第9話4部 憧憬からの牙

 俺が若い頃にはもう、コンピューターとか言う奴が幅を利かせていて。

 モニターの前でぴこぴこやるのが苦手な俺は、その度に専門家に頼ったものだ。


「現金なんて物は、既にコンピュータ上の数字でしかない。だっけかな?」

「そんなガバガバセキュリティの時代もあったよなぁ。懐かしいねぇ」


 久しぶりに逢ったその『専門家』。戸山スグルは、長い年月の間に変わり果てていた。

 昔の、洗っていない長髪の、暗い部屋で四角いメガネを輝かせる。

 そんな感じのオタクボーイの姿は、もうどこにもない。

 それが今は、髪を小ざっぱりと刈り上げて、明るい色のシャツにジャケット。パステルカラーのメガネなんかを着けている。

 やっぱりちょっとセンスは外れている気はする。

 最近の若いのは、もうちょっと小洒落た格好していると思うんだが。


 まあそれでも。

 妻あり、二人の子持ち、都内にマイホーム。

 二度程会社を興して潰し、今は副業で食いながら三度目の正直を狙っているとか、いないとか。


 なんと言うか。変わったと言うか変わっていないというか。


「やっぱ今じゃ無理かそういうの」

「散々やった連中が、今じゃセキュリティ側に回ってるからね。ああ、あの時にいくらか摘んでおきゃ良かった」

「コンピューターの天才ボーイも型無しだな」

「あの時は想像もしてなかったけどさ。どんどん若くて優秀なのが出てくるんだよね。まあ、巨大資本には勝てなかったよ」


 変われば変わるものだった。

 あの時は、目標のネットワークに入るのに、深夜に侵入して物理的に線を繋がないとダメだった。

 今は教団施設にほど近い喫茶店の中。

 どこにも線が繋がっていないノートパソコンをポチポチしている。


 あの時代で夢想した未来とは、大分違った形になったなぁ。と思う。

 二十一世紀になっても、自動車が空を埋め尽くす事も無ければ、サイボーグもまだ街中を歩いていない。

 空は酸性の雲に覆われていないし、あの頃よりずっと治安は良くなっている。


 そう言えば。昔ガチで勝負した米軍機械化師団の軍曹は、今頃何をしているのだろうか。

 ちゃんと生活出来てるかな、あの人。

 戸山も『二十一世紀になったら、脳の快楽中枢に電線直結してラリって暮らす奴が続出する』とか言っていたが、電脳直結している人すら見かけない。


 昔の銀色の全身タイツや、都市を繋ぐ銀色のチューブみたいな。

 憧憬の中に消えた幻と言う奴だ。


「あいよ。こいつで全データいただきだ。久しぶりに昔思い出したなぁ」


 そんな憧憬に耽っている間に、データ転送は完了したらしい。


「線とかどうしたんだ?」

「今頃はどこも無線LANだよ、オジさん。そいつをほら、さっき設置してもらった中継機使って」


 そういや、こいつにも『オジさん』なんて呼ばれていた。

 というか、若者は皆そんな風に呼んでいた。

 言われる度にオジさんではないと反論していた。


「ああ、さっきの。便利なモノ作りのは流石、腕は鈍って無いな」

「残念ながら通販で売ってた奴。今は金で何でも買えるから」

「そういうの嫌いじゃなかったか?」

「正直、便利さに負けた。歳はとりたくないね」


 時代の最先端だったあの時代。

 今ではもう、憧憬の彼方だ。

 あの時代の空気を覚えている身では、それが何だか奇妙に感じる。


「ま、ざっと見た感じ結構ガチな連中みたいね。大分資金をつぎ込んでるよ」


 ウィンドウが並ぶモニターに視線を流して戸山が言った。

 俺にはただの数字の羅列に見えるんだが。

 流石、その辺は頭の作りが違う。


「また、どこかに秘密基地でも作ってるとかか」

「毎度おなじみ富士山麓青木ヶ原」

「またか。飽きないなこいつら」

「なんかテナントあるんだよね、あそこ。内装変えるだけで秘密基地になる奴」

「今頃は何でもインスタントだな……」

「それも懐かしいフレーズだね」


 看板だけを変えて営業する風俗店みたいだ。

 昔はとてもお世話になったが、最近とんと目にしない。

 当時はやくざが、ここは絶対潰せない。なんて豪語していたが。

 官憲が本気になったら、結局こんなモンなんだろう。


