第2話『二人の剣士』

決意した俺は、目の前のテーブルに置いてある、シュプライトの入ったコップを掴んで一気に飲み干した。



「これすごいおいしいな。なんかこう、スッキリした気分になる。」


「そうでしょ?甘くてお酒でもないのにスッキリするからいつも飲んでるのよ。」



二酸化炭素を水に溶けさせる技術が未発達なのかそれほどしゅわしゅわしていないが炭酸が嫌いな俺にとっては良いことだった。



「それで具体的にはどういうモンスターを倒しに行くんだ?」

「うーんそうだね、レベル1ならファイアでも覚えてアクアボールでも倒しに行こっか。」



ファイアってのは火の魔法のことだろうか。俺にも魔法ができるのか。ワクワクする。



「ファイアっていうのはどうやって覚えるんだ?魔法なんて使ったこともないんだけど。」

「本当は魔書っていうものが必要なんだけど、

今回は私のを貸してあげるわ。」



クレアはそういうと腰にかけてあった本ケースのようなものから本を取り出す。



「はいこれ!私の魔書。つかって!」



クレアは俺にその本を渡した。

本は薄く片手サイズの小さなものだ。相当使い込まれているようで表紙から年季が伺える。本の中心に赤い目が書いてあってちょっと光ってるようにも見える。



「これは…なんて厨二なんだ。やっぱ魔法はかっこいいな。」



俺は率直な感想を述べた。クレアはよくわかってないみたいな顔でこっちを見ている。


「これはどうやって使うものなんだ?」


「…まずは1ページめくって、目次からファイアのページを探して。」


「ええと…32ページか。」

俺はページをめくった。

そのページには炎の絵と説明が書かれてある。



●ファイア

手から炎を出す初級中の初級魔法。炎の温度は通常の火より低いが、着火をしたり、低レベルの魔物と戦うには十分な温度である。この魔法を起点として、多くの派生魔法がある。

