第9話8部 暴食の掟

 登りの未舗装路をハンヴィーが駆け上がる。

 何度も通ったその道は、十数年経った今も当時の面影がある。

 見慣れた目印の曲がり角。

 妙な形に歪んだ木。

 人の顔みたいな形の岩。


 その先に、懐かしさすら覚える例の建物。


「おー、結構リフォームしてるじゃん。金持ってるなー」

「そう? 見た目大して変わってないと思うんだけど」

「外壁全体をクリーニングするだけでも結構かかるんだよ」

「あー。うちの幼稚園も見積もり見て諦めたわ」

「ウチなら隊員にやらせるが」

「米軍で安く請け負ってくれないかな。幼稚園の」


 しかし。

 決戦の地が目の前に迫っているのに、この緊張感の無さは何なのか。

 なんだか、同窓会に行く車の中のような気すらする。


「建物前に来たら左回りね。裏手に搬入路があるから、そこから入ろう」


 ハンドルを握る俺に、肩口から話しかける戸山。

 顔はもう、ばかでかいディスプレイに覆われて、腕も金属製の小手を着けている。

 前から思っていたけれど、こんなゴテゴテしていて、重くないのだろうか。


「そんな近道あるんだ……」


 口をへの字に曲げるかなめちゃん。

 彼女の気持ちもよく分かる。

 正面から数日かけて攻略した俺達の立場はどこにあるのかと。

 そんな気分にもなると言うものだ。


「次からそっち使えばいいじゃん」

「次は無い事を祈るばかりなんだが」

「時々あってもいいじゃねえか、こういうお祭りはよ」

「次からは軍曹と戸山クンだけでやってよ」

「オジさんも呼ぶよー」

「ニンジャマンが居なけりゃ始まらねえだろ」

「飲み会の約束みたいだなぁ」


 ごうごうと音を立てて回るハンヴィーのタイヤ。

 悪路を蹴って跳ね上がる。

 もう、施設は目の前。


 深淵のように黒々を口を開けたその入り口。

 を、無視して。俺はハンドルを左に切る。


「信者の姿が無いわね」

「イベント事なら、作業終えた後にやるでしょ」

「例の地下ホールに全員集合して祈りの唱和の最中。って感じかしらね」

「集合してるなら、手間はかからなくていいな」

「別に信者皆殺しにする事ぁ無いからな」

「まあな。幹部連中を見せしめにすりゃ十分だろ?」


 あまり刃傷沙汰は推奨しないんだが。

 こうとなっては、あまり甘い事を言っていられないのは確かだが。


「そう言えばさ。【暴食フードファイト】だっけ? あれをオジさんが幹部に挑んで勝てばいいじゃない?」

「挑ませてくれるかなぁ……」

「『天喰会』の信者一覧には、大食いタレントなんかもいるんだよ」

「お前だったら勝てるだろ、ニンジャマン?」

「そりゃ、一人二人だったらいけるけど」


 市井の大食い程度なら、何人揃おうと相手にはならない。

 ただ、アスリート的に大食いの訓練をしている者が相手となると。

 それが一流の相手ともなると。

 勝てるかどうかは難しい。


 タレント信者の一覧を見ると、曽我女史やら臼田くんやら青山のお婆やら。

 一世を風靡した連中の姿も見える。

 タレント活動やら年齢やらで、往年の実力は無いにしても。

 こいつらがまとめてかかって来るとすれば、ちょっと俺にも厳しい事になる。


「いい考えだと思ったんだけど。仕方ないわね。ちょっと本気でぶっ飛ばすわ」

「なにごとも、ぼうりょくでかいけつすることが、いちばんだ」

「米陸軍のモットーだぜ」

「嫌な軍隊だなぁ」


 白いコンクリートを迂回する。

 ぐるりと半回転して、そして巨大なシャッターが見えてくる。


「アレだ。シャッターすぐに貨物用エレベーターがあるから」

「便利だなぁ」

「ダンジョンの裏側なんてそんなモンなんだよね」

「ディズニーランドもそんな感じらしいな」

「あっちは魔法の国に繋がってるんだろ?」

「裏側を知ったら、拉致されて着ぐるみの中身に改造されるって聞いたけど」

「着ぐるみキャストになれるならそれでもいいって奴は結構いると思う」


 馬鹿な話しをしながら、かなめちゃんが立ち上がる。

