第9話9部 闇と光と太陽と
モニターの上に浮かぶ投影画像の星々と。
禍々しい程に複雑に入り組んだ魔法陣。
それは光で作った曼荼羅のようで。
それならば。
中心に鎮座する漆黒の球体は、この曼荼羅の御本尊と言う事か。
「仮想惑星中心の天宮図かぁ。そりゃ、召喚タイミング分からないよ」
ぼやく戸山に答えるように。
漆黒の球体がぞわりと裂ける。
笑った。
そう見えた。
漆黒の球体のさらに奥の暗黒を露わにして。
それは確かに嘲笑っていた。
【余こそは
定命なるものよ。崇めよ。ひれ伏せ】
黒い球体から
テレパシーか。
よくあるアレだ。ニブい俺にも覚えがある。
僅かに重力が増した。
気がした。
気がしただけくらいの違いしか無かった。
俺達には。
「ハッ! だから何だってのよ」
かなめちゃんの放つ光の中にいる俺達だけは、黒い球体の
しかしホール外周を埋め尽くす信者達。
機械制御を行う技術者達。
魔法陣で儀式を行う幹部連中すら。
巨大な重量に押し潰されたかのように。
その場にひれ伏している。
【……余に抗うもの。何奴か?】
【それくらいの芸でえばるなバカ! 帰れ!】
甲高い
横にいただけの俺達ですら、頭を抱える程の
四方八方でひれ伏す信者達は、それだけで目や耳から血を流してのたうち回り。
黒い球体ですら、開いた口をしっかと閉じて。
大きさすら半分くらいに縮こまる。
【何……こやつ……我と同じ? 定命なるものが。第九天に達したと?】
【第九か何か知らないけど。あんまり特別じゃないみたいよ、アンタ】
かなめちゃんの光が広がる。
ひれ伏す信者や投影画像が、物理的な力で押しのけられる。
抗するように、黒い球体が震え出し。
黒色の波動を発し出す。
光と闇。
黄金色と黒色。
だだっぴろいホールの中央で。
二つの力が拮抗する。
「かなめちゃん。いけそう?」
「ああこれ。キリが無いやつだ」
両者の力は拮抗している。
拮抗しているというか、むしろかなめちゃんが押している。
時折、光の塊をレーザーのように放って黒い球体を攻撃し。
その度に、球体の発する黒い波動はしばらく止まる。
「って事はアレ? あの球体がゲート的な感じ?」
「出て来た所を殴り倒してるんだけど。その度、向こう側に逃げて体力回復してくるのよ。ああもう、うっざい」
ふむふむと考え込む戸山と、イライラと光を放つかなめちゃん。
勝てそうな相手だが、本体を倒さないとしつこく回復してくるというアレか。
「じゃ。やれそうな事は三つ。その1、向こう側に特攻して本体を倒す」
「却下」
「オレはかまわんぞ。直接殴らせろ」
「殴ったって意味無いわよ。向こう側は特に、世界の法則とか全然違うだろうし。あっちではアレ、絶対の存在よ多分」
相手の腹の中に入る感じか。
そいつはかなり危険そうだ。
出来れば避けたい。
昔はよくやったけれど。
というか、割と悩む事無くやったけど。
あの頃は、色々とおかしかった。
「じゃあ、その2。逆にアイツをこっちに引っ張り出して倒す」
「同じじゃない」
「ちょっと違うでしょ」
「んー。あんまり変わる気がしないのよねぇ」
あまり良い方策では無いようだ。
というか、こちらにアイツがやってきて、力の範囲を広げるとなると、それはそれで被害が大きくなってしまうか。
大して変わらないなら、向こう側に行った方がマシかもしれない。
「じゃあ最後。魔法陣プログラムであのゲートを閉じる」
「早くやって」
「やってるよ。もうハッキングは済んだ」
かなめちゃんの放つ光の周囲で、戸山のドローンが飛び交っていた。
それがモニターに繋いだ機械に取り付いて。
そして戸山が銀色のグローブを閃かせる。
「流石」
「かなめちゃん、どれくらい保ちそう?」
「正直、相手次第。本気の本気出していいなら今すぐ突っ込んでって勝てると思うけど。そうなると今度は私が『還ってこれない』わね」
徐々に、徐々に。
かなめちゃんの髪の色が変わっていく。
黒い艷やかな髪が、端から金色に変じていく。
角のように前に伸びた二房の髪は、螺旋を描きつつ、硬質化していく。
周囲の光も強く硬くなっていき。
光が凝縮した結晶が、キラキラと周囲に浮かんで舞っている。
「あんまり長いのも無理。流石にやっぱり、まだ人間でいたいわ、私」
金色に変じつつある瞳が、迷うように揺れていた。
「……どっか別に繋げるなら、すぐに出来る」
「別ってどこだよ?」
「別の……世界?