 それは実際良い事で。

 治安もずっと良くなったのだが。

 どこか、寂しい。


「それで。そのインスタントガチカルト様なんだけど。やたらと懐かしい物も持ってたよ」

「何だ? 生物兵器プラントとかか?」

「いや。ボクが作ったやつ。魔法陣作成プログラム」


 今のスマホ程の性能も無かった当時のパソコン。

 そいつを怪物みたいに繋いで、何日もかけて計算をさせて、バーチャル空間に地球数個が入るサイズの魔法陣を作る。

 そんな感じの代物が、あの時代はやたらと流行ったものだった。

 当然、戸山もそんな感じの物を作っていた。


 それで実際、いろんなモンが喚び出せたんだから、神も悪魔もいい加減なモノだ。


「知らん奴に、なんか分からんパソコンで喚び出されるとか、どういう気分なんだろな」

「結構不便でね。来たい奴しか繋がらないんだよ、これが。喚んでみたら、前振りとはぜんぜん違う奴だったなんてザラだったよ」

「出会い系サイトみたいだな」

「まあ、近いね」


 悪魔向け出会い系サイトで大人の割り切ったお付き合い。

 女子高生(悪魔)と素敵な出会いを。

 なんてフレーズで騙されて、喚んで見たら大魔神。

 泣く泣く後悔しながらも、カネは払って事は済ます。

 そんな感じだろうか


 今も昔も、男という奴は馬鹿なのだ。


「JK小悪魔とか喚び出したいなぁ」

「嫁さんが泣くぞ」

「サキュバス喚び出して搾って貰うとかは漢の夢でしょ」

「それは否定しないがな」


 科学技術の粋を尽くして。

 生贄だとかの準備を尽くして。

 やる事がデリヘルというのは、本末転倒ではなかろうか。


 否定はしないが。

 否定は出来ないが。


 男は馬鹿なのだ。


「で、どんな感じだ?」

「システムの解析は何とか終わってみたいだね。ボク用に作った奴だから、謎処理なんかがあって大変だったろうに」

「と言う事は、もう猶予は無い感じか」

「リアルの月齢が関係するからなぁ……。まあ、最短で十日くらいで儀式始まる感じかな? 次の新月が決行日ならだけど」


 十日か。

 それなりに猶予はある感じであるが。

 内藤に連絡して、あっちで準備を整えて。

 それから関係各所への話を通して、ガサをして……。


 ダメだな、間に合わん。

 強制調査中に召喚決行されるパターンだ。

 最悪、中途半端に召喚された魔王様が大暴れ。みたいな事になりかねん。


「こりゃ、報告だけして。俺の方でなんかやらんといかんな」

「相変わらず大変だねぇ」

「何かいいネタ無いのか? システム破壊のコンピュータウイルスとか」

「あるけど、そちらは別料金となってございます」

「業突く張りめが……。分かった、なんとかするよ」


 やっぱりカネか。

 世知辛いなぁ。


「毎度まいど。重要部はまあ、流石にスタンドアロンになってると思うから。召喚用大型モニターに繋がったパソコンに機材繋いでくれれば、遠隔でなんとかするよ」

「召喚用モニターとか分からんぞ。俺は」

「大丈夫大丈夫。見ればすぐ分かるでかい奴だし、施設の見取り図も機材と一緒に送るから。指示通りにしてくれればそれで十分」

「何で見取り図とか持ってるんだよ」

「そりゃ。昔何度か使った場所だからねぇ」


 昔、何度も面倒な事になった相手だ。

 味方をしてくれるのは頼もしい。

 当時もこれくらい楽だったら良かったのに。


 憧憬の中に消えた過去の輝き。

 それでもそれがあった事は間違いなくて。

 『天喰会』も魔王様も、そんな過去から牙を剥かれるなんて、思いもしない事だろう。


「通信機とカメラも用意して、もしもの時用にドローンもいるな。なんか懐かしくてワクワクするね」

「機材ってアレか。通販が届く感じか?」

「まさか」


 そして戸山は両手を広げて。


「こういう面白い事。既成品に頼る奴は二流だよ」


 パステルカラーのメガネを輝かせる。

 顔にはあの時の笑顔を浮かべていた。


 まさに悪役スマイル。

 仲間にするには頼もしい。

 敵にはもう、したくない。

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