 ベルトを外し椅子に立ち、窓から車の屋根へと伝っていく。


「じゃ、魔法をぶん殴りに行きましょうか」


 かなめちゃんの髪は逆立って、うっすらと金色の輝きを帯びていた。

 時速百キロ近くで走っているハンヴィーの屋根の上、何事も無いかのように立ち上がる。

 そして。


「はああああああああああっ!」


 気合一閃。

 光と轟音と衝撃。

 とてつもなく巨大な、不可視の拳に殴られたかのように。

 金属製のシャッターが凹み、潰れ、そのまま建物の奥にすっ飛んでいく。


「ああああああああああああああああああああああああああっ!」


 さらにバキバキと。コンクリートに亀裂が広がる。

 イナズマのようにギザギザに割れ砕けたコンクリート塊が剥がれ落ち、うっすらと金色の光をまとって浮き上がり。

 そして、ハンヴィーを中心に渦を巻いて飛び回る。


 かなめちゃんの姿も、すでに尋常のものではなくなっていた。

 髪の毛はもう、ハンヴィーの長さを遥かに越える程になっている。

 風に靡いて舞う姿は、まるで意志があるようで。

 額からは二房の髪が、まるで角のように風に逆らって伸びている。


 全身はもう、眩しい程の黄金色の光で包まれていて。

 その光が力場になって、障害物を押しのけ蹴散らしている。


「景気いいじゃねえか。もっとやれよミスティックガール!」

「いつか使うからそんなに景気よく壊さないでよ」

「いっそ完全にぶっ壊そう」

「それいいわね。景気よく行きましょうか!」

「ちょっと手加減して! エレベーターの制御系も壊れるから!」


 飛び回るコンクリート塊を器用によけながら、戸山のドローンが飛んで行く。

 左右へと周囲を探り、その内壁の一辺に取り付いた。


「うっし。乗っ取り完了。さすがボクだね。天才だね」

「早いな。さすが」

「ハッカーが味方だと楽でいいぜ」

「じゃあ、とっととやってよね!」

「ハイハイ。一気に最奥部まで。寄り道無しだよ!」


 一瞬の無重力。

 ゆっくりと。

 機械音を立てながらフロアが下降していく。

 低く呻くようなその音は、まるで地獄からの声のようで。

 下がる程、空気が重く粘っていくようで。


「いつものアレね」

「やっぱ様式美ってあるじゃん?」

「気楽でいいな、お前らは」

「慣れてるもんなぁ」


 勝手知ったる我が家のように、俺たちには感じられた。


「……来るわよ」


 だから。

 かなめちゃんが低く言った時、俺達は既に準備が出来ていた。


「待ってたぜぇ!」


 軍曹が『立ち上が』る。

 ハンヴィーの後部が別れて変形する。

 二本の逆関節の脚。

 ゴリラのような巨大な腕。

 立った高さは3メートルをゆうに超え。

 全身至る所にミサイルや重機関銃を備えた金属の塊。

 米国陸軍謹製の二足歩行型重戦闘用車両ウォーカーマシン


 戦傷で片腕と下半身の自由を失ったマット・マーベル軍曹の第二の肉体。

 その総合戦闘能力は、平地においてすら最新型の主力戦車と比肩する。

 小回りを必要とする室内や市街戦における戦闘力は言うまでもない。


 コストの問題を解消出来れば、明日にも正式採用される代物だ。


「はいはい来たよ来たよ来たよ!」


 戸山が操るドローンがカメラを四方に巡らせる。

 遠赤外線からガンマ線に至る電磁波のすべて。音に震動、熱からエーテル流動まで。

 ありとあらゆる情報を統合し、リアルタイムに戸山に伝える。


「霊体! 足元から実体化してくる! 悪魔系!」

「それじゃこいつの出番だな」


 戸山の指示に従って、俺と軍曹はプロトロンバッグを構える。

 ギラギラ光る銀色の引き金付きの円管から、蛇腹のコードが背中のガチャガチャした機械に繋がっている。

 理屈はよくは分からない。

 ただ、引き金を引けば、悪魔も天使も幽霊も、焼き尽くしてバラバラに分解する、プラズマのビームが放たれる。

 それだけ分かれば十分だ。


 あの日あの時。

 何の超能力を持たない俺達にとって、こいつは最初の切り札だった。