「ゴミの不法投棄みたいね」
「他人様に迷惑かけるだけ、か」
「やっぱ直接殴りに行こうぜ」
頭を抱える俺と、単純明快な軍曹。
だがまあ。
確かにそうだ。
そういう事になる。
【余を倒せる気でいるとは。思い上がりもそれくらいにするが良い】
【全力出せりゃ勝てるわよ!】
激しくなる黒と黄金のせめぎあい。
それ自体は変わらない。
有利ですらある。
時と共に、かなめちゃんの力が圧倒しつつある。
が、それではいけない。
それでは、ダメなんだ。
「かなめちゃん。もうちょっとだけ、抑えててくれるかな」
かなめちゃんの白い頬に、硬質な鱗が浮いていた。
トレンチコートをはためかせ、帽子を深く被り直す。
黒い球体を見据えると。その奥の奥、うごめき潜む何かが見えた。
「戸山。別に繋ぐの、出来次第頼む」
プロトロンバッグを投げ捨てる。
代わりに手の中に現れる、馴染んだ冷たい金属の感触。
左手に
右手に
一つ息を吐き。
それからゆっくりと息を吸う。
「軍曹。あそこまで、盾になってくれ」
かなめちゃんの光に押されるように。
重い最初の一歩を踏み出した。
凄まじい音を立て、プラズマの光と機械の両手が、黒の波動を引き裂くように、じわりじわりと押していく。
カチカチと、戸山が機械を操作する音が響く。
「オジさん」
かなめちゃんが言った。
「必ず、帰ってきて」
「ボクは心配してないよ」
「お前がエースナンバーだ。ニンジャマン」
みんなの声に背中で応えて。
闇に向かって一歩踏み出す。
【定命のもの如きが……】
軍曹の機械の腕が砕けていた。
物質化しかかった金色の光が俺を導いてくれる。
虚空に閃くバーチャルグローブが、5、4、3とカウントを刻む。
そして俺は闇の中に顔を入れ。
「【
闇の向こうに蠢くそれに向かって告げて。
そして背後で光が消えた。
【絶対。絶対に助けに行くから!】
かなめちゃんの
俺は生まれた世界と断絶し。
【定命のものが? 余に? 【
闇の奥に鎮座する魔王に向かう。
「笑わせるのはこっちだ。勝敗を決める絶対の方法なんだろう? 拒否権は無いんだろう? それなら、とっとと出てこいよ。その姿で、ものは食えないだろう?」
闇がしばらく蟠り。
そして一つの形をとった。
【余の真の姿を目にして。恐怖と狂気に触れるがよかろう】
それは巨大な蛇だった。
闇の色の鱗を持つ。
どこまでも長く長く続く胴体の。
紅い燃える瞳を持った巨大な蛇。
その頭頂部には、黒い肌の女の身体が生えている。
「勿体つけて出てきた割に、ありきたり過ぎてむしろ新しいくらいだなぁ」
でかいだけの爬虫類じゃあないか。
頭に生えた女というのも、何度も見てきたモチーフだ。
昔の人ならともかく、そんなモノは俺は見飽きていて。
怪物デザインとしても、おどろおどろしさの欠片もない。
【定命のモノ如きが……】
異形の肌色の女の顔が、俺の前まで降りてくる。
忌々しげに歪む唇は、血のように赤く。
俺の頭を一口で飲み込める程の大きさだ。
だが、その大きさも意味はない。
「時間はこの砂時計が落ちきるまでの
懐から取り出した特大サイズの砂時計。
この砂が、端から端まで落ちきって。
きっちり二十分を計測できる。
二十分。
それは短いようで長い時間。
全力疾走で食い進むならば、途中で必ずバテる時間。
長距離走のペースなら、速度で劣り負ける時間。
最も苦しい時間帯こそが、二十分
【……勝てる気でいるのか? 正気か? 貴様……】
「正気でこんな事しないさ」
砂時計をことりと置くと。
いつしかそこにテーブルがあった。
真っ白い皿があった。
皿にもられた、大盛りの肉塊があった。
肉だ。
挽いた肉に刻んだタマネギと卵を混ぜて、小麦粉をツナギに焼いた塊。
ハンバーグ!
ふつふつと湯気を上げ。
触れただけでも肉汁を吹き出しそうな。
見ているだけで唾液が滴る。
そんなハンバーグが、山と詰まれてそこにある。
魔王本人が望む望まざるに関わらず。
この世界は、【
そう言う事らしい。
【……この……】
「もう、始まってるぞ」
合掌。
いただきます。
今日はハンバーグだ。
ハンバーグ。
山盛りのハンバーグだ。
どれほど食べても食べきれないハンバーグだ。
ハンバーグ、なのだ。
「腹が……減ったな」
それは少年の夢。
それは食いしん坊の憧れ。
それは見果てぬ楽園。
ならばそうだ。
負けるはずなどありえない。
塩、胡椒、醤油、ケチャップ、マヨネーズ、ウスターソース、中濃ソース、デミグラス。
和洋のカラシ、柚子胡椒、ワサビ、タバスコ。
一味に七味、クレイジーソルトに麻辣粉……。
懐から溢れる調味料の
閃く
入れる先は俺の腹。
闇の蟠る闇の中。
その奥の深淵よりもさらに深く。
その奥に光り輝く炎があった。
全てを灼き尽くす炎は、物質自体を圧縮し。
その存在そのものをエネルギーに変えて燃え上がる。
そうだ、今の俺は。
暗黒に浮かぶ
肉を脂をタマネギを。
みるみるうちに昇華して。
熱と光のエネルギーへと変換していく。
【馬鹿な……なんだこれは……】
食によって生み出された
クエン酸回路を全開させる。
全身の至る所で生み出される
代謝を。
化学反応を。
電子の動きを生み出して。
巨大な光を生み出した。
【何故? 貴様はただの……力ないヒトの……】
闇がじわりと切り裂かれる。
闇という物質は存在しない。
それは、『光が無い』という状況に過ぎない。
故に、僅かに光がそこにあれば。
闇は存在する事は許されず。
そこには光だけがある。
それは、世界の法則を越えた自明の理で。
その前には。
例え神でも魔王でも。
抗う事など出来はせず。
「……ごちそうさまでした」
砂時計が落ちきった時。
そこには巨大な魔王は存在せず。
黒い色の死にかけの蛇がいて。
それも光に溶けるように消え。
そしてどこまでも続く。
【
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