第3話「検問突破」

 ガヤガヤガヤ───。

 ざわざわざわ───。


 喧騒に包まれているのは、神聖都市パラディアの一角。


 その神聖都市正門にて、


「荷をあらためる」


 増員された門番が、中に入ろうとする商人やら参拝者を押しとどめていた。

 いつもなら簡易の点検だけで済むというのに、今日になって急に厳重になった検問に誰もが戸惑っている。


「な、なんなんです?!」


 老いた商人は目を白黒させているも、門番は全く取り合わずにズカズカと馬車に乗り込んできた。

 さらに、多数の兵士が槍を手に荷を乱暴に荒らしている。

「おい、積み荷はこれだけか!?」


 反物たんものに麦、それに乾燥果物ドライフルーツだ。


「へ、へい! あ、あとは連結した荷車に飼い葉があります」

 老人が示す荷車は紐で連結されており、積み荷は山となった馬用の飼い葉だった。


「そうか、検めるぞ」

「は、はい……一体何事で?」

「我らとて詳しいことは知らぬッ。貴様は検査が終わるまで黙っていろ」


「は、はい!」


 兵士らの居丈高な態度に、老人はいつもの門番ではないなと、あたりを付けた。


 都市の顔となる入り口に詰める門番は、通常なら愛想のいいものがつくのが常だ。

 そうでなければ、誰が好き好んで威圧的な態度をとるような街に近づきたいと思うものがいるだろうか?


 自由貿易の認められている商人ならなおのことだ。


 チラリと目を向けた兵士の装備は整っており、鎧も槍もピカピカだ。

 どうやら神殿騎士団パラディンガーズの兵らしい。


 ヤレヤレと思いながら兵の行動を見ていると乱暴そのもの。

 飼い葉を一々探るような真似はせず、何人かの兵を集めて一斉に槍でいじくると言ったやり方だ。


 グサ、グサッ!

 グサッ────ガキン!


「む! 隊長ッ」


「手応えがあったか!? 引き摺り出せ」

 探っていた兵が素早く飼い葉に手を突っ込み中に潜んでいる何かを引っ張り出した。


「きゃあ!」


 出てきたのは少女。

 ボロボロのローブを纏っただけの軽装で、旅装にしては貧弱だ。


 髪もバサバサで浮浪児にも見えた。

 それにちょっと匂う……。


「おい、貴様ッ! この中で何をしていた」

「答えろッ」


 剣を構えて威圧する兵に、少女は怯え切ってガタガタと震えている。

 そして、縋るような目を老人に向けてくるが、彼からすれば厄介ごとでしかない。


 下手をすれば密航を幇助したと思われても仕方がない。


 とはいえ、

「───お、お待ちください……じ、自分には心当たりはありませんが、おそらく昼間に立ち寄った農家の娘ではないかと思われます……」

「農家だと?」

「い、いえ……憶測です。見れば荷物もありません……ましてやまだ子供。長距離を移動できるような知恵も経験もないでしょう」


 全く面倒なことに……と思いつつも、流石に子供が剣を突きつけられていて知らぬ存ぜぬなど出来はしない。


 そんな卑怯な真似は、世界を裏切った『3人』の卑怯者の所業だと。

「ふむ……確かにまだ小娘だ。そもそも、この神聖都市は万人を受け入れておる。密入国という概念はそもそもあり得んのだ」


 密入国という概念がこの街にはないため、なおのこと荷物に潜んでいたという点では怪しいが、それをもって裁く法がなかった。


 ゆえに、

「まったく人騒がせな!……小娘、なぜ隠れていた」

「は、はい……わ、私は教会に参拝に伺ったのですが、途中で疲れてしまい……。その──悪いとは思ったのですが、休憩しているこのおじいさんの荷物にこっそり紛れて、楽をしようとしたのです」


