第8話5部 公共の敵の的

 公共の敵パブリック・エネミーと呼ばれる人間がいる。

 思想や正義を言い訳に、人々を殺傷する事を人生の目的とした人間だ。


 俺もアメリカで仕事をしていた時、そういう連中の相手をしていた事がある。

 そこで学んだ事もある。


「……吸血鬼が。どうして陽の光を浴びると灰になるか知ってるかい?」


 二人きりの執務室。

 資料を眺める俺と。

 眉をしかめて言うテーダ。


太陽神ソーランの神力に夜族の魔力が拒絶反応起こすからじゃない。子供でも知ってるわよ。後、公の場でそういう事言っちゃダメよ。最近、差別とか何とかうるさいんだから」


 違う。

 そうじゃない。

 ただ、こっちには吸血鬼も幽霊も普通に生活している。

 例として正しくなかった。


 それは認めよう。


「いや。そうじゃなくってだね……えーっと。昔、黒い幽霊団ブラックゴーストという連中がいて……」

「だから、あいつら人権どうこうってうるさいんだから。その名前も出しちゃダメよ。何年前の話よ」


 いるのか。

 こっちにもいるのか黒い幽霊団ブラックゴースト

 確かに、割と珍しくない名前だ。

 最初聞いた時は、サイボーグでも作ってるのかと思った。


 出入りの時には若干期待はしていたけれど、サイボーグはいなかった。

 ありがたいような。

 悲しいような。

 そんな思い出。


「でなくて。何と言うのかなぁ……影に光を当てると消える?」

「言いたいことは分かるんだけどさ。竜皇国でその表現するとかなり不味いわよ。竜皇の属性『影』だから」


 難しいなぁ。


「つまりアレでしょ。公共の敵への最大の攻撃は。その存在を明らかにすること」

「そうそう。それです」

「格好つけて言う事じゃないわよ」


 すみません。

 格好つけて言いたくなる年頃なのです。


「しかし。やっぱり写真が欲しいな……」

「人相書きじゃ限界あるからねぇ」


 一応、こちらにも写真そのものはあるらしい。

 ただし、バラマキに使える程に安くは無いらしい。


 その辺は仕方ないか。

 結局、技術の限界を定めるのは、コストと経済だって話もある。

 やはり経済は浪漫の宿敵だ。

 旦那さんと奥さんの関係だ。

 科学は旦那で。

 経済は妻だ。

 妻には旦那は勝てません。


 悲しい。


「しかし。可能性がある奴だけでこれだけの数があるのか……」


 山のような資料の束。

 百人近い容疑者の山。

 しかも資料は文字ばっかり。

 まれにある似顔絵も、写しの写しの写しくらいでアテにはならない。


 以前、欧米を股にかけて賞金稼ぎの仕事をしていた頃。

 手配人の顔を覚えたり、変装を見破る技術は覚えたけれど。

 ビジュアル的情報が入ってこないのは実に厳しい。


「アンタの場合、全部暗記する必要は無いんだけどね。ただ、ヤバそうな連中を近づけさせないように。って話で」

「むしろ、俺を囮にして一網打尽。とかの方が良くないかな?」

「精神的にキツいわよー」


 いつ狙われるか分からない。

 だが、狙われる事はわかっている。

 そのストレスは相当だろう。


 確かに、俺のメンタルでは耐えられるか分からないかもなぁ。


「あ、でも。ここなら最悪でも死ぬ事無いか。準備進めるわ」

「いや。あっさりそんな」

「アンタが言い出した事でしょ。大丈夫、最悪でも死ぬ事無いでしょ」


 多分死なないとは思うんだけど。

 大丈夫なんだろうかね。

 死にはしないけど、痛い事になったりしそうな気はする。


「まあ。拉致監禁洗脳とかはあるかもね」

「そいつはたまらんなぁ」


 とは言え、藪を突かないと蛇は出ないか。


「ホントの所。こう言った連中が入ってきている『かもしれない』って段階なのよね、今。エルフの偉い人は確信しているみたいだけど」


 テロリスト、正体見たら枯れ尾花。

 そんな展開を期待したい所だけど。


「でも、あの人二億歳越えてるんだろ?」

「なのよねぇ。こういう時に限って当たるのがイヤなのよ。年寄りの勘って」

「いっそ。誘い出しの計画もその勘に頼ってみたらどうかな?」

「片っ端から殴って回れとか言い出すわよ」


 言うかな?

