第4話「湯煙回帰」

 暗く沈んだ田舎道───。


 森のわきに設けられたのは、小さな野営地だった。

 そこで、身を寄せ会うようにして天幕を立てる聖女たち一行。

 街の間が距離あり過ぎるため、やむなくここで野営することになったらしい。


「うふふ。いい子が手に入ったわぁ」

「左様で───珍しい瞳でしたな」


 野営地に立ち並ぶ天幕の一つで聖女はステーキを頬張りつつ、真っ赤なワインでのどを潤していた。


「あぁ、あの目。……そう言えば例の暗殺者も───」

「はい。赤髪、三白眼で小柄な少女と言う話でしたな」

「──だったかしら? どうでもいい話だけどね。ふふ……王は心配し過ぎなのよ」


 聖女は暗殺者騒動にも頓着しない。そもそも自分が狙われる理由などないのだから、と。

 大賢者王が心配しているのは魔王を討伐した──民衆に英雄と呼ばれる『5人』のこと。

 他愛もないことだが、その五人が狙われている可能性があると───そう言っているのだ。

 ……バカバカしい話。


 アホのベリアスは恨みを買って当然だし、エルランもゴドワンも、戦争で人を殺している。

 ならば、何処かで恨みを買って当然だ。


 一方、聖女は違うと思っていた。


 若さを保つ妙薬として。

 あとは趣味・・として、少年少女を喰らっているが、どれもこれも恨みを買う様な下手はしない。


 きちんとした正規のルートで購入するか、今日拾った少女のように、こうして身寄りのない哀れな孤児を──数日の安寧を与えてから、慈しみをもって調理しているだけだ。


 今日の少女にしても、放っておいてもすぐに死ぬ。

 数日生きながらえるだけでも、慈悲深い所業だと思う。


「念のため、拘束しますか?」

「馬鹿ね。怯えだしたら血がまずくなるのよ。最後まで、優しく優しく絞ってやるのがコツよ」


「左様で」


 コポコポコポ──と血の入ったワインを注ぐと、喉を鳴らして聖女はワインを煽る。


「いいわね……若返る気がするわ」


 ニッコリとほほ笑み。箱に入った──今日、処理された少女の頭を愛でる。


「思い出すわね……こうして、転がっている頭を見ると……」

「はい?」


 執事は意味が分からず問い返すが、


「何でもないわ──」

 そうなんでも、ね。ふふふ。


 大賢者によって切り落とされた勇者の首。


 あの驚いた様な、悔しいような、何とも言えない素晴らしい表情は早々見れるものではない。


 コロコロと地面を転がり、仲間たちにゲラゲラと笑われている最強の……いえ、最強だった男。


 最後に作ってあげたお手製のバームクーヘンを、喜んで食べていたのを思い出す。


 おいしい、おいしい──って。


(毒入りのバームクーヘン──どんな味がするんだか)


