第8話3部 無垢と魔性
「いや。アレは無いな。流石に」
お見舞い終わって日が暮れて。自室に戻ってリラックス。
開口一番つぶやいた。
「いえ、主殿。そういう訳にもいきません」
「そうですわね。アネイラが言うならば、これで終わりという事はございませんわ」
そして、普通に部屋の中にいるヘリアディスとエリュアレイの二人。
ちょっとごめん二人とも。
一度着替えたいんですが。
「むしろ。主殿の名声が上がる事は私達としても喜ぶべき事だな」
「ええ。エリも感動に打ち震えておりますわ」
無言で立つ俺に、姦しく笑い合いながら二人はいそいそと手を回す。
手慣れた仕草でトレンチコートを脱がせてくる。
エリュアレイの長い身体が巻き付いて、ベルトをカチャカチャと外してくる。
「いや、無いだろう。俺が勇者様だなんて。大食いくらいしか芸の無い男だぞ」
「それが何より強さの源である土地ですので。ここは」
「『健啖』の美徳にこれほど相応しい方もおられませんわね」
二人揃ってにっこり笑う。
顔立ちは全然違うのに、笑う顔はそっくりだ。
「でも。それなら升伝師匠の方が……」
わざわざ転生してきたのだから。
神とかそういうのの意志が関わっているんじゃあないだろうか。
「事実。エリがこちらに旅立つ前は、最有力候補と目されておりました」
「ですが。先頃一騎打ちで勝った方がおられるのですよ」
そうだった。
もしかしてあの爺。
俺に役割押し付けるためにやってきたのか?
思い出してみれば、終始押されムードだったし。
最後で手加減された感は否めない。
「そういう事で。俺は違うと思うんだ」
「主さまがどう思うか。ではございません。民草がどう思うかが問題ですの」
「そして、主殿が何を為すか。ですね」
何を為すか、かぁ。
と言っても今は街の発展で手一杯で、別の事に手を出す余裕は無い。
ぶっちゃけ喧嘩も嫌いなんだ。俺は。
なので、敢えて神様相手に喧嘩を仕掛ける気にはなれない訳で。
「そうなると、これから忙しくなりますね」
「挑戦者も増える事でしょう。楽しみですわ」
「……そうなのか?」
勇者とか英雄なら、国とか教会とかから援助が来そうなものなのだけど。
そういうものでは無いのか?
その時だった。
「市長さま~。お客さまが……あ」
音を立てて、自室の扉が開いたのは。
廊下側にはしまったという顔のシータ。
「……お客さまにはお待ちいただくように言っておきますねー。それじゃ、ごゆっくり」
「しないから!」
慌ててワイシャツのボタンを閉める。
ベルトを締め直し、背広を羽織って外に出る。
「主さま。トレンチコートを」
ヘリアディスとエリュアレイの二人も、数歩後ろについてくる。
「それで。どういう客なんだ? こんな時間に」
「それが、派手な頭のオークのお客さま方で。アネイラさまの紹介だって」
派手な頭のオークねぇ。
オークというのは色素が薄い。
基本的に陽に当たらないからなのか、それとも色素が薄いから陽に弱いのかは分からない。
そのせいか、地味めな色合いを好む傾向がある。
バ・ザムさんなんかは良い例だ。
ねずみ色のスーツに帽子。
サングラスがあったら、好んで着けていそうな感じ。
派手な頭というと、ちょっと違和感がある。
「アネイラの紹介と、その者がそう言ったのか?」
「いえ。アネイラさまも一緒です」
それは紹介と言うよりは。
「アネイラ。早速引き連れて来ましたわね」
「まったくあの娘は」
「え、どういう事?」
納得顔の二人。
なんだか嫌な予感しかしない。
「行って見れば分かりますわ」
済まし顔のエリュアレイ。
ヘリアディスはと言うと、視線を反らして上を見ている。
「あー、はいはい。市長さまお越しです~! 静かに! 静かに~!」
玄関前の待合いロビー。
そこにひしめく男たち。
「こりゃあまた。濃いなぁ」
大柄な身体に豚みたいな顔。そこまではよく知ったオークの姿。
本来白っぽい身体を覆うのは、赤茶けた剛毛で。
肌の色も黒々としている。
口からは牙なんかが生えている。
剥き出しの腕には、髑髏とかドラゴンとか銃とか剣とかの入れ墨がびっしり。
針金みたいに突き立った頭髪は、色とりどりに染められている。
どう見ても、世紀末の荒野でヒャッハーしている人たちだ。
トゲトゲのついた肩パットがよく似合う。
アイパッチやホッケーマスク、モヒカン頭の者もいる。
バイクで空を跳んでいそうだ。
それがロビーを埋め尽くす勢いでひしめいている。
男臭くてむせ返るようだ。
「突然の訪問、ご容赦を。我ら戦闘部隊ウルク=ハイ。ただ今馳せ参じた次第!」
ビシィッ。
と音がしそうな勢いで、先頭の一人が直立姿勢をとる。
次いで、他のオーク達もそれに従う。
口調はまるで軍人で。
そういえば、竜皇国の前元帥の直下の部隊がウルク=ハイと言ったはず。
アネイラの紹介で、増援として来てくれたとか。
そういう事なのだろうか。
どんなコネがあって……?
