第10話3部 歯車の音がして

 フロンティアは良くも悪くもいい加減なもので。

 一晩で街が消えたかと思うと、一日で小さな町が大都市に変わったりするらしい。

 という訳であるのか無いのか、グ・ダンに連れられ来た町は、町と言うより街になっていた。


「前に見た時はもうちょい鄙びた感じだったんだが」


 剣や槍。斧に弓矢に魔法の杖に。

 鎧兜に大荷物の連中が、溜まってわいわいやっている。

 並ぶ顔も、耳の長いの、顔が青いの。背の高いの、低いの。角の生えてるの、獣の頭がついてるの。下半身が色々な動物なの。

 凄い奴になると、人間の頭の場所から手が生えてるのや、逆さまに歩く三本足のよくわからないのまでいる。

 その周囲には、揉み手を決めた連中が、その数倍も集っては、食い物やらロープやらと、硬貨を交換している。

 屋台が立って焼ける肉と香辛料のスパイシーな香りが漂って。

 イヤハヤまったく腹が減る。


「景気がいいな」


 まるでゴールドラッシュの風景だ。

 魔王降臨の報によって集まった即製勇者様達と、それを当てこんでやってきた商売人たちだと言う。


「こいつら全員、お前を狙ってるんだぜ」

「おお怖ええ怖ええ」


 ゴールドラッシュであるのなら、即製勇者様は成果無く消えていき、ジーンズや靴の業者が大企業に成長する。

 なんとなく、ここもそんな感じの匂いがする。

 浮ついた感じの勇者様達と。

 にこやかに、したたかに応答する商人たち。

 数年後の姿が見えるよう。


「んで、これからどうする気だ?」

「そもそも無一文なんだよ、俺」

「オレは貸さんぞ」


 しっかりした奴だ。

 まあ、とにかく先立つものが無ければ始まらない。

 これから何を、以前に何をするにも金は必要で。


「仕事探さないとなぁ」

「おう、頑張れよ」

「人情薄いなぁ」

「お子様じゃねえんだ。なんとか出来るだろ」

「まあな」

「まあ、いつか会う事もあるだろ。またな」

「おう。またな」


 大通りの交差点。

 幾人が行き交うその中で。

 男二人がそれぞれに、右と左に分かれて進む。


「……いい奴だったなぁ」


 もう逢う事も無いかもしれない。

 逢えた時にはまた酒を呑もうと思える。

 男と男の友情は、多分そういう距離感が一番良い。


――ピカ! ガラガラガラガラ!


 と、その時。

 輝く晴天の霹靂。


「「なんだ!?」」


 同時に叫ぶグ・ダンと俺。

 

