第2話「王都蠢動」


 王都の門前は、相も変わらず大混乱。

 詰めかける人々で門がたわんで・・・・今にも破れそうだった。


「亭主が帰ってこないんだよ! 門を開けとくれッ」

「商店から品物が何もなくなったぞ! 飢え死にしろってのか!」

「なんで軍隊だけ出入り出来るんだよ! 横暴だぞ」


 ギャーギャーギャー!


 喧しく捲し立てる人々に、門番たちも閉口しているのがわかる。彼らとて、好き好んでやっているわけではない。


 そこに大きな足音を立てる人物が一人。

 ガチャンガチャンと──、


「うるさい! しばらくの辛抱だ。食料も運び込む! 我が軍は精一杯やっとるのだ!」


 しーーーーーーーん。


 王城の前に集まった住民に、大声で一喝して黙らせる近衛兵団長。


 その威容に民衆は一瞬静まり返るが、


 ざわっ。


「な、なんだよ偉そうに! 説明しろ!」

「そうだ! 暗殺者だか何だか知らないけど、大賢者王は最強なんだろ!」


「そうだ、そうだ! 俺達は暗殺者じゃないぞ!」


「「説明しろぉ!」」

「「門を開けろぉぉお!」」


 一転、逆効果だったらしく、段々とヒートアップする民衆。

 その様子に怒り心頭の近衛兵団長は、思わず剣を振り下ろしそうになる────が、長たる責務として激情は抑える。


「黙れぇえ! 不敬な連中だ。……こうなったのは、みんな我らが国王を狙う、赤い髪の暗殺者のためである!」


 バンと、門の前に手配書を張り付け、これでもかと言わんばかりに民衆に示す。


「こやつの首をあげん限り、門が開かれることはないと思え! 逆らうものは、あの世界を裏切った卑怯者の『3人』に連なる罪人とみなす!」


 ザワザワザワと民衆がどよめき出す。


 世界を裏切った卑怯者の『3人』に連なると言えば、のカサンドラやオーウェンと言ったかつての英雄たち───その一族郎党を同罪として極刑に追いやった、あの激しい断罪を思わせるからだ。


 つまり、騒ぐだけてもザラディン、オーウェン、カサンドラ達三人の仲間と見なすと宣言されたわけだ。


 この脅しは、ことのほか効いたらしい。


 実際に、カサンドラやオーウェンの一族は処刑されたり奴隷になったりと哀れな結末を迎えているのだから効果はテキメンだった。


 ただし、ザラディンだけは天涯孤独の身であったため、特に親しかったと思われる関係者のみの処罰に終わっている。


 そして今、


 近衛兵団長の思い切った発言に、民衆たちの間には苦り切った顔の表情が徐々に広がっていく。

 どうにもできないと悟った時、彼らは街の各地に建てられている大賢者王の像へと人々は注目した。


 聖剣を手に、魔王の首と3人の汚らわしい裏切り者を足蹴にして、誇らしげに立つ大賢者の銅像。


 プレートには華々しい一言、「裏切り者には死を────」と…………。



「「「「「え?」」」」」


 

 民衆が目にしたもの。

 それは──────。


 首を切り落とされた大賢者の銅像と、足蹴にされていた3人が鋭利な刃物で削り取られたあとだった。


 そして、

 プレートには一言。「裏切り者には死を────」と、華々しく刻まれているはずなのだが……。


 だが、今は違う。


 なぜならそのあとに、



 「同感だよ」……──そう一言が添えてあったのだ。



「な、なんだあれは!?」

 民衆の様子に気付いた近衛兵団長は、銅像に近づくと、

「これは……! よ、よほどの名刀で切られている」


 3人の姿は綺麗さっぱり無くなっており、大賢者の首だけが地面に無残に転がっていた。


 そして、刻まれた文字。

 それは同じ刀で着けられたものだろう。

 名刀ならではの斬撃だった。


 だが、

 それを見た近衛兵団長はすぐに気づく。


 ……ッ!!

「総員! 警戒配備ッ! 賊は既に王都に侵入しているぞ!」

 そこに、

「ほ、報告しますッ!!」


 団長の号令のあとに、若い兵士が駆け寄りガチャン! と鎧を鳴らして直立不動の姿勢。


 彼は言った──。


「……お、王都各地へ銅像が破壊されています!」

「何!? 今頃気付いたのか!?」

「も、申し訳ありません──警備の目が門に集中していたため……!」

「ええい、愚か者! そんなことより、総員配置につけぇい! 主力は王城を固守しろッ」


「はッ!」

「「了解!!」」


 目の前でばたばたと駆けていく近衛兵たちをポカンとした顔で見ている民衆たち。


 その直後から王都の門が開放され始める。

 すでに賊が侵入しているなら、封鎖は無意味だった。

 むしろ、民衆不満の対応に兵を割かれるわけにはいかないという判断からの迅速な対応なのだろう。


 理由はどうあれ、それには民衆が歓呼の声でもって迎える。


 しかし、近衛兵団の思惑とは別に、その解放劇が、あたかも銅像の破壊が契機であったかのように感じられたのだろう。

 街へ入ってきた商人や労働者に、街で不満を持て余していた者たちが、それを事実としてまことしやかに話していく。


 それは噂となり、あっという間に王都を駆け巡った。




 嘘か真か──────。

 赤い髪の暗殺者は義賊であると……。




※ ※




「くそ! どこから侵入した!」


 王城を固守する体制に移った近衛兵団は、大量の人員を張り付け昼夜問わず持久の態勢に入った。

 街には複数の人員からなる警邏パトロールが闊歩し、不審者に目を光らせる。


 しかし、その任務はほとんど動員した予備役に任せていることからも、近衛兵団の注力は王城の守備に向いていることがわかった。


「陛下には何名つけている!」

「はッ! 精鋭中の精鋭を30名! 執務室、その下、上、左右の部屋にも人員を張り付けております!」

「よし! 賊め……どこからでもこい!」


 持ち出したハルバードを担い、近衛兵団長は肩をいからせる。

 ブルブルと武者震いが止まらない様だ。


「噂では、神殿騎士伯と聖騎士殿を同時に殺したとか……恐ろしい腕前だぞ」

「はッ! その二人も、……そして先の拳闘王閣下も銃で殺されております。……賊は女と聞きますし、細腕なのでしょう」


 部下の分析を聞いた近衛兵団長はニヤリと笑う。


「ククク。面白い! 我が鎧はオリハルコン製よ! 鉛の銃弾なんぞ、何ほどのこともない!」


 ギラリと光る、近衛兵団長の黄金色の鎧。


「おぉ……さすが名門ですな! 稀代の鎧はの『卑怯者』の勇者ですら着ていませんでしたぞ!」

「はっはっは! 勇者何する人ぞ! 我が兵団こそが最強ッ。そしてその頂点の私が世界一の強者よ!」

「まさに まさに! はっはっは!」


「ぐぁーはっはっは!!」


 部下によいしょ・・・・されてご機嫌に笑う兵団長。

 しかし、

「至急伝です! 王都を警邏していた分隊が今頃・・戻ってまいりました!」

「それがどうした?」


 ご機嫌に水を差された気分で兵団長は不機嫌に答える。


「そ、それが……賊を見たと──」

 ガタッ!

「なんだと!?」

「その分隊は、念のために配備されていた予備役ですが、奴ら……地下墓所カタコンベの入り口を警備しておりました!」


 なッ!!








「しまった! 地下かッ!!!」


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