悪食の聖女
第1話「高貴な血筋」
「赤い髪の暗殺者?」
豪華仕立ての大型馬車に揺られる貴人が一人。
そこに、カッポカッポと並走するのは、きらびやかな鎧の男。彼は伝令だ。
鎧に固定する所属団旗は、近衛兵団のもので、馬上から彼の報告を、貴人は気のないように受けていた。
「はッ。大賢者王からの至急伝であります」
「ご苦労。下がっていいわ」
象牙のペーパーナイフでサクリサクリと封を開封すると───。
「あら?」
フワリと香る匂いは、わざわざ紙に香水を掛けたと思われる小憎たらしい仕掛け。
「王様ったら……まだ、色目を使おうというのかしら」
縁者でもある大賢者王の顔を思い出し、艶っぽく笑うのは──世間的に言えば穢れなき聖女。
かつて、魔王討伐に赴いたころの様な若々しい美貌から綺麗に変化を遂げ、今は売れた果実の様にむせ返るような色香に満ち満ちた女になっていた。
「え~っと……──あらあらあら。まぁ、3人とも死んじゃったのね~」
クスリと笑うと、ツラツラと紙面を追っていく。
「───これは、これは、また。外遊中に物凄いことになっているわね……」
可愛らしげに首を傾げると、丁寧に手紙を折りたたみ、封筒に仕舞う聖女。
あとはもう、どうでもいいとばかりに物憂げに馬車の外を眺める。
手紙の内容からして、かつての仲間たちの訃報であったのは間違いないはず。
しかし、そのことを憂いている様子はない。
ボンヤリと窓の外を眺める彼女の視線の先には、牧歌的な風景が広がっており、その周囲には完全武装の近衛兵が規則正しく護衛位置についていた。
「………………いいわ。神聖都市行きは中止します。
仕切りごしに控えている部下たちに、そう一言告げると、後は知らないとばかり。
あとは、同乗するメイドたちに命じて午後のお茶の準備に取り掛からせるのみ。
洗練された動きをみせる老練な執事と、テキパキと動くメイドたち。
「こちらを───」
カチャリと音を立てておかれるテーカップと、御茶請け。
執事はスパッと一礼しメニューを述べる。
そう……メニューを───。
「───初物の処女の血を絞った赤い紅茶でございます。……こちらは15歳の少年の血を煮凝りにした、ゼリーで御座います」
「あら、おいしそうね───。この子はどこの子かしら?」
「紅茶は南方人。平民ですが、美人と名高いプラチナブロンドの娘です。ゼリーの少年は王国の没落した貴族の子弟を、手ごろな値段で仕入れました。ご覧になりますか?」
コトリと、金属の箱を取り出す執事。
「あら? 興味深いわね……見せて」
「こちらです」
カコンと開けるとなにか丸いものが……一つ。
ツン───と、鉄錆びのような香りが辺りに漂う。
「あらあらあら。……知ってる子じゃない。懐かしいわね」
スッと手をさし入れ、愛おし気に丸いものの頬を撫でる聖女。
「オーウェンの血筋だわ……可愛そうに。お家が潰されたのね」
サラサラと、髪を撫でて感触を確かめると箱をテーブルに置いて、うっとりと鑑賞。
「あの人の縁者の血ね……。若さが戻りそうな気がするわ」
ウフフフ……そう言っていっそう艶やかに笑う。
「
「あらまぁ? そんなに頂いたかしら?」
「えぇ、御希望通りほとんどの種を──さすがにエルフは手に入りませんでしたが……」
そう言って鞄を開けると、中から様々な種類の髪を並べていく。
およそ王国と王国周辺で見られる民族の髪が、ほぼすべて。
「そう……エルフが手に入らないのは残念ね───紅茶の子は、まだ?」
「申し訳ございません。全てのマーケットに当たらせておりますゆえ……。あと、そうですね。彼女はまだ、
「そう。良いわ──……なら、神聖都市は避けて、王都に戻ります。在庫がないのならお急ぎなさい」
「は、よしなに」
執事はスチャッと、完璧な動作で一礼すると馬車の中の仕切りの向こうに姿を消した。
後には紅茶のよい香りと、かすかに生臭い血の匂いが漂っているのみ……────。
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