真面目なのか意を決して話を続けた。
「──ッ、ちゅ、注進! 申し上げますッ」
その様子にギロリと睨み付けるも、近衛辺団長は話せと顎で示す。
「はッ……そ、その」
「はっきりと言えい!!」
「も、申し訳ありません。その……ぞ、賊は本当に地下墓所にいるのでしょうか?」
………………───は?
予備役兵の核心に迫る一言。
それには、近衛兵団長も目を剥いて怒鳴る!
「何を言っとるか! 貴様らがここで奴を見たと言ったのだろうが!!」
「は、はぃぃぃぃ! し、しかし、我々の分隊は奴らしき人物は見ましたが、その──」
「ええい! 何が言いたい!」
「──その! や、奴は……当初、墓所から出て我らを襲ったのであります!」
「な、なに?」
一瞬、思考が停止した近衛兵団長。
「何と言った?」
「はッ! 賊らしき人物は──外から我らを襲ったのではなく、……中から我らを強襲しました!!」
ど、……どういうことだ?
近衛兵団長は、持っていたハルバードをガラァァン! と落とし、状況を推察する。
「ま、待て待て待て待て! 奴は……墓所に潜んでいたのか? 侵入したのではなかっただと!? いや、そもそも───」
……なぜ、警備の分隊を襲った?
墓所に入るために警備の分隊を襲ったのならわかる。分かるのだが……既に墓所に侵入していたらしき賊が、わざわざ存在がバレる危険を冒してまで、墓所入り口を警備している兵を襲う意味などあるのか?
そんなことをすれば、墓所に潜んでいることを
ッッ!!
「まさか!」
グワバッ、と凄まじい勢いで地図を確認する近衛兵団長。
広大な地下は王都中に広がっており、それは外にまで通じている。
王都の城壁外にも地下は広がっているのだ……。
「ぬかった!! 奴の────」
これは、奴の策だ!!!
ようやく近衛兵団長は気付く。
王都に侵入した賊は、教会分院の墓所入り口からではなく……。
外に通じる何処かの入り口から地下墓所へ侵入し、王都への潜入を遂げていた。
そして、同時多発的に銅像を破壊し、近衛兵団の意識を分散させ、あまつさえ、あたかも墓所入り口から侵入したかのように見せるために
なんのために?
決まっている!
囮だ!
バサリと地図を広げた近衛兵団長のそれには、すでにかなりの数の兵が地下に分散配備されていることを示していた。
「地下から兵を呼び戻せ! いや……間に合わんかッ」
近衛兵団長はグシャリと地図を握りつぶすと怒りに顔を染める。
「陛下が危ない! 王城の守りは今手薄になっておるッ!」
「な、なんと!?」
「クソッ! まんまと騙されたわ……ええい、行くぞ! ここにいるものだけで構わんッ! 王城へ──陛下をお守りするのだ!」
「はッ!」
「「はッ!!」」
言うが早いか、近衛兵団長は焦りを顔に張り付け物凄い速度で王城へ向かって掛け始めた。
ズドドドドドドドドドドドドッド!!
と、重い鎧に装備を身に纏っているというのに、凄まじい速度だ。
それゆえ、彼の部下はポカンと見送るのみ───。
うおおおおおおおおおおおおおお!
陛下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!
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