第2話「卑怯者は老いていく」


 王都ヴァルハラム。



 王国の随一の都市で、言わずと知れた首都である。



 その主たる大賢者が住まう城は、巨大な尖塔がいくつも立ち並ぶ、威圧的でありかつ一種の荘厳さも醸し出す美しい造りであった。


 そして、城下町。


 城を囲むように家屋や商店が立ち並び、王城にほど近い地区には、貴族の住む屋敷が小さな城のようにいくつもそびえていた。


 当然、賑わいも王国随一。

 大賢者の治世が尊ばれ。彼の業績を称える──『魔王を討伐し、そして、人類裏切り者を切り伏せた功績』を讃える像が町中に建ち並んでいた。

 

 王城から、それらを見下ろす人物がひとり。

 尖塔の中でもひときわ高いそこは王のおわす場所。


 バルコニーから身を乗り出し目を細めて眼窩見下ろしているのは、の5人の英雄の一人。大賢者王その人であった。


「陛下───聖女様には伝令を出しておきました。じきお戻りになるかと……」


 豪奢な鎧に身を包むのは、この国における最大の軍事組織、近衛兵団を預かる長であった。


「……もう、戻らんさ」

「は? 今……何と?」


 聞き間違えたのかと、近衛兵団長は間抜けにも聞き返してしまう。


「何でもない───伝令、ご苦労。下がってくれ」

「はッ!」


 バシリと最敬礼し去っていく近衛兵団長の背中を見送りつつ、大賢者はゆっくりとバルコニーから離れた。


 そして、仕立ての良い椅子に腰かけるとその正面に据えられている肖像と、一振りの剣に視線を向ける。


 その剣は言わずと知れた聖剣。


 それは、の悪名高き人類の卑怯者達のうちの一人───勇者ザラディンを討ち取った時に、討伐の証明として持ち帰ったものだ。


 大賢者は、剣を柄から刃先までスーっと眺めると、その上に飾られている肖像に目を向けた。


 描かれているのは、何所か広い場所で……練兵場のような空間を思わせる所。

 そこには、8人の人物が描かれており、小さくタイトルが刻まれていた。


 『聖戦の勇士』───。


 あの魔王討伐という、半ば絶望、そして勝利の疑わしい戦いに送り出す代償として、王国で行われた出発式を行った時のもの。


 当時、高名な画家にその瞬間を描かせたもので、その頃の国威発揚も兼ねたプロパガンダの一種だった。


 かつての英雄8人は、聖戦の勇士と呼ばれていたのだ。


 その勇士を讃えた……今はもうこの国に一枚しかない肖像画。


 そこには、微笑む勇士たちが描かれていた。

 その絵の中では、皆が信頼しあっており、大賢者も勇者も肩を寄せあって、魔王討伐を誓っていた。



「……………やはり、お前なのか? ザラディン──」



 ジッと見つめる先には一人の若者がいる。

 澄んだ目と凛々しい表情をした若武者。


 この時点で、まだ10代という若さ……。

 そして、稀代の天才で──────本物の勇者だった。


 大賢者の声に肖像は答えるはずもなく、ただ一人、じっと佇む彼の姿は酷く小さく見えた。


「ザラディン……」


 疲れ切った声の大賢者。


 彼の傍には大量の資料があり、全て赤髪の暗殺者にまつわる情報で埋め尽くされていた。


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