第9話5部 同窓会

 深夜の空気は不思議だ。

 安っぽいネオンの輝きが、ねっとりとした色になる。

 通りかかるパトカーの回転灯が、纏わり付くようで。

 ただ、道端で待っているだけで。

 何か、不安な気持ちにしてくれる。


「遅いねぇ。時間間違ったとか無い?」

「時間は合っているんだが。内藤にしては珍しいな……」


 国道沿いのファミリーレストランの駐車場。

 その端に駐車した軽バンに俺と戸山はいた。


 準備は万端整って。

 機材もプログラムも完璧で。

 新月には後、三日も残っている。


 最悪の事態があったとしても、俺らが送った資料で内藤が何とかしてくれる。

 俺達は最低限、儀式決行を遅らせられれば成功で。

 首魁を葬るか、御本尊がこちらに来れなく出来れば最高だ。


「プロトロンバッグって、例のビーム出すランドセルでしょ? ボクのマルコキアス丸焼きにした奴。あんな火力いるかなぁ」

「やな予感がするんだよ。そういうのは大体当たるんだ」

「まあ、戦力はあった方がいいよね」


 言いながら戸山がパソコンをぽちぽちすると、バンの後部に置いたラジコンが音を立てる。

 ヘリコプターのように飛ぶそいつは、カメラとAIと武装まで揃えている最新兵器だそうで。


「ある程度の自律稼働は出来るから、万が一無線が切れても大丈夫」

「そもそも、儀式場に電波は届くんか?」

「昔使った時に線通しておいたから大丈夫だと思うよ」

「何でそんな事やったんだよ」

「遠隔でやりたかったんだよね。都内のアジトに踏み込まれた時に高笑い上げながら召喚とかそういうの」


 ああ、やってたな。


「結局、そこで失敗するのが戸山クンらしいけどねー」


 当たり前のように、バンのドアが開いた。

 純白の上着に朱の袴。

 赤い鉢巻に祓串。

 艷やかな黒髪を輝かせ。

 入ってきたのは大鳥かなめ。


「何でこんな所に?」

「それよりちょっと。歳を考えた格好を……いたたっ」

「戸山クン。一言多いのは変わらないわねー」


 みしみしと音を立てて戸山の指を極めるかなめちゃん。

 にこにこ笑っている顔の目だけが据わっている。

 やっぱり、彼女に歳の話をするのはやめよう。


「うん。内藤さんから聞いてね」

「まさか、プロトロンバッグの替わりとかか。内藤の奴」


 直前の予定変更はやめろって、いつも言っているんだがな。

 せめて、予め連絡をして欲しいもんだ。


「いくら何でも違うわよ。アタシの方から内藤さんに聞いたのよ」

「大鳥さんがいるならプロトロンバッグいらないんじゃないかなぁ……」

「いるわよ。か弱い女の子なんだから」

「女の子……? いたたっ。折れる、折れるから」


 大鳥かなめは過去に何度も助けられ。

 それこそ、内調にあるどんな道具よりも強力な味方ではあるが。


「いいのか? その……」

「流石に見逃すワケにもいかないでしょ。ウチの園児に被害あったりしたら困るし」

「オジさんの事が気になるならそう言えばいいじゃん」

「そういうんじゃないって」

「ボクらの歳になると。昔馴染みの独身相手なんて貴重だよ?」


 一体なんの話しをしているのやら。

 まあいい。

 旅は道連れ世は情け。

 急増メンバーで敵陣へ、なんて事は初めての事でもない。


「頼むよ。本当に力強い仲間だ」

「でしょ? 感謝しなさいよ」

「はいはいご馳走様ご馳走様」

「戸山クンは黙ってる!」


 かなめちゃんの声がかしましい。

 ぬるりと纏わり付くような。深夜の空気とネオンの光が。急に和らいだようで。

 きっとそれが、彼女の一番の力なのだろうと。


 そんな事を思っているその時だった。

 やたらと強力な光がこちらを差した。


 高い位置から差し込む大光量のヘッドライト。

 轟音じみたエンジン音を響かせて、やってきたのは軍用ハンヴィー。