「ん。ご馳走様、デザートは何かしら」

「こちらです」


 昼間も見たゼリーだが、少し手を加えたように乳清がかかっているらしい。

 だが、何度も同じ味を食べるのは少々面白みがない。


「またゼリーなの? ちょっと別なものが食べたいわね」

「もうしわけありません──すぐに」


 そう言ってゼリーを下げた執事だったが、


「はて……? 何やら甘い匂いが……」

「あら、そうね」


 食後の運動と言わんばかりに、匂いに興味を覚えた聖女が立ち上がる。


「こちらからですな」


 一応の警戒として、護衛が一名ついていくがそれほど気にすることはなかった。

 国内のことで、しかも最強と名高い近衛兵の護衛が付く聖女一行を襲うものなど、いるはずがないから───。 


 香りを辿っていくと、どこか懐かしい思いにとらわれる聖女。


「あぁ、この香り───」


 見れば、焚火を起こした先で兵士たちと談笑する少女がいた。

 彼女は与えられた食事で元気になったのか、夜には馬車を降りて焚火に当たるくらいには回復していた。


 どうやら、その焚火でおやつを作っているらしい。

 暇を持て余した兵士が、手慰みに持ち寄った材料を使っているのだろう。

 たまらない、香ばしい香りが漂っている。


「こんばんわ」


 ゆっくりと、焚火に明かりに照らされながら現れた聖女に、兵士と少女がビックリしている。


「こ、これは聖女様──このようなところに、」


 慌てて立ち上がり最敬礼する兵士。それを押しとどめて、同じく車座になって腰かける聖女。


「いいのよ。……懐かしいわね───こういうのって」


 目を丸くした兵士たちが何事かと執事を見るが、彼が手で制するのでそのまま何も言わなくなった。


「これ、アナタが作っているのね?」

「は、はい……田舎料理ですけど」


 棒に刺してクルクルと回転させながら、焼かれているバームクーヘン。

 小麦や砂糖などの材料があれば野外で作るのもそう難しくはない。


 そのバームクーヘンが回る様子と焚火を見て、目を細める聖女。


「あ、あの聖女様……?」

「気にしないで、……魔王を討伐した日を思い出しているだけ」


 そうだ……あの時は私がこうしてバームクーヘンを焼いていたっけ。

 ありあわせの材料で──串焼きにサンドイッチ。保存食ばかりだったけど、手を凝らせば中々豪華になった。


「…………」


 ボウ、とした頭で聖女は思い出す。

 三人の勇敢で最強だった者達を───。


 カサンドラ、

 オーウェン、


 そして、ザラディン────。


 当時のこと。

 魔王を討伐し、疲れ切った彼ら。

 それを癒すためと称して、真っ先に食事をとらせた。


 ボロボロの彼らは、逃げた聖女たち5人を責めるでもなく、力なく笑うだけで、礼を言って食事を取っていた……。


 あとは────。

 そう、あとは………………。


 もはや、5人だけが知る事実。

 いえ、いまは二人だけ。


 大賢者と聖女。

 残った二人だけ…………。


 そう、あの日の真実。


 ……毒で苦しみだした彼らをズタズタにした。

 狂ったような笑い声をあげて─────。


 聖女も笑った。

 

 笑ったなー……。

 だって、本当に楽しかったんですもの。


 思いだすのは、血の味。


 無防備なザラディンの耳を思わず齧りとってしまったが、その時に口に広がった、えもいわれるぬ多幸感。


 焚火を見つめながら、薄く笑う聖女は、そっと立ち上がると、


「───ねぇアナタ。完成したら私にもわけてくれないかしら?」

「え、そ、そんな! め、滅相もない……」


 少女の三白眼が不安げに揺れる。

 とてつもなく美しい少女が、言葉だけで困惑にうち震える。


 そのさまに愉悦を感じる聖女は、


「気にしないで。私が食べたいのよ……あとで、湯浴みもさせてあげるわ」


 そう言って立ち去る聖女。


 さすがに少女の薄汚れっぷりは酷い。

 調理前・・・に食材を洗うのは当たり前のこと。


 聖女の天幕には湯浴みのできる桶もある。

 ついでに洗ってしまえばいいだろう。

 そう言って天幕に下がると、メイドに命じて湯を準備させた。


 先に自分が入ってしまい、さっと体を手早く洗っていく。


 王族ならこういったとき、人にやらせるものもいるらしいが、聖女はかえって面倒なので湯さえあれば自分でやってしまった。


 そのため、男はもちろん。

 メイドすらも下げて人払いをするのが常だった。


 仕切り幕で分けたスペースに大きな風呂桶があり、並々と湯が注がれていた。

 そこからでる湯気が濛々と天幕の天井に溜まっている。


「やっぱり、外遊はいいわねー。……つまらない政務はウンザリ」


 湯船に浸かりながら、独り言を溢しつつ天を仰ぐ聖女。

 愚痴を零せるのも、人がいないからだ。


 常に監視の目があるのも、鬱陶しくて仕方がなかった。


「また、魔王が現れたら冒険できるのかな」


 チラリとあの日々を思い出し、愉快な気分になる。

 あの冒険と刺激的な日々。

 懐かしい……。


「さぁ、そろそろ上がらなきゃね」

 湯が冷めてしまっては、あの子が体を洗えない。とはいえ、少女は平民っぽいので、水でも平気かもしれないけど。


 手早く着替えると、仕切り幕を抜ける。

 すると、


「あ! ご、ごめんなさい」






 バームクーヘンの大きな切れ端を皿に持った少女がそこにいた。


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