第9話7部 決戦への道

 【暴食フードファイト】とは何か?


1 『この世界』における他者を支配する手段である。

2 【暴食フードファイト】に拒否権は無い。

3 【暴食フードファイト】に敗北した者は、勝者に従属する。

4 【暴食フードファイト】は魔王へ捧げる祭祀であり、『この世界』のすべての存在は、【暴食フードファイト】の実現にすべてを捧げる。


 店員達から聞き出した【暴食フードファイト】の説明は以上のとおり。

 彼らにとって、それは自明の事らしい。


 そして、その為の準備をする事も。

 『外』から来たカモを【暴食フードファイト】によって、支配する事も。

 彼らにとっては当然の事だと言う。


 それだけ聞いて店員達を下がらせて。

 俺たちは駐車場で作戦会議を始めていた。


「なんだそりゃ。クソが考えたジョークか?」

「そもそも『この世界』って何? ここ以外の世界って事? 意味不明」

「……今までも色々いたけど、こりゃ格別ね」


 はっきり言って意味が分からない。


「かなめちゃん的にはどうよ、この状況?」

「日蝕はニュースに流れてないんでしょ?」

「ニュースどころかSNSにも流れてないなぁ。普段なら、生放送始める奴だっているだろうに」

「日蝕になっている場所は結界の範囲ね。『この世界』というのは結界の中を含む、『天喰会』の魔王が力を及ぼす範囲の事と考えていいわね」

「そんな事が出来る奴なのか……」


 流石、かなめちゃんは慣れたものだ。

 そういや昔は、こんな事も何度もあった。


 新宿が地割れで孤立したり。

 新宿が地盤隆起で孤立したり。

 新宿が謎の霧に包まれて消失したり。


 今思うと酷い時代だった。


「世界の法則を変えられる存在を神って言うのよ」

「って事は、かなめちゃんも?」

「少なくとも。通常の物理法則の世界では、かわいい女の子は空を飛べたりしないわよ」


 そしてかなめちゃんは飛べる。

 比喩抜きで、空を飛べるのだ。


「かわいい女の子ってトシでもねえだろ……」

「軍曹、聞こえてるわよ」

「参った参った。訂正するよおっかねえ」


 おどけて肩をすくめる軍曹。

 女性に歳の話をするのは危険だぞ、軍曹。


「つまり、この日蝕は魔王が作り出しているもので。この範囲は世界の法則が異なっている、と」


 戸山が昇りゆく、欠けた太陽を見上げて言った。


「そうね。次の新月まで召喚は無いとか言ってた人もいるけど」

「フツーに喚べるとか知らなかったんだから仕方ないだろ」


 その割には自信満々だったのが。

 なんというか実に戸山らしい。

 こういう奴のうっかりが、何度世界を救ったことか。


「御本尊だったら、空に巨大な映像投影して勝利宣言とかするから。多分召喚は完遂していないわ」

「よくご存知で」

「さすが魔王」

「神の巫女だから。祟るわよ」

「祟るんだったら邪神の類では……」

「ところが、オレんとこの神様も祟るんだよこれが」

「アンタんとこの四文字は完全に邪神だと思うよ」


 馬鹿な事を言っている場合ではない。


「多分なんだけどね。『天喰会』の魔王は、元々自力で己の一部をこちらに送り込んで来たんじゃないかな。それで、その力で日蝕を起こして。その奇跡を信仰のよすがにして召喚ゲートを開こうとしている。そんな感じ」

