無頼の剣豪を殺した男たち
第1話「神聖都市パラディア」
リンゴーン、リンゴーン♪
荘厳な鐘の音が鳴る中、街はお昼時をむかえる活気に沸き返っていた。
午前中の仕事が終わったことを知らせる鐘に、労働者の多くは汗を拭って近くの飯屋に突入する。
一方で、今が掻き入れ時の飯屋はこの時間こそ忙しく働きだす。
「らっしゃい! カモ飯やすいよ!」
「兄さん見ていきな、できたてのパイだよ!」
「さぁさぁ、早い者勝ちだ。ゆで上がったばかりのソーセージだよ! スパイスが効いてるよー!」
漂う飯の香り。
暴力的なまでのその匂いに、腹をすかせた労働者があっちへフラフラ、こっちへフラフラ。ついつい二つ三つと購入し、その場でパリパリと食べ始める。
店側も慣れたもので、軒先にはちょっとした飲食スペースもあるので、お気に入りの場所で長居してしまうのは致し方なし。
こんな景色が、ここ神聖都市パラディアでは日常茶飯事だった。
そして、この町こそ、各地に教会を置く神聖教会の本拠地であるパラディアは
また、精強な神殿騎士団が守りを固める城塞都市でもあり、治安は比較的良い町でもあった。
そんな街を一望する教会本殿の最上階にて、2人の男が街を見下ろしながら話をしているのだが……。
「───ベリアスが死んだぞ」
書状を携えた
「あぁ、知っている」
「ほう? ずいぶん耳が早いな。大賢者王殿の命で、わざわ拙者が赴くまでもなかったか……?」
既に知っているという神殿騎士に対して、肩をすくめて無駄足だったなと愚痴る聖騎士。
「いや、そうでもない。我が聞いたのも三日前のことだ。今、詳しく調査させているところでな……。ほとんど、何も知らないのと変わらんさ」
───今のところはな。
そう言ってから、トン───と、指を置き、テーブルの上に紙を広げて見せた。
「むぅ……すでに追跡調査をしていたのか」
「当然だ」と言い切る神殿騎士を尻目に、聖騎士は紙を記載された調査結果を見ていた。
「ふむ……。賊にやられたとな──これでは、王が聞いた情報と変わらんぞ」
「いや、そこじゃない───ここだ。この続報を見ろ」
主報告にあわせて、慌てて書き足したような形跡の文字を見て、それを追っていく。
「……
射殺??
「……また、相打ったと思われる賊の死には、不審な形跡があると──。……ふむ? これがどうした?」
首を傾げる聖騎士に、
「腐っても、我ら5人の英雄の一人だぞ……? そんなベリアスが違法強化薬まで使って賊と相打ち。あり得ると思うか?」
……それも銃で、だ。
英雄は、かつては8人だった。
その8人を選ぶ過程は、苛烈な選考を潜り抜けた猛者ぞろい。当然ながら、皆人類最強を選定している。
それは魔王討伐から14年たった今も、変わることのない強さの指標だ。
「わからんな……あのアホは
「いや、それはない。奴の近接戦闘能力は、今も我らに匹敵しうる───」
はっきりと言い切る神殿騎士に、
「貴殿……奴を監視していたのか?」
「当たり前だ。あのアホは盗賊を手駒にして自分の領地を荒らす奴だぞ。我が領は奴の隣だ。自分の領地で荒らすものが無くなれば、次に何をするかわかるだろう」
……なるほど、と聖騎士は頷き。
「ということは……この賊というのは?」
「奴の子飼いの賊だ。名を───カサンドラという」
「か、カサンドラ!?」
久しぶりに聞いた名前に驚く聖騎士。
「あのアホは……あの日のことを未だに根に持っていたらしい。そのカサンドラを手慰みに鍛錬したのは、最終的に自分の手であの日を再現するつもりだったのさ」
「余計な真似を……どこからあの日の出来事が漏れるか分からんというのに」
苦々しく顔を歪めると、
「まぁ死んでくれてよかった。これで情報は洩れまい」
「甘いぞ。その賊というのが奴の子飼いのカサンドラだ。……つまり奴の死は、
「……違法強化薬を使ってまで反撃したベリアスが、部下や賊に負ける道理はないということか」
「そうだ。これは賊ではない。何者かがベリアスを殺したと考えるのが妥当だ」
そこまで言ってスクッと立ち上がる神殿騎士。
「そんなことができる奴が何人いる? 我か、貴様か? それとも、聖女殿か、我らが王か……」
「まさか、貴殿も知っているだろう。拙者は滅多に王のそばを離れん。そして、聖女どのは外遊中……つまり我らの犯行ではない」
「そうとも、だから危惧しているのだよ」
そう言って、懐からもう一枚の紙を取り出す。
「ベリアスの死因だ……」
「こ、これは!?…………なんと、至近距離から
神殿騎士の派遣した調査官はよほど優秀だったのだろう。徹底的にその死因と犯人を洗っていたらしい。
そこで、二人はようやく名前を思い出す。先ほど聞いたベリアスの子飼いの賊の名前を聞いたせいもあるだろう。
「連撃のカサンドラ……」
まさか、な。
「それとこれだ」
さらに死因について深く掘り下げた物。
聖騎士はそれを受けとると、
「小飼のカサンドラと言う賊は、剣が致命傷の可能性あり……さらに、捨てられていた
これはなんだ?
「何が起きている?」
「わからん。わからんが…………このベリアスを殺した賊は、奴だけを目当てに殺している。巻き添えで死んだ者も多少いるようだが、城の警備兵については殺傷していない」
「反乱ではない……とすれば、個人的な恨み?」
「おそらくな」
聖騎士も難しい顔で立ち上がると神殿騎士に並ぶ。そして、眼下の街を見下ろし、
「この治世に真っ向から反旗を翻す者がいる」
「あぁ……カサンドラならやりかねんがな」
何を馬鹿なと、二人はいう。彼らは見ているのだ。
───死んだ3人を……いや、殺した3人を。
「いずれにせよ、賊は生きているはずだ。……探して、殺さねばなるまい」
ベリアスの弔いのためにも、な。
「それは当然だが、手掛かりは?」
「これだ」
神殿騎士は佩いている刀を置く。
それは一目見ても分かる業物で、聖騎士の佩く刀と一対になっているらしい。
「オーウェンの刀?」
「そうだ……ベリアスは我ら同様に
「まさか!」
合点がいったのか、聖騎士が目を剥く。
「そう……賊はカサンドラの銃を持ち去ったらしい。──捜索しても発見できなかった」
これは大きな手掛かりだ。
街の出入りの際に荷物を検めればよいのだ。
大量の銃など、持ち歩けば相当目立つことだろう。
「賊め……5人の英雄を侮るなよ」
「そうとも……辺境都市と、ここは隣の領地。例の賊がここに来る可能性があると思わんか?」
「なるほど。ならば拙者もしばらく滞在することにしようか」
ニヤリと笑った聖騎士が、神殿騎士の置いた刀の上に自らの刀も合わせておく。
かつて無頼の剣豪オーウェンの使用していた二振りが久しぶりに揃った瞬間でもあった。
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