術者は手を前に出し ファイア と発言する。

体内の魔力を消費して炎を維持する。



「その説明を読んだら、黒丸をタッチしてみて。」

「わかった。」


俺はそう言って、黒丸を指でなぞった。

すると体からパーティクルのようなものが出る。



「なっなんだこれ!」


「ふふ、成功したわね。簡単な魔法だから一度フィールドで試してみよっか。」



何でこの黒丸をなぞっただけなのにこんな力が得られるのか気になったが、理屈より行動という彼女の気迫に押されてこう答えていた。



「じゃあ早速フィールドに出ようか!テレポート頼む!」


「わかったわ、じゃあまた手を握って。」

クレアは笑いながら俺の手を求めて、手を差し出す。俺はそんなクレアの手をしっかり掴んでこう言う。


「さあ行こうか!ここから俺の生活が始まる!」

「あはは、アオトって面白いね!」



-----------


「さあアオト、ここから近い湖を知ってるからそこに行こう。」

「ああわかった、案内は任せたぞ。」


クレアと出会ってまだ1時間ぐらいだが打ち解けられていて嬉しくなる。クレアに俺は付いていった。


「ここら辺の地理には詳しいのか?」

「私はノア生まれノア育ちでここらのフィールドは知り尽くしてるよ。どこにどのモンスターがいるとか、そう言う細かいことも。」


「頼もしい限りだ。」


俺たちはそんな会話をしながら湖を目指して歩いている。ちょっと先に湖を見つけた。



「あれか?その湖っていうのは。」

「そうよ。よく見て、青色のモンスターがいるでしょ。あれがアクアボールよ。」


俺は目を凝らして湖のあたりを見回す。

たしかに青いやつがいた。コウモリの羽のような形をした真っ青な翼を持っていて本体は水っぽい物質でできているのがわかる。


「じゃあここからでも届くから、ファイアをしてみて!」


俺は本に書かれていたとおりに手を伸ばし叫んだ


『ファイア!!』


その瞬間、手からこの世のものとは思えないほどの光を発した、赤い炎が吹き出した。

いやこれ本当に炎なのか?某戦闘アニメの必殺技の色が赤色になったようなそんな太い火柱が手から放出されている。


「これでいいのか!?クレア!」


「おぉお~、やっぱり私の目は間違ってなかったみたいね!」


どう考えても初級魔法ではないそれがアクアボールに衝突したときには、モンスター自身はすでに蒸発し、やけたコウモリの翼のようなものだけになっていた。


「こっこれ本当に初級魔法なのか!?、なんか維持してるだけですごい疲れるんだけど!」


まだ炎を出して20秒も経っていないのに、体の中の力が抜けていき疲れていくのを感じる。

これは全力疾走したときの疲れというより、長く重労働したときの疲れに近いものだ。


「じゃあ力を抜いて。それでファイアは解除されるわ」

「ふぅ…これ本当に疲れるな!けど結構いい出来なんじゃないか?」


俺の中にこんな力があったのかと思うと今まで真剣に勉強や部活を頑張ってきた俺が急に虚しくなってくる。こっちの道を極めればよかったという後悔だ。


「この翼はどうするんだ?売りに行くのか?」


そう言いながら俺はまるこげになったそれを拾う。軽いが結構大きい、腕の長さぐらいはあるだろうか。それを両手で持ちながらこう続ける。


「そんなことよりこのファイアはなんなんだ、どう考えても普通の火より強烈だぞ。」


俺はそう言って自分の魔法があたった草原を見回した。あたりは一瞬で燃え尽きた草が灰になってちょっと煙たい。草はその原型をとどめたまま灰色になっているので触るとすぐ崩壊しそうだ。


「これはねえ、やっぱりアオトが『神の敬愛』を受けている恩恵だと思うわ。

その中でもあなたは4番目の神の敬愛…『楽』を授かっていると考えられるよ!」


クレアは目をキラキラさせて俺に言った。ちょっとまって神の敬愛ってなんだよ。楽ってなんかちょっとダサくない?どういう効果なんだろうか?


「待ってくれ。その神の敬愛っていうのは珍しいものなのか?」


「珍しいも何もこの世界に神の敬愛の加護を受けている人はあなたを含めて4人しかいないのよ!