「オジさん達が仕留め損なったのは私が仕留めるから!」


 そして最後の切り札は。

 いつも、大鳥かなめという少女で。

 いつも、彼女が助けてくれて。

 いつも、彼女が世界を救って。


 多分こそれは。

 きっとこれからも同じ事で。


「ハッ! 仕留め損ないなんざあるワケねえだろ!」

「かなめちゃんには御本尊相手してもらうんだから。今は少し休んでな」


 オジさんとしてはあれですよ。

 自分の出来る限りの部分だけでも、頑張らないといけない訳です。


「ファイア!」

「くらえ!」


 足元の鉄板をすり抜けて、細い腕が伸びてくる。

 迷わずそれに向け、俺と軍曹はプラズマを射出する。

 瞬時に鉄板が蒸発し。

 そして赤白い爆発が視界を覆う。


「やったか!?」

「戸山! それやめろ!」


 やってなかった。

 やっぱりやっていなかった。

 もうもうと上がる爆炎に、黒い影が浮かび上がる。


「無傷かよ」

「えー。それって、ボクの悪魔達の立場無いじゃん」


 長く曲がった角。

 背中には小さいコウモリの翼。

 細い手足。

 肋の浮いた胸元。

 膨らんだ腹。

 魔女のような鼻と、鋭く陰険そうな目。


 凶悪な餓鬼と言った風情の悪魔達。

 それが一体、二体と現れる。

 蒸発する鉄の上にあってなお、その姿は傷一つ見せず。

 嘲るような笑いを浮かべて立っている。


「呪怨弾ロック!」

「戸山、それなんだ?」

「首塚の石入れた弾!」

「戸山クン。その内祟られて死ぬわよ?」


 ドローンから小型ミサイルが飛んでいく。

 それは追尾しながら悪魔を目指し、その胸元に見事に命中。

 炸薬が爆発し、白色の炎が周囲を焼き尽くし。

 目に見えない、黒い波動が広がって。


「効いてないし」


 しかし効果は見られない。

 悪魔がニヤニヤと笑いを浮かべ。

 余裕たっぷりにこちらに向けて歩いてくる。


「愚かなるかな」

「愚かなるかな」

「愚かなるかな」


 全身を見せる悪魔の数は今は三体。

 その足元から、さらに五本の腕が伸びている。


 その悪魔達が、声を合わせて謳い出す。


「これなるは我ら魔王の領域」

「愚者の頼りの力は意味を失い」

「我らの【暴食フードファイト】のみが力を持つ」


 【暴食フードファイト】!

 ここでもそれか……。

 つまりそういう事か?

 暴力ではなく【暴食フードファイト】が。

 敵と戦う手段と言う事……。


「あーもー! うっさいハゲ!」


 光が爆発した。

 瓦礫が。

 爆煙が。

 破片が。

 そして悪魔が。


 まとめて壁に叩きつけられる。


「かなめちゃん!」

「【暴食フードファイト】だかなんだか知らないけど。私にケンカ売ってタダで済むと思わないでよ!」


 タンカを切って放つ光をさらに強める。

 壁に叩きつけられ、めり込んで。

 それでも悪魔はまだ動いている。


「とは言え、近付く事も出来ないか」

「やっぱアレ? こいつら、【暴食フードファイト】って奴でないと倒せないって感じ?」

「それなら。丁度いいじゃない! ねえ、オジさん」

「ハハッ! 神様はちゃんと上手くやってくれてるって事だな!」


 エレベーターは最下層に到達し。

 開いた通路の先からは、光り輝く空間が広がっている。


 響いてくる祈りと歓喜の声。

 数百ものの信者達。

 広間の中心には巨大なモニター。

 複雑な魔法陣が明滅し。


 そして通路のこちらかすら見える。

 空間を穿つ黒い穴。


 その向こう側に。

 哄笑を上げる巨大な口が。

 まるで闇そのもののように浮かんでいた。


「オジさん。あそこまでは、私が絶対に連れて行くから」

「魔法陣システムの方は、ボクがなんとかするからね」

「今回はお前がエースナンバーだ」


 俺が。

 あの口に。

 【暴食フードファイト】で勝たないといけない。


 そういう事らしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る