「こりゃアレか。日が完全に蝕に包まれると本体召喚とかそういう」

「そんな感じだろうなぁ、パターン的に」

「毎度この手の連中は、映画ハリウッドみてえな演出が好きだな」

「信仰なんてそんなモンよ」


 見上げれば欠けつつある太陽。

 日蝕や月蝕は、内側から円が侵食するように欠けていく。

 影となるものが球形なのだから当たり前だけど。


 しかしこの日蝕は違っていた。

 外側から包み込むように。

 まるで、巨大な蛇が飲み込もうとするように。

 太陽が欠けていく。


 それだけでも、異常な事態とよくわかる。


「とにかく。さっさと止めに行かないとやばいって事か」

「そゆこと。分かってるじゃないオジさん」

「それなら、さっさと出発しねえとな。全員、俺のハンヴィーに乗れ。これから道が荒れるからな」

「結局徹夜か……」


 俺の歳だとキツいんだよなぁ……。


「若いモンが情けねえな」

「最年長が一番元気ってどういう事?」

「米軍御用達の元気になるお薬があってな」

「そう言うのはやめろ」

「ボクはカフェイン錠剤でいいや」

「飲みすぎると死ぬわよそれも」


 三々五々、自分の車の荷物を詰め込んで。


「あ、ちょっと待って。着替えてくるから」

「そんなヒマ無いだろ」

「女は着替が長くていかんな」

「移動しながら出来ない?」

「男ばっかの車内で着替えられる訳無いでしょ。ああもう、折角気分出そうとしたのに」


 ちなみに。かなめちゃんについては、別に巫女の格好をする必要性は一つも無い。

 今までも、肝心な時には着替えて来ていたけれど。それらは全部、『気分を出す』ためでしかない。

 でもそれが重要だ。

 女性は複雑なのだ。


「早くしろ。時間が無いんだろ」

「運転お願いします」

「任せろ。100マイルでぶっ飛ばすぜ」

「くれぐれも安全運転でね」

「ハンヴィー乗り心地最悪なんだよなぁ。それと何積んでるの? 貨物スペースが異常に狭いんだけど」


 乗り込んだハンヴィーは、確かにやたらと狭苦しい。

 これだけ縦横でっかい車両なら、もっと余裕もあるだろうに。

 プロトロンバッグは充電器含めてもそんな大したスペースはとらないはずだけれども……。


「そりゃおめえ。軍用車に家具は載ねえだろ」

「役に立つ秘密兵器をお願いします」


 軍曹が現役だった頃。

 彼らは意味の分からないものばかり作っていた。

 サイボーグとか超能力兵士とか。

 レーザー砲とか音波兵器とか。

 プロトロンバッグとか合体型巨大ロボとか。

 怪獣なんかも作っていた。

 男の浪漫と言えばそれまでだが。『ソ連が作っているらしい』と言えばいくらでも予算が降りたらしい。

 つくずく狂った時代だったと思う。


「ジャパニーズの秘密兵器も似たようなモンじゃねえか」


 俺が前の仕事を辞める頃。

 都庁が巨大ロボに変形するという未確定情報があったけれど。

 あれはどうなんだろうか。


 続いた新宿の受難を考えると、納得出来るような。

 もっと先にやるべき物事があるような。


「しかし気味ぃ悪いな。道路に車もありゃしねえ」


 ハンドルを握る軍曹が呟いた。

 片面二車線の国道はガラガラで、俺達の行く手を遮る物は無い。

 軍曹の言葉の通り、ハンヴィーはメーターが100を示す速度で疾走している。

 それは、田舎の国道にはそれほど珍しい話では無いが。


「妨害が無いのはいいんだけど。もうちょっと騒いでもいいよね。日蝕起きてるんだし」

「写真撮影くらいはしてる奴居てもいいな」

「『この世界』では当たり前の光景。って事なんだと思うわ」

「混乱で死傷者が出ないのは良いこった。新宿隔離した連中も、それくらい気を使ってくれると良かったんだけどな」

「一般市民に気を使う侵略者ってのもイヤだわ」


 富士山が近づいてくる。

 街並も建物も段々と消えていき。

 緑の木々が増えていく。


「昔と違って、ここまで舗装されてるのね」

「これくらい道が整備されてたら、ボクの時も楽だったんだけどな」


 以前来た時には、この辺りはもう裸道だったはず。

 そういう意味では便利になった。道路族の公共事業も捨てたものじゃない。


「逆に言や。今騒動起こしてる連中も楽だったこったろうよ」

「許すまじ。若い奴らはもっと苦労すべき」

「戸山、お前が言うな」

「全然懲りてないわよね。アンタ」

「お金になるならもう一度くらいやってもいい気持ちはある」

「やめろ。面倒くさい」


 まったくこいつは。

 そんな軽口を叩きながら、戸山はノートパソコンを立ち上げる。

 低い音を立ててドローンが羽根を回し出し。

 パソコンにつないだなんだか分からない機械が、ピカピカと光の点滅を発し出す。


「じゃーん。そして懐かしのヴァーチャルダイブセット!」


 引っ張り出したのは、配線剥き出しのごついグローブ。

 そして、顔の大半を覆うゴーグルだ。


「うわ。懐かしいわねそれ」

「ウチのナード連中も時々引っ張り出す奴だな」

「オタクの趣味はどこも一緒だね。まあ、魔法陣システムハッキングするならこれしか無いし」

「ちゃんと動くんだろうな?」

「システム自体はノパソ側のエミュレートだから、ダイブセット自体はただのインターフェイスだよ。まあ、動作確認は完璧だから安心して」

「お前の『完璧』にはいつも助けられてるからなぁ」

「主に敵としてね……さて。私も準備、と」


 そう言って、かなめちゃんも髪を解く。

 纏められた黒髪が、自由になると。見た目の数倍程の長さになった。

 彼女の背丈をゆうに超えているだろう。


 軽くまとめただけの髪が、解いただけでこんなに長くなるはずも無く。

 これが彼女の戦闘準備の第一段階で。

 これがさらに伸びて逆だって金色に輝いたりする。


「毎度、サムソンみてえだな」

「こっちだと、その名前あんまりいい意味じゃないから」


 旧約聖書のサムソンは、髪を切らない誓約に従い、無双の力を持つ事になった烈士だが。

 なんというか、あの雑誌のおかげで、日本ではそっちの印象が強い。

 間違っても女性の例えに使うものでは無い。


「欧米でもあんまりいい意味じゃねえぞ」

「要は力自慢の暴れ者だからねぇ」

「まあ、オレの方は髪切られても大丈夫だけどな。って事で、オレも準備するからよ。ニンジャマン、ちょっと運転代わってくれや」


 ハンドルを渡されて。

 軍曹は満を持してとばかりに後部座席の奥へと潜っていく。

 ガチャガチャという機械音。

 低い唸るような起動音。

 ぷん、と空気が焦げる臭いがする。


「こいつで100万馬力だぜ」

「日本語間違ってるわよ」

「ちょっと窓開けていい? 臭いよ」


 さてと準備は整った。

 荷台の隅に無造作に置かれていたプロトロンバッグを脇に抱えて。

 ハンドルを握ってアクセルを吹かす。


 道の舗装はすでに消え。

 野ざらしの道に、轍の後が続くばかり。


 そしてその先に。

 見慣れたテナントビルの白い姿が。

 木々の向こうに見えていた。


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