第5話「追憶の味」


 天幕の中に佇む少女をみて、聖女は少し驚いた。

 突然、天幕に入ってきたことはもとより、少女の態度が不躾ぶしつけというよりも、今まであまりこのような事態がなかったからだ。


 子供とはいえ、部外者だ。

 そのような者が聖女と単身向かい合うなど、調理前にはありえない。


 調理後ならいわんや。全くないとは言えない。

 今のところ、単身で聖女に向かいあったのは、調理後の箱詰めの首・・・・・くらいしかなかった。


「あら、こちらこそごめんなさい」

「し、執事さんが中で待ってろって」


 あら、あの執事が?

 珍しいわね……。私の許可なく人を通すなんて──。


 まぁ、いいか。

 どうみても、ただの浮浪児だし……。


「そう、楽にしてちょうだい。───あら、これがアナタの焼いたバームクーヘンね?」

「は、はい……お口に合うかどうか」


 モジモジとした様子の少女を見ていると、被虐心がムクムクと沸き起こるが、グッと堪える。

 明日以降は、この子から血を搾り取るのだ。

 恐怖して逃げられても面倒……。


「いーえ、頂くわ。お湯は隣の仕切りにあるから、好きにお使いなさい」

「は、はい……! 何から何までありがとうございます」


 パァァ……と笑う少女を見て、どこか懐かしさの様なものを覚えた聖女だが、


「え、ええ。気にしないで。私、子供が好きなのよ……(味がね)」


 ニコニコと笑って、少女を湯あみへと誘った。

 屈託なく笑う少女の手をひき、奥の湯桶へと案内した。

「さ、残り湯で悪いけど、身を清めなさい」

「は、はい! わぁ……お湯だぁ」

 温いお湯をみて、ペコリと一礼した少女を見送る。

「ご堪能なさい」

 シーツで間仕切りをきると、席に戻った聖女は皿に盛られたバームクーヘンの香りを嗅いだ。


 フワーっと、甘い香りが鼻をつき、優しい気持ちになれそうな……とても良い香り。

 それは食欲を刺激し、思わず喉が鳴った。


 しかし、なんだろう。

 さっかから何かを思い出しそうな気がする。


(あら? 色、艶。そして、この香り──)


 それがなんなのか……。

 聖女はその記憶がなにか思い出せないまま、椅子に腰かけると早速バームクーヘンを一つ口にした。


「あーん」


 普通なら毒見が必要なんだろうが、兵士のいる前で作っていたし、執事も監視していたのだから問題はない。


 パクりと上品に一口。

 途端に、ホロリと崩れる生地───。


「あら! 美味しいわねッ」


 口にしたとたん、柔らかな甘みが舌に踊り、しっとりとした触感がまた美味しい。

 ほろりと崩れる生地は上質の絹のよう。

 そこに、カラメルの香ばしさも相まって手が止まらない。


 香ばしさと甘さと香りのハーモニーだ。


 そして、

 どこか懐かしい味──────。


「あら、……この味」


 フと記憶に引っ掛かるソレ。

 だが、なんだろう……。


 視線を泳がせて記憶をたどっていると、仕切りの先が影絵となり、少女が服を脱いでいる所が見えた。


 着替えを覗いているかのような背徳的なシーンで、聖女はそれを見るともなしに見ていた。同性だというのに、妙に胸がさわいだ。


 パサリ……。

 パサリと───。


 少女はローブを脱ぎ去り、ボロボロの服をも脱いでいく。

 その下には薄い胸と線の細い体がみえた。


(本当に綺麗な子ね……)


 そのまま湯につかり、ザバア──と、桶から汲んだら湯を頭から被るところまで見ていると、

 不意に、仕切りの先から声を掛けられた。


「おいしいですか?」

「え?……えぇ! とっても美味しいわね。だけど、これ──どこかで……」




 思案顔の聖女に対して、




「ふふ。忘れたのかい? メルシア。───君が作ってくれたんじゃないか。14年前にね」



 じゅ…………?




「──────え?」




 い、今、なんと?



「思いだすなぁ。メルシアの作ってくれたバームクーヘン……美味かったよ。本当においしかった。………………死ぬほど──ね」


 口調がやけに砕けていく少女。

 いや、それよりも……。


「あ、アナタ……私を名前で呼んだわね?」


 そうだ。聖女様や、猊下といった呼び方をせず──。


 ただの…………。



 ただの「メルシア」と……。



「ん? そりゃあ、名前で呼び合った仲じゃないか。最後は酷い目にあったけど、……君の陽気な態度は、あの旅の中では唯一の癒しだった気がするね」


 旅……。

 メルシア……。

 バーム……クーヘン────。


「ッ!」


 チリリリと、頭の中が警鐘をうち鳴らす。

 何かがおかしいと──!


 この少女がおかしいと……!!



「───あ、貴方何者!?」


「おや、おや……察しが悪いな。3人ともここまでくれば気付いたよ?」



 シャッと、仕切り幕を払って姿を現した全裸の少女。


 三白眼で、スッキリとした鼻だちの美少女で──────。





「赤い……髪」

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