第4話『メイドと図書室』

「うぁああん!ノリス様に怒られちゃうぅぅ」


メイドはそう言いながらボロボロと泣いている。

やばい本当にやらかしてしまった。


「ごっごめん、これは俺のお金でどうにかするから!」


今の俺にはグッピネスで得られるであろう報酬金の存在があるので、お金には心配がないのだ。


「けっけどこのお茶はすごい貴重でふっ普通のお店には売ってないんです!」


彼女は泣きながら話しているので、言葉が詰まっている。俺がこの女の子を泣かせてしまうとは思いもしていなかった。


「大丈夫、必ず返してみせるし、俺がその…ノリス様っていう人に謝りに行くよ。」


「ほんとうですか?」


メイドさんはぐすぐすしながら子供に戻ったような口調でそう言う。いや実際子供なのか。俺よりは明らかに年が下だ。


丁寧な口調や言葉遣いは建前で、こっちが本当の性格ではないのかと思った。


「ああ約束する。」


そう言いながら、お客さん用のお茶を啜る。


「なにこれめっちゃ美味しい!本当にお茶なのか!これがお茶であっていいのか?!」



紛れもなく、人生で一番美味しいお茶であっただろう、静岡県のお茶とかは飲んだことないんだが、それもそんな感じの美味しさなのだろうか?


「さあ、腹も膨れたし、そろそろクレアのところに案内してくれないか?」



「……わかりました。アオト様こちらです」


俺の言葉を聞いて安心したのか、もう落ち着きを取り戻し、いつもの口調に戻っている。


俺はメイドについて行った。


「こちらの図書室でクレア様は魔術の研究をしております。ノックをしてお入りください。」


そう言われたので俺はノックをする。

扉の奥からこう聞こえる。


「はーい、どうぞ入って!」


クレアの声だ、俺は部屋のドアを開ける。



「キャアアァァア!!あっアオト!なんであなたが入ってくるのよ!!」


クレアを見ると、パジャマ姿…でもなんか下着が見えてたりヘソも見えてるしそんな格好で魔術の研究をしていた。図書室で寝ていたのだろうか?


「アオト!見ないでぇえ!」


クレアは自分のだらしがない姿を見られたのが恥ずかしいのか机の下に隠れる。


「ちょっと待ってくれよ!ノックはちゃんとしたじゃないか。」


「アリスだと思ったのよ!この変態!」


「変態呼ばわりはないだろ!俺はちょっとこの部屋から出るから、着替えてくれ。頼む!」


俺はそう言うとドアを全力で閉めた。

そしてメイドを見ると、俺にしてやったと言うような満面の笑みを隠しきれていない顔でこちらを見ていた。


「おい、君絶対クレアが今だらしがない姿ってこと知ってただろ。」


「なんのことでしょうね。わたしはさっぱりわかりません。アオト様」


メイドはもう笑いをこらえることは不可能のようで、

フフッと吹き出していた。


「してやられたよ、君の名前はアリス?なのか?」


「自己紹介が遅れました、私の名前はアリスです。

この屋敷ではメイドをさせていただいております。

以後お見知りおきを。」


メイドはそう言うと俺にお礼をした。スカートを両手で少し持ち上げ、左足を少し引いている。

メイドの自己紹介の定石なのだろう。






それから少し経って、クレアの声が聞こえてきた。


「もう入ってきて大丈夫よ。」


心なしかちょっと冷たく言っていた気がするが俺はその声を聞いて中に入る、今度はアリスも一緒に入ってきた。


クレアは立っていて、紫色の普段着を着ている。

赤いリボンはお気に入りのようで、今も胸についている。


「アリス!いるならなんでアオトをこの部屋に入れたのよ!」

クレアが涙目でそう言う。


「クレア様、アオト様がクレア様のパジャマを見たいとおっしゃられたのでノックをして入ってくださいと言いました。」


「あっアオト!どう言うことなの…」

クレアは疑いの目で俺を見ている。


「そっそんなこと一言も言ってない!アリス頼む許してくれ!」


俺はアリスに深々と礼をしながらそう言う。

アリスの顔はすごく満足そうで、優越感に浸ってるように見えた。


クソ絶対どこかでやり返してやる!