「おう、揃ってるじゃねえか。待たせたな」


 運転席から顔を出したのは、四角い顔した初老の男。

 白い髪に無精髭。

 高い鼻に青い瞳。角ばって頬骨の突き出したごつい顔。火の着いたぶっとい葉巻を口に咥えている。

 もう、老人と言っていい年齢なのに、ピンと張った背筋は見上げる程に大きく筋骨隆々。

 大型サイズのハンドルを握る手は、長袖の軍服とゴツいグローブに覆われている。


 あの下が、金属で出来ているなんて、一見した人は気づかないだろう。


「マーベル軍曹? アンタ何やってるんですか」

「ナイトーからの依頼だよ。ウチの特殊兵装を運んでくれってさ。いやぁ、久しぶりだなニンジャマン」


 元在日米軍機械化歩兵師団軍曹マット・マーベル。

 いや、もうとっくの昔に退官している年齢か。

 ともあれこの老人も、昔なじみの一人で。

 機械化された右腕は、猛獣も軽く捻るパワーがあって。

 こいつと勝負したときは、流石に死ぬかと思ったもんだ。


「軍曹さんお久しぶり~」

「お嬢ちゃんも久しぶりだな。いい男は見つけたか?」

「それってセクハラですよ」

「ああ。この爺さんボク苦手なんだよな」

「ハッカー坊主は元気みたいで何よりだ、ガッハッハ」


 豪放磊落を絵に描いたような笑い方。

 アメコミ風のアレじゃなく、洋画の兵隊ヤクザといった風。

 もう、いい歳した爺ちゃんのはずなんだけどなぁ。


「俺はニンジャじゃないって何回言えば分かるんだよ。で、兵装運んで来たって事は、プロトロンバッグ?」

「おう、用意してきたぜ。バッチリ磨いて新品みたいにピカピカだ。悪魔が出ようがスタローンが出ようがシュワルツネッガーが出ようが怖くねえさ」

「後ろ二つが出てきたら、流石に無理だと思うわアタシ」

「同意見」


 俺もそう思う。


「うむむ。確かにあいつらは無理だ。まあ、それはそれとしてだ。久しぶりのお楽しみだ。オレが出なけりゃ始まらねえだろ」

「最初っからその気まんまんじゃないか。ダメだって言ってもついてくるだろ?」

「オフコース! 米国陸軍なめて貰っちゃ困るぜェ」


 陽気に笑って葉巻をふかす。

 俺も同じく煙草を咥えて火をつける。


「煙草は精密機器の敵なんだけどなぁ」


 そんな事を言いながら、戸山も電子タバコをふかし出す。


「おいボーイ、なんだそのフニャチンは。葉っぱ吸うならせめて火を付けるやつにしろ」

「一応、ニコチン入ってるんだけど、これ」

「なんか、普通のタバコより身体に悪いらしいわよ、それ」

「身体に悪いくらいで今更タバコは辞められない」

「中毒患者が三人もいるわ……」

「失敬な。俺の趣味は禁煙だぞ」

「はいはい。それで失敗したのは何回目?」

「十回は失敗してます……」


 まったく。かなめちゃんには勝てないな。


「それで。これからどうすんだ?」

「まずは夜っぴきで静岡入りですかね。適当なホテルで昼間寝て、夜着くタイミングで出発って感じで」

「って事は一泊するの?」


 言ったかなめちゃんは巫女装束。

 流石に気が早すぎる。


「徹夜で突っ込む気だったんかよ」

「そのつもりで今日の昼間は寝てたんだけど……」

「準備が良すぎるのも良し悪しだよね」

「ここまでどうやって来たの?」

「うちのフィットがそっちに。そこで着替えて」

「もう一度着替えてらっしゃい」


 慌てて自分の車に走るかなめちゃん。

 ニコチン中毒三人は苦笑して。


「格好つかないなぁ」

「まあ、ボクららしくていいんじゃない?」

「やれやれ。お前らといるとシリアスにならなくてたまらん」


 ゆっくり一服ふかしつつ、彼女の着替えが終わるのを待っていた。

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