第9話2部 公務員はバーにいる

 新宿駅のほど近く。

 昭和の面影を残す雑居ビルの三階にバーがある。


 四人も座ればぎゅうぎゅうのカウンターに、丸テーブルが一つだけの店内に。

 ずらりと並んだウイスキーの瓶。


 愛想の悪い年寄り一人がカウンターに立ち。

 ウイスキーの量と質だけは都内有数。

 カクテルなんて洒落たものは作らない。

 作るつもりもさらさら無い。

 小難しいウンチクも、小粋なトークもありゃしない。


 ただし、店の中で何を話しても絶対に漏れる事は無い。


 その事だけで、一定の需要が生まれるのだから世の中面白い。


 酒を呑んでいる時にヤイヤイ言われないってのも。

 実は結構貴重で、俺としては気に入っているんだけれども。


「仕事頼むなら会議室とか使えないのかよ」

「こいつは公務の仕事じゃないんだよ。名目上」


 内藤が酒を呑むと言えば、この店で密談すると言う事になる。


 店内には俺と内藤の二人きり。

 煙草をふかして新聞を広げている店主の事は数には入れない。


 俺の前にはストレートのターキーとモリナガのチョコボール。

 内藤はいつもの黒ダルマの水割りだ。


 チョコボールの甘さとナッツの香ばしさ。

 ターキーのアルコールと風味が、その味わいを深めてくれる。


「お前の呑み方は、どっちかっつうと酒じゃなくてツマミを美味く食うための呑み方なんだよな」


 なんて事をよく言われる。

 俺としては、美味いと感じされればそれでいいと思うんだが。


「相変わらず公務員は面倒くさいな」

「野党がうっさいんだよ」


 宮仕えは、それはそれで大変だ。

 それほど久しぶりと言う訳では無いのだが、記憶にある顔よりも皺も白髪も増えている。

 歳食ったなぁ、お互い。


「それでこんな所に呼び出して。一体どんな厄介事だ?」

「うーん。何だか俺としても良く分からないんだがな。文書保管部の連中が急に騒ぎ出して」


 『文書保管部』。

 名目は文書保管だが、実際はオカルト的な情報を収集する部署だ。

 国家の機密を扱うと、そういう情報も必要になる。


 例えばだ。

 『近々太陽系惑星のグランドクロスが発生する』という情報があったとする。

 それ自体が何をもたらすものでも無くても、『グランドクロス』というイベントを切欠に行動を起こす団体は存在しうる。

 そういう団体を事前に察知するために、日々様々なオカルト事案を収集している部署だ。


 そういう部署のはずなんだが。

 何故か『そういう事案』の対処も行う事になっている。

 国家レベルになると、迷信も現実の力を備えたりするのかもしれないなと、昔思ったものだった。


「星の巡りがどうとかか?」

「なんつうんだろうな。鞍馬の星見がどうとか、千代田の夢見がどうとかで……」

「歯切れが悪いな。そんなに無茶な話しなんか?」


 内藤は唇をひん曲げて。

 それからグラスを一気にあおる。

 内藤らしくない呑み方だ。


「お前さ。魔王が降臨するって話し。どう思うよ?」

「ノストラダムスは大分前に終わったろ?」

「あん時は大変だったけどな」


 世の中が2000年問題に沸いていた頃。

 俺たちは俺たちで、裏の二千年問題に奔走していた。


 いやあもう。

 こんな事は二度とご免だと。

 日毎に事件を解決させて、その度に別の事件が起きていた。


 今思い出しても、よくこの星が残っているものだと。

 神の奇跡に感謝したい気持ちになる。


「遅刻して来る奴がいるらしいんだよ」

「お帰り願えよそんなもん」

「それをこれからやらにゃならんのよ」


 時間は守れよ。いやマジで。

 中学生じゃねえんだから。


 苛立ち紛れにチョコボールをガリガリやって。

 それからターキーを口に含む。


 ふわっと口に広がるアルコールとナッツの風味。

 チョコレートの成分が、ささくれだった神経に潤いを与えてくれる。

 ああ、癒やされる。

 ずっとこのままでいたい。


「正確には。その魔王様をお迎えしようって教団があってだな」

「それこそ、内調の仕事だろ。破防法かなんかで手入れして、解散させりゃいい」

「そこが一番、野党がうるせえ所なんだよ」

