第4話「赤い髪の少女」
「手強いな神殿騎士団は……」
フー……と、深いため息をついたザラディンは、適当に拝借した布を体に巻いて銃を覆い隠していた。
だが、一度見つかった以上は発見するまで神殿騎士団は警戒を緩めないだろう。
「どうする……。一度身を隠すか?」
チラリとそんな考えが頭を過ったが、順番に殺していく以上警戒はいずれ強くなる。
ベリアスを仕留めたときのように、前回は偶々誤魔化せたつもりだったがやはり発覚していたらしい。
いずれにしても、ザラディンとしては一度目で正体が発覚しても、一向に構わなかった。
最後には全員に地獄を見せてやることに変わりはないのだ。
「はぁ。ベリアスの死は上手く誤魔化せたと思ったけど、もうバレているみたいだな」
兵士から奪った弁当をモリモリと食べつつ、ノンビリと構える。
今後のことを考えつつも、メニューについつい目が行ってしまう。
ずいぶん家族に愛されている兵士だったのだろう。
母親か妻かのいずれが作ったのかどうかは知らないが、中々手が込んでいる。
小ぶりのバスケットの中身はサンドイッチ。
それに果実と、焼き菓子、キャンディが隙間に入っており、愛情たっぷりだ。
(悪いことしたかな?)
手の込んだ弁当を見て、ちょっと兵士のことが可哀想になったが、……仕方ない。
せめて美味しく頂かせて貰おうと、早速一口。
「あ、美味しい……」
ザクッとした歯ごたえに少し驚いたものの、どうやら中身は衣のついた魚のフライらしい。コッテリとした油がジューシーで舌を楽しませる。たった一つでも腹にドシッと溜まる感じがたまらない。
「こっちは…………ん?!」
口にした瞬間、トロッと何かがこぼれる。
「あ! これ───」
美味しい!
モニュモニュとした食感を楽しつつ、その深い味わいを堪能する。
んーー! なにこれ?
………………あ、新玉ネギとベーコンのマリネだ!!
道理でトロットロなわけだ。
これは美味しい……!
「ふぅ……。なかなか、やるじゃないか神殿騎士団め」
腹がくちてきたところで、デザートの果実をシャクシャクと齧ると、爽やかな風味が、口の中をサッパリさせる。
「ご馳走───」
弁当を食べきると、焼き菓子とキャンディだけ失敬すると、バスケットをそっと民間の軒先に置いておく。元の持ち主に戻りますように……と。
そうして、町の裏手を歩きつつ、焼き菓子を齧りながら思案する。
甘い菓子を齧っていると、追われていることすらどうでもよくなる。
「ま、ベリアスほど簡単じゃないだろうけど、時間をかけるほどでもないか───」
サッサとすませてやるさ、と深く考えずに気持ちを切り替えると、軒先にぶら下がる洗濯ものをササッと奪い、穴をあけてローブ状にするザラディン。
彼女は街の目立たない路地を選んで潜伏することにした。
いくら都会とはいえ、神殿騎士団が警戒中となれば、昼間は目立ちすぎる。
キャンディを口のなかで転がしながら、チラリと潜伏して機会を待とうかとも考えた。
だが、
「……いや、身を隠したところで結局は同じことか。──それに今回はチャンスなんだ」
そう。
街に入る前にやたらと警戒が強いことを不審に思い、門前で情報収集していた。
すると、
「今、この街には……聖騎士もいるというじゃないか」
フフフと暗い笑みを浮かべるザラディン。
「
無頼の剣豪オーウェンを惨殺した二人。
ザラディンの師であり、理解者であり────大切な戦友だった。
魔王討伐の無謀な戦いに付いてきてくれた。
そして、彼らは本当に討伐してしまった……。
その直後────一緒に死んだ……殺された。
「師匠殺しのお二人さん……結局、お前らは一生オーウェンを越えられねぇよ」
ウフフフフフフフフと、路地に響く不気味な笑いは、街の喧騒にかき消されて誰にも気づかれなかった。
※ ※
「報告しますッ!」
聖騎士と神殿騎士がいる部屋を、士官クラスの兵が大急ぎ! と言った様子で飛び込んできた。
「なんだ?」
既に街が戒厳令に置かれたことを知っている神殿騎士は落ち着いた声で訊ねる。
「はッ! 門前で警戒中の部隊より至急伝です。『我、賊を発見す、容姿は──……』」
ツラツラと報告される内容は神殿騎士をして首を傾げざるを得ないもの。
なぜなら、
「大量の銃を持った『赤い髪の少女』だと?」
「はッ。確認した下士官は老練な兵士です。間違いないかと」
ふむ……新兵なら混乱のさなかそういった錯誤の報告もあり得るだろう。だが、老練な下士官となれば別だ。
「ご苦労。下がれ」
「はッ、失礼します」
士官が下がったのを確認すると、
「子供だと? ……貴様心当たりはあるか?」
聖騎士に問うも、
「あるわけがなかろう……もしや、カサンドラの子供か?」
「馬鹿を言え、奴に娘などおらん。一族もことごとく捕縛されて反抗者などおるはずがない」
「……しかしだな。聞けば大量の銃器を持ったまま神殿騎士団の分隊をまいたのだぞ? 並みの子供であろうはずがない」
「だとしてもそれまでのこと。面が割れた以上、じき捕まるだろう……それからタップリ体に聞いてやれば良い」
暗い笑みを浮かべる神殿騎士と聖騎士。
彼らのいる教会本殿の最上階から見下ろす町は、近づく夜の闇に沈みつつあったが、各所で篝火が焚かれ始めていた。
「──ベリアスを倒した銃士か……興味深い」
「また、貴殿の悪い癖が出ているぞ……もう一国の主なんだ。危険な橋は渡るなよ」
「あぁ、もうこれ以上伸びしろはないしな──……オーウェンで最後さ」
無頼の剣豪オーウェンを──師を斬った……殺した。
そして、越えた────。
「あぁ、師匠を越えた──それでよいではないか……」
二人して刀を取り空に瞬き始めた月に
そこに降り注ぐ幼い声、
「オーウェンを越えただって? ──笑わせるよ」
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