「なにか訳があるようね。いいわ。アオト、要件はなにかしら。」


クレアはまだちょっと疑いの目をしているがそう言ってくれた。



「ごめんなクレア、アリスと色々あったんだ。

要件は君にお礼をしに来たんだよ。その前にどうしてこうなったのか聞いてくれ。」




俺は正直に今日起きたことを話した。



屋敷で起きたら腹が減っていてアリスにご飯を用意してもらったこと。


俺が高級茶を淹れてしまってアリスがすごく落ちこんでしまったこと。


そしてノック事件のこと…


「フフフ、やっぱりアオトって面白い人ね。」


クレアはもう怒っても、疑ってもいないようだ。

俺が面白い人なのはいいが、アリスにこんな扱いされるならちょっとやばい立ち位置かもしれない。


「アオト様、そろそろお礼を言われてはいかがですか?」


「そうだな、クレア昨日は助けてくれて本当にありがとう、あとノアからこの屋敷に連れて来てくれてありがとう。」


俺はそう言った。


「どういたしまして。けど運んでくるのは大変だったのよ、あなたを一度本に封印してね…」


「いや待って俺封印されてたの!?」


俺が寝てる間にそんなことされていたなんて思っても見なかった。


「テレポートをするには魔力が足らなさすぎたから、仕方なく簡易封印魔法にしたのよ。」


「アオト様、こちらのクレア様は光魔法を操る

白魔法使いなのですが、闇属性でもある封印魔法を習得されているなど、非常に多才なお方です。」


アリスはまるで自分のことかのようにそう言った。


「そうなんだ、アリスはクレアのこといっぱい知ってるみたいだな。」


俺はアリスの方を見て語りかける。

「いっぱい知ってるも何も、アリスとは私が子供の時からの仲よ、もう家族と言ってもいいわね。」


「大変恐縮です、クレア様」


アリスがまたあのポーズをしながら礼をしている。


「そういえば、クレアは今何をしていたんだ?魔法の研究?」


「そうよ。いや正確には魔術理論の研究かしら。研究タイトルは『特定条件下における光魔法の効力減衰量低下についての考察』よ。どう?難しそうでしょ。」


「うわ…聞くだけで頭が痛くなるような研究だな、光魔法って言うのは俺には使えないのか?」


「昨日のように簡単な魔法なら魔書を触るだけで習得できるわ。まあアオトはまだ光魔法の初歩、

『ライト』ぐらいしか習得できないと思うけど。」


「習得できない魔法っていうのは、何をすれば習得できるんだ?」


「実は厳密にはレベルと魔法については関連性もなにもないの、ただレベルが上がることが体力が上がることを意味していて、それで高度な魔法に耐えられる体力がつくってだけなの。

だから、魔法は習得できないと言うより、レベルが上がらないと『使えない』ということなの。」


クレアが俺に説明している。そんな俺を見てアリスが俺の顔を不思議そうに見つめている。


「…?もしかしてアオト様って魔法のことについてご存知ないのですか?」


「そうなんだアリス、俺は魔法のことも、この世界のこともまだよくわかっていないんだ。」


「魔法が使えないような場所…からお越しになられたのでしょうか?」


「まあそういうことだ。」


まさか『異世界から来ました』とか言っても信じてもらえないだろう。


「そういえば、アオト様は、黒色の髪に黒目ですね。まるで『三賢者様』のような容姿です。」


三賢者ってなんだ?

そういえば昨日俺は楽の加護を受けてるとかそんなことをクレアが言ってたような。

その加護を受けた残りの三人なんだろう。それにしても俺とおんなじ容姿とは恐れ入った。


「アリス、アオトは神の敬愛『楽』を受けている可能性が高いわ。」


「?!、かっ神の敬愛!?本当に三賢者様と同じじゃないですか!」


またアリスの口調が変化する。相当に驚いているみたいだ。

けど俺が三賢者様と一緒ってことは、三賢者は四賢者になるんじゃないだろうか。


「アリス、俺は魔法についての神の敬愛を受けているみたいだぞ。」


「かねてより予想されていた、第四の賢者様がアオト様だったなんて…」


クレアがこう続ける。


「私はいつも魔法のことを研究していくなかで、賢者にはもう一人、魔法に特化した人がいるはずだって考えていたの。それで三賢者様は全員黒髪、黒目って特徴があったから、アオトをこの屋敷に招き入れたのよ。まあアオトが賢者じゃなくても招き入れたと思うけど。」


