異世界に降り立ったら神に敬愛されてて魔法適性がとてつもないことになってるんですが

@mktmkt

第1話『楽をするため苦労せよ』

目を開けると真っ暗な空間が広がっている。耳を澄ましても何も聞こえない。


「そういえば俺死んだんだっけ…」


俺はトラックに轢かれて死んだということを思い出した。しかしここがどこなのはわからなく、思い出せる一番最後の光景を思い浮かべる。


「俺がコンビニに食べ物を買いに行って、それで交差点を渡るところで…」


大きな交差点で信号を無視して走っていたトラックに無事轢かれ、俺は死んだ。


「なんでこんなところで死ななきゃいけないんだよ。だいたいここどこなんだよ!」


―ここは、霊界だ―

―優秀な魂を持つものよ、そなたは異世界へ送られるのだ―


静かな暗闇に重苦しいおっさんの声が響き渡る


「これまた突然のお願いだな。いつものラノベなら魔王を倒せやらなんやら指示してくるんだろ?

俺はそんなことしないからな、ただただ楽がしたいだけなんだ。」



―え…?―


―ごほん…異世界ではそなたの『信念』を貫けばよい―


―それで全てが…終わる―


「は?」

俺は呆れ声で言った。まあ何を言っても異世界に送られてしまうのだろうが…


突然目の前が明るくなる。


「うわあ、眩しいぃ!」


俺は目を開くと異世界に降り立っていた。


「何番煎じなんだよ、この展開。」



あたりは草原で、今にもスライムか何かが飛び出してきそうな雰囲気だ。

ちょうどRPGゲームの最初の町を離れたところに降り立ったようなものだ。

俺はあたりを見回した。遠くの方に大きな人形の豚….


「おっ!」


ちょうど50メートルほど前に緑色のスライムが見えた。

緑色で擬態しているため、目を凝らさないと見えない。



「異世界生活最初の獲物はあのスライムかな…」


俺はそんなことをつぶやきながら前のスライムに寄ってかかる。

スライムの前に来たところですかさず拳を握りしめ、攻撃する体制を整えた。


「勢いできたけど、そもそも俺のパンチ効くのかな?」


根本的な問題を今頃になって考え始めたが、もう後戻りするには遅すぎる。

勢い良く振りかぶって。


「うおりゃあああああああああ!!!」


俺のパンチはスライムに当たったみたいだ。

その感触は昔百均でおばあちゃんに買ってもらったスライムのおもちゃとそっくりというか

それそのままだった。


おかしい、当たったはずなのになんかこいつめっちゃ動いてる気がする…


次の瞬間スライムが分裂して、片方が俺の腹に向かって衝突してきた。


「ぐぉはっ!…」


生まれてこの方腹を本気で殴られたことがなかったため、鈍い痛みが体を走る。

しかしその痛みをこらえて腹にのめりこんだスライムを左手でつかみ地面に投げつけた。



スライムの片方の動きが止まった。

もう片方のスライムはなお俺の腹をめがけて突進しようとしている。


「そう何度もやられるかよ!」


俺は横に向かって突進をかわし、右足で蹴りを入れた。

俺の右足でぐちょぐちょになったその物体は原形をとどめていない。


突然、俺の体の中から力が湧き出出るのを感じた。


「力がみなぎる――

         なんだこれ。」


目の前に 『レベル1』と表示される。なんかのゲームかよと突っ込みを入れたくなったが、力がみなぎる感覚が確かにあったのでその必要がない。


右足にべっとりとついたスライムの残骸は緑から赤色に変色し、光っていた。その赤色は紅といったほうがいいだろうか、禍々しく深い赤だ。


しかしなぜ光っているのかはよくわからなかった。





冷静になって、周りを見渡すと


大量の赤色のスライムに囲まれていた。




してやられた。

奴らは一匹を俺に殺させ、殺された一匹の発した赤色の光に集まってきて集団で俺を殺そうとしている。

単独では弱いかもしれない、しかし数が集まれば話は別だ。俺はこの世界の厳しさをこの時初めて知った。


「こんなことなら、攻撃しなきゃよかった。」


もう後悔しても遅い。


大量の赤スライムは合体してひとつの大きなスライムになった。

その大きさは俺を容易に包めるほどだ。


「うわあああああああ!」


これはやばい、殺されてしまう。俺はその強大な敵を背にして走って逃げた。

全力で必死に逃げたのだ。

しかしその努力もむなしく、俺はそのスライムに飲み込まれる。


「熱い!!!!!!!、体が焼ける……」


スライムの体内は俺を殺すには十分な熱さがあった。その熱で死ななくとも、呼吸ができなくなって溺死するのは目に見えている話だった。



はやくも生きるのをあきらめた瞬間、声が聞こえてくる。


『ライトニングアロウ!』


光の矢がそのスライムを貫いた。スライムはその巨体を維持できずいくつかの小さなスライムに分裂する。

声の先は、白の美しい髪を持った女の子だった。彼女はおそらく魔法で作り出した弓を持っている。


『ライトブロウ!』


スライムのいる地面から光の剣のようなものが生えてきてスライムをめった刺しにしている。

かわいい顔をしているのがなんとなくわかるが、なんて恐ろしい攻撃なんだ…

人は見た目で判断してはいけないというおばあちゃんの言葉が心に刺さった。



「大丈夫?、なんでレベル1の人がV1のフィールドにいるのよ。」


白い髪の女の子が話しかけてくる。


「だっダイジョブ…、助けてくれてありがとう。」


俺はモンスターに殺されかけた衝撃でろれつが回らなかった。

いや、女の子の恐ろしい魔法にビビってただけかもしれない。


「私の名前はクレア、このフィールドで新しい魔法を試してたの。

あなたは?レベル1ってことは冒険者じゃないわよね….」


「俺の名前はアオトだ。さっきレベルが1になったばっかりだ。」


俺は自信満々に答えた。幸いほかのラノベ主人公のように女の子と話していないということはないのでスムーズな返答ができたはずだ。 たぶん….