 シュ~ンとして告白する少女に、周囲の兵は白け始めた。


 彼らの任務は特殊な銃をもった悪党を探すことであり、子供をなじることではない。


 検問を設けたがために門前には長蛇の列ができてしまっていた。

 その全てを確認しなければならないのだ。

 こんなことで時間を費やす暇などなかった。


「娘! そう言う時は正直に頼むのだッ。このおきなとて断りはすまい」

「は、はい……す、すみません」

「そうだよお嬢ちゃん……次からは言っとくれ、別にお金なんて取らないよ」


「ご、ごめんなさい」


 俯く少女を見て頭を撫でる老人。

 白け切った兵は「解散、解散」と隊長が号令を掛ければもう次の仕事に移り始める。


 その様子を確認した少女はチラリと周囲を確認して、老人だけがニコニコと見守っているのを確認する。

 周囲に人影が疎らになったとみると、彼女は踵を返して街へ向かっていった。


 その表情は口の端を歪めて笑っていたが誰にも気づかれずに……──。




「待てッ!」




 しかし、少女を呼び止める声があった。

 槍を持った兵が、穂先を見て目を剥いている。


「おまえ……ローブをはだけて見せろ」

 油断なく槍を構えた、彼の得物の穂先。

 ……なんと、よく見れば、鋭くとがっていたはずのそれは少し欠けていたのだ。


 それ以前に、突っ込んだ槍を防いでみせたとおぼしき音。

 ……業務が多すぎてお座成りになっていたが、流石は神聖騎士団。


 反応は素早い。


「どうした?!」

 すぐに集まり始めた兵士らはまた少女に注目するが、今度はさっきとはわけが違う。


「この少女……俺の槍を防ぎましたよ」

「なに?……ッ!!」


 すぐに事態に気付いた隊長は、兵を掌握し少女を半円に包囲する。


「貴様! 早くローブを脱げ!」


 威圧する兵士らに、怯えているかのようにブルブルと震えた様子の少女。


 だが、兵士らはもう油断していない。

 ジリジリと包囲を狭めていくと、

 

 ちぇっ!

「───あーあー……うまくいくと思ったんだけどなー」

 

 ピタリと震えを止めた少女は、ゆっくりと顔を上げると、

「流石は神殿騎士団──2人も英雄を輩出しただけはあるね」


 ニヤリと不敵に笑って見せた。


「貴っ様ぁ……何者だ!」

「見ての通り……」


 フッ、と少女が微かに腰を落としたように見えた────。


「小さな女の子だよッ」


 バサァとローブを脱ぐと兵士らの前に広げて視界を覆った。

 意表を突かれた兵士らは慌てて踏み込み、ヒラヒラと舞うローブを乱暴に払いのけたが──……いない!?


 いや!

 構うなッ!


「やれ! 刺し殺せッ」


 ガキキキキキキン!!!


 四方かれ放たれる槍の一突き。

 少女のあわれな屍を想像して目を背ける町の人々だったが……。


「あーあー。子供相手にここまでやるか?」


 フワサとロープが落ちたあとには、放射状に突きだされた槍の真ん中に悠然と立ち尽くす少女がひとり───。


「く! こいつ───ウガッ?!」


 だが、その姿を、見せたのも一瞬のこと。

 兵士ひとりの顎をうち昏倒させると、脱兎の如く逃げ出した。


「あそこだ!」


 ピッチリとした革のツナギのような服を着た少女が、全力で街の通りを駆け抜けていく。


 その姿は異様だ。


 拘束具のように体を締めあげているサスペンダーに皮のバンド──それら全てにホルスターがくっ付いており、中に拳銃が収まっている。


 その容姿はといえば、

 ──赤い髪、三白眼の鋭い目つき、すっきりとした鼻筋。怖気を振るう様な美貌の少女──。


「あ、あれが例の賊だ!」

「追えッ! 追えぇぇえ!!」


 訓練された動きの神殿騎士団。


 すぐに警笛を取り出すと「ピー! ピー!」と吹き鳴らす。

 すると連呼したかのように各地で警笛の連鎖が続く。


 神聖都市全体が戒厳令下になった合図だ。


 しかし、少女の風体を見たのはこの場にいる兵士のみ。

 大量の銃を捜索している以上、勘の良いものは気付くだろうが、それに期待してはならない。

「いでででで……。あの野郎どさくさ紛れに俺の弁当を!」

 昏倒させられた兵士が憤慨しているが、大半の者は取り合いすらしない。


 それどころではないのだ。

「───何人かは各所に伝達! 主力は俺と来いッ」


 隊長は数人を伝令に送り、各所に今見たことを報告させると同時に、自分を含めて部下をまとめると、直ぐに追跡を開始した。


 ダダダダッ! 激しい足音を立てる兵士たちに町の住民も驚いて道を開ける。

 だが、重い鎧をまとった彼らに比して、少女は軽く───風のように、そして猫の如く素早く走り去っていく。


 縦横無尽に駆ける様は、到底追いつけるものではない。

 そのうちに、徐々に距離が開いていった。


「くそぉぉぉ!! あのガキ、ぶっ殺してやる!」





 口汚く罵る隊長の声が虚しく街の雑踏に飲み込まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る