クレアはお人好しなのか、困った人を放っておけない性格なんだろう。

昨日もなんやかんやいって最後には助けに来てくれたし。


「俺がその加護を受けているとして、他の賢者は今何をしているんだ?」


「今はよくわからないわね。東の都にいるってことはきいたんだけど。」


「今その賢者に会いに行って、パーティに入れてもらうことは可能か?」


「それは絶対無理ね、三賢者様のレベルは今の時点で70オーバーらしいわ。これは世界最高級よ。」


それをきいてアリスは喋っているクレアから視線を俺に変えて、俺の頭の方を見上げる。


「レベル5ですか…。 プフッ」

クレアは俺のことを賢者とわかって尊敬の眼差しで見ていたのに、俺のレベルを見るや吹き出してそのままアハハと笑っている。


「あははは!賢者様なのに、れっレベル5 あっははは!」


完全にいつもの口調が壊れる。ここはからかいを入れてやろうと思って俺がこう言った。


「また笑いやがったな、この泣き虫メイド!」


「なっ泣き虫じゃないですし!」



「仲いいのね、貴方達。」

クレアにそう言われて我に返る二人。


「ごほん…それで俺はこれからどうすればいいのかな?」


クレアが少しニヤリとして答える。


「とりあえず、そのお茶パックをアリスと一緒に買いに行けばいいと思うの。今日は準備して、明日行けばいいわ。この世界のことをよく知れると思うわよ。」


その答えにアリスがすかさず返事をする。


「ちょ!ちょっと待ってくださいクレア様!なんで私もアオト様と一緒に行かなくてはならないのですか!?」


「そりゃアリスがお客さん用のお茶パックをアオトに使わせちゃったからでしょ。連帯責任よ。」


クレアの正論の前に、さっき泣き虫とバカにされたのにアリスは涙を浮かべる。


「あっアオト様のせいだ!この変態!」

「なんでそうなるんだよ!お前がこの部屋にノックだけで入れっていったから変態になってんだろうが!」


俺の中で俺達は実は仲がいいかも知らないと思った俺がどこかにいた。


「わかったそれで、どこに買いに行けばいいんだ?」

クレアに俺は聞く。


「この都の更に北にあるフェアリー茶店に買いに行ってほしいの。けどまあ結構道中大変だから、今は私も暇だし、あなたの装備を一緒に買いに行ってあげる。アリス、家のことよろしく頼むわよ。」


「わかりました…。」


アリスはそれだけ言って、図書室から出て、家事をしに行く。なんてよい女の子なんだろう。

ちょっと人をからかう癖がなければ、メイドとして完璧なのになあとしみじみ思った。

ご飯もとても美味しかったし。


図書室の中に入って結構な時間が経っているが、いろいろ騒動がありすぎてじっくり見る暇がなくて

今頃あたりを見回す。

相当多くの本がきれいに陳列されており、クレアが最初に座っていたテーブルには、大小様々な本が横に積み重ねられている。クレアの研究の参考にされていたんだろう。


これほど多くの本を見て、俺は昨日見た不思議な本について聞きたかったのを思い出す。




「今の時間は…10時ね。」

クレアが光の魔法で作られた腕時計を確認する。どういう原理なのか知りたい。


「その魔書のことについてもう少し教えてくれないか?」


俺はクレアの手元にある薄くて小さい赤い目の書いた本を指さしながらそういった。


「?、いいわよ。なにかしら。」

クレアは机の上にしまわれた本を片付けながらそう答えた。


「昨日、それの黒丸をなぞっただけで、魔法が習得できたのはなぜだ?その本自体に強大な魔力か何かが詰まっているのか?」


「強大な魔力が詰まっているのは間違いないけど、それであなたがファイアを習得できたわけではないわ。その魔書には『刻魔』が施されていて、まあ魔法を覚醒させるコードが乗っているようなものなの。

それを自分の体内の中にあるマナキューブに作用させて、体力を魔力に変換し、そのコードの通りに魔力を利用できるようになるってわけ。」


「そうなのか、俺の中にはマナキューブがあると。」


「そうよ。人間…いや動物、魔物どんな種族でも生きてさえいればマナキューブは存在するの。

たとえば、ヒールという魔法は魔力を相手のマナキューブに流し込んで、体力を回復させてるのよ。」


「そうというと、あのレンドは『ロフヒール』を唱えてたけど、クレアは『プロヒール』って言ってたよな、あれは何が違うんだ?」


「あれはロフヒールはヒールの劣化版、プロヒールはヒールの上級魔法版よ。」


「けどクレアのレベルって12だよな。上級魔法なんか使えるのか?」


彼女はなぜか一瞬本をしまっていた手を止め、悲しそうにこう答えた。


「私のレベル自体は12なんだけど、さっきも言った通り体力=魔力じゃなくて、私は魔力を体力とは別に蓄える技術を魔術学校で学んだの。アオトもこれから先に必ず学ぶ技術だと思うわ…」


なんでクレアがこんな落ち込んだ様子でこのことを答えたのかはわからない、その技術になにか過去があるのだろうか、はたまた学生時代に何かあったのか。今はそのことについて聞くのはやめておいた。


「そうか!、ありがとう充分だ。俺も魔法の研究をしてみたいな。」


「うふふ、そうね、また手伝って頂戴。じゃあ行きましょうか。」


クレアは積んである本を片付け終わり俺にそう言った。

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異世界に降り立ったら神に敬愛されてて魔法適性がとてつもないことになってるんですが @mktmkt

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