「役に立たねえ連中だな」

「そこはしゃあねえ。向こうにもスポンサー様の意向とかあるんだ。そこは柔軟に対応しちゃうよボク達は」


 高級官僚は大変だなぁ。


「ということで。柔軟な対応としてお前に白羽の矢が立った訳だ。何回かやったろ? 前にも」

「御本尊は出てきそうなのかよ?」

「知らんがな」

「となると。教祖が最期に喚び出すパターンだなこりゃ……」

「流石手慣れてるなぁ、お前」


 手慣れたくは無いんだが。

 いや実際、俺も魔王とかそういう超常現象と直接戦った事は無い。

 調査の過程で追い返す方法が分かるだとか。

 そいつの宿敵みたいなのと手を組んだりとか。

 そいつと戦う事を宿命にしている奴の手助けをするだとか。


 そういう事しかしていない。


「ほいで、どういう系の奴だよ?」

「んー。異世界系? 『文書』の連中も資料が全然ねえって、嘆いていたわ」

「最近流行りの奴か」

「最近流行りのは、向こうに拉致られる方だろ。いい加減そっちも議題に上がって来ててさ」

「返還請求とか、そろそろ考えにゃならん時期だもんなぁ」

「ああ、ヤダヤダ。そういうのは俺が引退してからにしてくれよ」


 お隣の北の方だけでも手一杯と、震えるフリをする内藤。

 国が絡むと本当に大変だ。

 辞めて本当に良かった。


 辞めたんだから、そういう仕事が追いかけてくるのは勘弁してくれないだろうか。


「異世界系なら、そっちの方で協力者がいないかな?」

「そっちはそっちで調査依頼は出している」


 異世界の~、となると依頼先はオカルト系か。

 陰陽寮とか高野山とか。オカルトなんとか協会とかもあったか。


 しかし、オカルト連中はアテにならないんだよなぁ。

 事が済んだ後とかに、ようやく真相判明とかばかり。

 今回ばかりは迅速な仕事を要求したいものだが。


「道具の方は?」

「今んとこ、こっちからは出せるモンがねえんだよ。予算厳しくて」

「こっちの持ち出しかよ。請求書は切るからな」

「来年度予算が出たらなんとかする」


 渋い仕事だ。

 渋い仕事は大抵、キツい仕事でもある。

 早くも暗雲が立ち込めてきたぞ。


「プロトロンバッグくらいは用意しといてくれよ」

「あれ、CIAからの借りモンなんだよ」

「アレが無けりゃ、御本尊が出てきた時どうにもできねえぞ」

「そん時は、なんとか誤魔化してかっぱらってくる。ま、とりあえず調査から頼むよ。この通り」


 両手をカウンターについて。

 いつもの内藤の口ばかりのお願い。

 仕方ねえなぁ、こいつは……。


「ギャラの方は覚悟しておけよ」

「有り難え。さすが親友! よ、同期の星!」

「お前の褒め方が誠意が籠もっていなくてイヤだ」


 とは言え、泣く子と借金には勝てない訳で。

 事務所の明日のためにも、お父さんは頑張る訳で。


「今わかってるだけでいいから、詳細教えろよ」

「活動拠点のいくつかは分かってる。後で送るわ。まあ、お前なら潜入は簡単だと思うぞ」

「何でだよ?」


 宗教関係ともなると、情報収集がキモとなる。

 拠点の周辺住人の聞き込みから張り込み。本部情報の収拾。

 それから関係者の買収も。

 上手く離間策が通ってくれると実に助かる。

 多くの教団関係は、カネを握っている奴と過激派で派閥争いをしているので。

 カネを握らせて正義感を突けば、上手くすれば分裂してくれる。


 そこまでやるのも手間ではあるが。

 俺なら簡単に潜り込めるってのはどういう事だ?


「何だ? 渋い中年は尊敬される教義とかか?」

「何でも、食い物を沢山食える奴が偉い教義なんだとさ」


 【天喰会てんじきかい】。


 太陽や月を喰らい尽くす神、ラゴウあるいはラーフ。

 道教説話のトウテツ。

 ヨルムンガンドの大蛇に。

 聖書に出てくるリヴァイアサン。


 他にも色々化身はあるが。

 そんな類の『世界を喰らい尽くすもの』を奉ずる終末思想の宗教団体。


 それが、今回の調査依頼の対象で。


 その結末が、まさかこんな事になろうとは。

 この時の俺には想像もしていなかった。

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