しかもその残りの3人は…」


クレアが何かを言いかけた途端、後ろの方から声が聞こえてきた。


「おーい!この辺にグッピネルが出没してるらしいぞ!君たちも気をつけろ!」


声の主は赤髪の青年で、その周りには冒険者らしき人が5人いる。

赤髪の青年は青の鎧を着ており、一人だけ強そうだ。おそらくパーティーのリーダーなのだろう。


「グッピネル?おかしいわね。ここらあたりの地理はさっきも言ったとおり把握してるけど

グッピネルはこんなところには来ないはずなのに。」


クレアは困惑の模様を浮かべている、すこし怖がっているようにも見える。


「テレポートには圏内、圏外っていうのがあって、今この湖は圏外なの。一応ここから圏内まで入るのにグッピネルにあったときのために、剣を貸しておくわ。」


クレアはそう言うのだが、彼女の見た目は見るからに魔法使いで、剣を携帯しているようには見えない。


「短剣でも持っているのか?」


「いや短剣なんかでグッピネルと戦ったらそれこそ死ぬと思うわ。心配しないで、今から魔法で作るから。」


クレアは両腕を手のひらを表にして突き出し、こう叫んだ。


『メイクライトニングソード!』


クレアの眼の前で、目を瞑りたくなるような明るい光を発した長剣が生成されている。

黄色の粒なようなものが周りからいくつも湧き出していて、とてもかっこいい。


「さあ、これをどうぞ。」


クレアは俺にその剣を渡した。とても軽くて剣を持っている感覚にはならない。

触った感触はビリビリとしていて、敬愛の加護の影響なのか俺が持った瞬間、湧き出てくる黄色の粒の数が増えた。


「おおすごい!やっぱりアオトは加護を受けてるのね!さあ帰りましょう。」


その後、テレポート圏内に行くまでの道中でスライムを何匹か狩って、ゼリーを手に入れた。

ライトニングソードと言われているその剣は軽いにもかかわらずサクサクとモンスターを切り裂いていき俺のレベルは3まで上がった。

レベル12の半人前が作ったライトニングソードはすぐ壊れるとクレアは言っていたが、

壊れることなく、テレポート圏内の手前まで歩いた。


そこまで来て俺はあることに気づく。


「そういえば、俺達に話しかけてきたあの赤い髪の青年達はどこに行ったんだ?」


「私もわからないわ、あのあと遠回りで私達と同じ方向に進んでいたはずなんだけど…」


「なんか嫌な予感がするんだが、ちょっとだけ探してみないか?」


俺は、そういったものの、圏内まではあと僅かだここで探しに行けば、グッピネルに出くわすかもしれない。


「アオト、そうしたいのはやまやまなんだけど、グッピネルに出くわしたら本当に大変なことになるの。私のレベルは12だけどグッピネルはレベル20相当の力を持っているわ」


「そうなのか、でもちょっと俺は気になる。クレアはここに待っていてくれて構わないから、

俺は引き返すよ。モンスターのことを知らせてくれた恩もあることだしな」


「わかった。そんなにいうなら私も行くわ。レベル3の人を放って自分だけ待機なんかできないからね。」


クレアは少し怖がりながらも、俺についてきてくれるようだ。こんな可愛い女の子をこれ以上怖がらせないようにも細心の注意をはらい引き返していこう。


俺達は今まで通ってきた道を引き返していく。半分ほど引き返したところで、クレアがやっぱりもう帰ろうと言い出した。


「アオト、やっぱりもう帰りましょうよ。もしかしたらすれ違って、もうあのパーティーは帰っているかもしれないわ。もう日も暮れるし、モンスターの数も増えてくるわよ」


「そうだな…結局見つからなかったが、無事帰ってることを祈って俺達も帰ることにしよう――」


そう言った瞬間女性の悲鳴が聞こえてくる。


「助けてええ!」


声の先を見ると遠くに最初に異世界に降り立ったときにも見た人形の豚と赤髪の青年が剣を構えているのが見える。それを認識した瞬間、クレアが震え始める。


「にっ逃げましょう!あいつがグッピネルよ!!今なら間に合うわ!さっ、さあ!」


あれほど冷静なクレアが我を忘れて怯えている。グッピネルは相当恐ろしい魔物なのだろう。

怯えたその少女を俺は落ち着かせるようにゆっくりと優しくこう言った。


「クレアは先に逃げていてくれ、俺は彼らを見捨てる訳にはいかない。ノアでまた会おう。」


それだけ言い残して俺はグッピネルの方向に向かう、クレアは逃げることもなくカカシのように棒立ちしているだけのようだが、構わず進んでいく。



「走って、2分ぐらいの距離か…間に合えよ!」


つい半日ぐらい前にはスライムから逃げるために全力疾走していた俺が、今は人を助けるために全力で走っている。人間は変わるものだと言ったおばあちゃんの言葉を思い出す。



「助けに来たぞ!赤髪の青年!」


到着したと同時に叫んだ。赤髪の青年は青色の鎧を傷まみれにされながらも生きている。

どうやらレベルは13のようだ。剣を構えるのを諦めて地に伏している。


「なっ何をしているんだ!こいつはレベル3が敵うような相手ではない!早くここから逃げるんだ!」


青年はぼろぼろになりながらも自分の心配ではなく、俺の心配をしていてくれる。


「グッピネルとやら…このライトニングソードの錆にしてくれるわ!」


俺はそう吐き捨てて、魔物に注目する。


「グルルゥゥゥゥ…」


魔物はよだれを垂らしながら俺と青年を殺そうとしている。

その目は赤く、身長は俺の二、三倍はある。腕は太く、一度殴られただけで死んでしまいそうだ。


「さあ行こうか青年!」


「逃げろと言ったのに…どうなっても知らないぞ!」


二人の剣士が今、ともに剣を構えた。

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