「待っておりましたわ、市長さま。この通り、精鋭ウルク=ハイ三十名。一人ひとりが『七辻の神』の熱心な教徒であり……」
寄って来たアネイラの顔はどこまでもにこやかで。
「全員が、『健啖』の
邪気も嫌味も無い顔で言ってくる。
「既に、わたしと『七辻の神』の名に於いて。挑戦は了承しておりますのでご安心を。それでは。
精鋭オークを相手に、三十人抜きをしろとおっしゃるか。
突然なにを言い出すのだろうか、このお嬢様は。
「またアネイラが始まりましたわ」
「彼女はぶれませんね」
納得顔のそこの二人。
知っているなら先に言ってくれないかなぁ。
「ああ。わたしが与える試練で市長さまの名声が、徳が、位階が上がります! 名実共に
ああ。
この娘も、やっぱりあの二人の同類なんだなぁ。
「アネイラは親友ではありますが。あの趣味には正直引きますね」
「あの娘のために人生を棒に振った殿方がどれほどいらっしゃることか……」
「ちょっと大袈裟ですよ、お二人とも。わたしはすべての方々が
アネイラは無垢な笑顔で微笑んだ。
ああ、あれか。
魔性の女という奴か、この娘。
鼻息荒く、今この瞬間にも襲いかかって来そうなウルク=ハイの皆様。
この魔性に魅せられちゃったんだろうなぁ。
血走った目も、今では別の意味を醸し出している。
男というのは悲しい生物だ。
女には勝てない。
悲しい。
「苦労してるんだなぁ。君らも」
「いえ! 我ら戦闘部隊ウルク=ハイ! 『七辻の神』の教えに相応しからんとしているのみであります!」
チラチラとアネイラの方を見て。
微笑み返されると、得意げに胸を張る。
全身で、そうは言っていないと言っている。
「俺も流石にこの数相手に大食いという訳にはいかない。なので、
シータが林檎を一つ手渡した。
大きさはこぶし大。
俺のイメージする林檎とは一回りくらい小さい。
赤みが深く、身も硬く、見た目より重い。
鼻に通る爽やかな香りは、酸味の強さを物語っている。
野生種に近いやつだ。
皮も分厚く、実そのものの硬さも相当なものになるだろう。
「ええ。勝負、願えますかな?」
「ありがたいね。じゃあシータ。開始の声、頼むよ」
シータは準備万端整えて。
手にはどこから出したのか、いつもの拡声器が用意されている。
戦を告げる角笛のように。
拡声器を高く掲げて。
シータの声が響き渡る。
「それでは!
ガシュリ。
音を立ててウルク=ハイは林檎を齧る。
同時に俺の果物ナイフが閃いた。
ウルク=ハイの一口で林檎の半分が口の中に消える。
ゴリゴリと音を立てて硬い実と皮を咀嚼する。
林檎が回る。
くるりと回る。
一回り。
二回り。
舞うように回り。
身を包む厚い皮が。
はだけるように。
花開くように。
爽やかな香りを漂わせ。
甘酸っぱい甘露を滴らせ。
その実のすべてを露わにする。
「いただきます」
剥き出しの林檎に両手を添えて。
合掌。
その手がずれる。
ずれるに合わせて実もずれる。
一つの林檎が半分にずれ。
さらにそれが二つにずれ。
それがさらに半分に……。
すでに林檎は八つに割れていた。
「ムガッ!?」
硬い皮に苦闘しているウルク=ハイ。
その目が驚愕に見開かれる。
ようやく皮を呑み込んで。
二口目を口に入れようとしたその瞬間。
「ごちそうさまでした」
八欠けの林檎は。
俺の腹の中に消えていた。
「……なん……だと?」
「それでは、次の方どうぞ」
さて、あと二十九個か。
……夕食にしても多いなぁ……。
「まあ。まあ。まあ。素晴らしい。やはり市長さまはわたしの
「ちょっと待てアネイラ! わたしのとは何だわたしのとは! 主殿は私のだ!」
「エリの事も忘れては困りますわ。ねえ、主さま」
とりあえず。
その字の通り姦しい娘たちには。
後でちゃんと言っておこうと思った。
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