「え…? 今初めてレベルアップしたの…? 今どきの人は赤ちゃんの時にレベル1は卒業するはずなんだけど。」


彼女は笑いをこらえているつもりだが、頬が赤くなって、何よりその目が人を馬鹿にしている。

ああそうですよ、俺はこの世界では赤子より赤子してますよ。


「まあいいわ!ここで会ったのも何かの縁だし、一緒にノアまでいかない?」


やばい!ノアってどこだ?怪しい店とかじゃないよな?

クレアは少し怪しい顔をしているように見える。


「すみません、ノアってどこですか?」


「ごめんこんなこと聞いて悪いんだけど笑っていい?」



今度は隠すこともなく彼女は笑い始めた。俺は何もできなかったが、たしかに赤子レベルが右ももわからずフィールドを彷徨っている様子はさぞかし面白いだろう。



「ノアっていうのは北の都、この世界で一番大きな都市よ! この近くにあってテレポートでここまで来てたの。」



それを聞いてもう一度あたりを見渡したがそのような都市は見当たらなかった。



「この近くにあるんなら、ここから見えてもおかしくないはずなんですけど」




「えっ…まあ細かいことはいいじゃない!いろいろあるのよ。さあ私の手を握って!」



そういわれるがまま俺は彼女に手をつながされた。

次の瞬間、この世界に来た時と同じように目の前が明るくなって。―――――



気づくと、酒場のようなところにいた。あちらこちらに樽が転がっていて、いかにも冒険者らしいごつごつした装備を着た男女が目に入る。

クレアはその酒場の店員のような人に話しかけていた。



どうやら飲み物をおごってくれるらしい。

近くに人がいる空間に入れて、すごく安心した。



「はい!これ私が大好きなシュプライト!すごく甘いのよ!」


彼女はグラスに入った泡が立ち上る飲み物を持ってこちらへきた。

いやシュプライトってなんだよ。

いやけど甘いっていうんだから、今までいた世界でいうサイダーみたいな飲み物なのか?



「ありがとう。でもおごってくれるのか?俺はお金持ってないぞ。」



「そんなのいいのいいのー、ゆっくり話し合おうよ!」



なんで彼女が俺なんかにおごってくれるのかがわからないし、なんで話し合うのかもわからない。

この都市が何なのかもわからないし…


謎だらけだが、今はこの目の前に白髪のかわいい女の子がいるということを認識して落ち着きを取り戻す。



「それで…なんで俺なんかを助けてくれて、おごってくれるの?」



「助けたのはたまたまで!おごってあげるのは私が君のことが気になるからだよ。」



なんか理由がおかしい気がするが、ようは俺と話がしたいのだろう。今どき赤子でも卒業するレベル1で外をうろついていたわけなんだから当然だ。



「それじゃ改めて自己紹介をするよ、俺の名前はアオト、レベルは1でこの世界…いやこの国のこともここ周辺のことも何も知らないんだ。」



「私の名前はクレア!レベルは私の上のほうを見ればわかるけど12で見習い白魔法使い!

クレアって呼んでくれて構わないよ。」


彼女は微笑みながら言った。



クレアの上を見ると確かにレベル12 と書かれている。どこまでもゲームチックだ。



今落ち着いて彼女を見ていると、彼女は俺と同い年かそれより少し若いぐらいだろうか、俺を見て笑っているのがすごくかわいい。肌は透き通っていて白色だが、魔法使いが着るような黒色の服を身につけていて胸に赤色のリボンがついている。白色の髪はセミロングぐらいの長さで、右に編み込みが施されていた。

まとめると、すごくかわいい。それだけに尽きる。



「じゃあクレア…この世界のことを俺に教えてくれ、まずはそうだな、なんであの草原ではここが見えなかったんだ?」



「それはねえ、結界が張られてるからなの。このノアって呼ばれてる都市はこの世界の北のほうにあって、北の都って呼ばれてるのよ。

この世界の真ん中には、『魔王城』があってその中にいる魔王を倒すのが今の課題…というか

ここ1000年間の課題なの。東西南北にそれぞれ都があってその都市には外から見えない結界が張られてるってわけ。」



これ以上ない説明で俺は納得した、魔王っていうのは最低でも1000年生きてるんだからすごいご老人だ。魔王城を一度見てみたい。




「そうなのか。じゃあ最初に言っていたV1のフィールドっていうのは?」




「あれは魔王城に近づくほど、魔物…つまりモンスターのレベルが上がっていくから、魔王城から一番離れた範囲をV1 その次を V2 V3 V4…としていって魔王城はV5っていうことにしてるの。」

だいたいレベルが20のモンスターがうろついているのがV1フィールドだわ。」



「じゃあ俺は、レベル0でそんな恐ろしいフィールドに出てたわけだ。」



「そういうことになるね。そういえばスライムに襲われてたけど、赤色になってたよね…図鑑は持ってないの?

緑スライムは単独では弱いけど多数になると強いのよ。」



「モンスターの図鑑があるのか。それはいい、まあけどお金がないんだよな。」



「じゃあ、しばらくは私と一緒に狩りをしてお金を稼ぎましょう!一人で冒険できるようになったら別れていいから。」


クレアは笑いながら俺をパーティーに加えようとしている。

断る理由もなく、むしろ俺にとってメリットしかない。


「じゃあクレア、よろしく頼む!」――――



この世界で何があるかはわからないが

楽をするために苦労してやると心に決意した。

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