 雲ひとつ無い青空に、雷が轟音を立てて落ちてくる。

 さらに、それに応えるように地上からは光の柱が、二度三度と飛び立った。


電神テスラ太陽神ソーランの恩寵者のケンカかよ」

「なんだそりゃ?」

「そういうのがいるんだよ」


 よく分からんが。

 グ・ダンと同じく勇者様で、雷とかビームとかを撃てる奴がいるらしい。

 まるでヒーロー映画みたいだ。

 異種族が普通に歩いている時点でいまさらか。


 大通りの先。

 いくつの屋台が立ち並ぶ広場の中心。

 おそらくここが、町の中心地。

 その大体真ん中に、二人の男が睨み合っていた。


「ドワーフの電神恩寵者テスラと、ミノタウロスの太陽神恩寵者ソーランか。典型的だな」


 かたや電撃を全身から発する髭面で筋肉質の三等身くらいの小人。

 こなた両手から光を発する上半身裸の牛頭の男。

 なんともファンタジーな光景だ。


「なんでこんな事になったんだ?」

「どっちが先に魔王を倒すかで言い合いになったらしいぞ」


 近場の一人を捕まえて事情を聞くと、なんともどうでもいい話。


「なんでそんな事で」

「体力が有り余ってるんだろうなぁ」

「だったらさっさと町出りゃいいのになぁ」

「そらおめー。カラ手で魔王討伐に出るワケねえだろ」


 カラ手で町を出ていたグ・ダンが言った。

 こいつも、こういう事が出来るんだろうか。

 一人で出てくるくらいだから、腕には覚えがあるのだろう。

 実は超有名人とかあったりするかもしれない。


「テメェゴラァ! 何言ったウルラァ」

「シャアオラァ! 吐いたツバ飲むんじゃねえぞゴラァ」


 田舎のヤンキーか。

 まあ、なんだろう。

 こういう時の威嚇の言葉は古今東西こんなモンなのか。


 とは言え、言っている事のレベルは低いが。

 やっている事は恐ろしい。

 凄まじい光を発した拳が交錯し、お互いの肉体で爆発する。

 光が弾けて爆風が巻き上がり。

 或いは轟音と共に周囲のテントに火の粉が飛んでくる。


 しかし、お互いにまったくの無傷。

 相当の力で殴り合っているのに、まったくの無傷である。


「こうなると、迷惑なだけだな」

「やっぱこれアレか。魔王の」

「だろうな、さすがに」


 【暴食フードファイト】が実力行使の唯一の手段となったこの世界。

 打撃も魔法も人の身体に威力を発揮しない。

 派手な光と轟音の打ち合いも、ぺちぺちぶち合う子供のケンカと変わらない。


 ただ、周囲の被害はそうでもない。


「テントに火が着いたぞ!」

「消せ消せ! 水もってこい」

「砂かけろ砂!」


 そんな声が響いてくる。


 それでも、地が裂け、火柱が立つ子供のぺちぺちは止まらない。


「こりゃあかんな」


 お互い怪我をしない分、終わりどころが見つからない。

 どんどんやることがエスカレートしていくばかり。


 そうか。

 これと同じ風景が、この世界の色々な所で起きていて。

 その原因は……。


「おい。子供のケンカもそれくらいにしておけよ」


 両者の間に入って言う。

 これも、原因作った人間の責任だろう。


「なんだよおっさん!」

「関係ねえ奴は黙ってろ!」

「関係ねえワケでもねえんだよなぁ」


 殴り合う両者の拳に手を当てて。

 小指から巻き込むように捻り上げる。


「うわったたたた?」

「つあっ!?」


 手を中心に、二人がくるりと回って倒れ伏す。

 一応、合気とか関節技は効くみたいだ。


「まあ、俺の顔を立ててこれくらいにしておけよ」

「いや、だからお前はなんなんだよ」

「何……って言われてもなぁ」


 吉祥寺で探偵事務所の所長をやっている、元公務員のおっさんです。

 としても、ここじゃあ意味の無い話で。


「まだ何者でも無いんだよなぁ」


 何者かになる事は果たして出来るのだろうか。

 その前に、元の世界に帰る事になるかもしれない。

 それでもまあ、その時まではやるべきことはやるべきで。


「うるせえ! やんのかコラ!」

「ナメた事言ってんじゃねえぞこら!」


「……なんなら、勝負つけるか? 【暴食フードファイト】で」


 かちり。

 世界の歯車がかちりと回った。

 そんな気がした。


「……う……」


 二人の動きが止まる。

 脂汗を流して、金縛りのように全身を硬直させて。

 ただ、瞳だけがキョロキョロと周囲を探っていた。


「……イヤならいいんだ。それならそれで、周りに迷惑かけるなよ」


 もう一度、かちり。

 歯車の音。

 今度はなんだろう。前とは少し違う。

 新しい歯車が、新たに噛み合った。

 そんな感じがする音だった。


「……すまねえ」

「謝るなら俺じゃなくて他の奴ら」

「気が立ってたんだ。もうやらねえよ」

「それならいいんだ。テントについた火、消しに行くぞ」


 ごつい二人を従えて。

 炎が上がるテントに向かう。


 【暴食フードファイト】が支配する廣野の風は。

 少しだけ。

 前とは違うようだった。


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