 言い出すだろうなぁ。

 腕力はすべてを解決するのが持論みたいな人だからなぁ。

 七人の侍を探せとか言い出すタイプだ。


「……ちなみに。テロリストが入っている事が確定として。一番可能性が高そうなのはどいつだろう?」


 ぱらぱらと資料をめくる。

 もはや機会的に目を通しているだけで、中身は頭に入っていない。

 ダメだこれは。

 よくない流れだ。

 流れを変える必要はある。

 あるんだが……。


「それが分かったらもっと厳選したの持ってくるわよ」

「ですよねー」


 ですよねー。

 テーダはその辺有能で、如才なく動いてくれる。

 彼女が持ってきたからには、すでに一度は厳選されたものだろう。

 半分素人の俺の意見がそれほど役に立つとも思えない。


「『七辻の神』の原理主義で。労働者をオルグってサボタージュを主な手段にしていて……」

「ここで有効な手段がサボタージュだってだけで。普段は大規模テロとかしてる奴かもよ?」


 確かにそうだ。

 それを考えると、候補は一気に広がって。

 結局元の木阿弥だ。


 やっぱり囮作戦しか無いか……。


「ただ。そういう前提ならこいつかなぁ」


 ぺらりと資料をめくるテーダ。

 珍しく、似顔絵のある資料。

 禿げた頭にこけた頬。高い鼻に険のある目付き。

 いかにも邪悪な小鬼と言った風情のゴブリンの男。

 『回帰主義』『原理主義』『過激派』等の文字が踊っている。


「ただ、こいつだけは無いのよね」

「何でさ?」


 こういうタイプのゴブリンは、今となっては珍しい。

 見かければ逆に目立つだろう。


 俺も実際に見たのは一人だけ。


「バ・ザムさんの家令さんなのよね。こいつ」


 今、思い浮かべたその一人。

 古典的なゴブリンの外見で。

 しかし、ピンと背筋の通ったあの家令さん。

 只者ではないとは思っていたが……。


「多分、むこうに居られなくなったか、ほとぼり冷ます目的でこっちに逃げて来たんだと思うんだけどね」


 あまり深くは付き合ってはいないが。

 真面目で有能で。甲斐甲斐しくバ・ザムさんに付き従う姿ばかりが思い出される。

 その姿と、過激派と言うイメージはまったく噛み合わない。


「ゴブリンの寿命は短いし。とっくに引退していい年齢なのよねぇ」

「いい年齢だから。もう引けない。と言う事も考えられるか……」


 テロリストの中には、少なからずそういう人間もいる。

 今まで生きてきた人生を、否定できないそれだけの理由で。

 多くの事を知り。

 それが正しくないと分かった上で。

 死ぬ時までテロを続ける人々だ。


「だとしたら、悲しいなぁ」


 バ・ザムさんと家令さんの関係は良き主従の手本にすら見える。

 それが偽りの関係だとすれば。

 それは悲しい話であるし。


 俺の存在が関係を壊したのだとすれば。

 それは申し訳ない話だと思う。


「しつこいようだけど。アタシとしては家令さんは無いと思うわよ」

「理由は?」

「勘。間者としても、女としても」


 あっけらかんとテーダは言った。

 片眉を上げて向ける視線は、こちらを値踏みしているようだった。


「じゃ間違い無いか」

「へえ。信じるんだ?」

「そりゃ信じてますよ。テーダの事は


 まっすぐ見つめ返すと赤くなる。

 ちょっと、スパイとしては清純すぎるんじゃなかろうか。


「そこまであっさり信じられちゃうと。ちょっと頑張りたくなるじゃない」


 済まし顔で汗を拭く姿が愛らしい。

 かわいいなぁ。


 それはそれとして。


「頑張るってどうするんだ?」

「多分絶対家令さんは引退している。それはそれとして、コネってあるじゃない?」

「家令さんのコネクションや人脈を使って、潜入した奴を探ってもらうって事か」


 俺の答えに人差し指を立てるテーダ。

 それからちっちっちっと横に振る。


「逆よ逆。知らない土地に入ってきたら、昔のコネを頼りたくなるでしょ?」


 確信を込めてテーダは言った。


「撒き餌の役割は、家令さんにしてもらいましょ」


 晴れがましいその顔。

 多分、俺も同じ顔をしていただろう。


 さすがに資料の山との格闘は、もう勘弁して欲しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る