第7話4部 勝手知ったる奴との遭遇

 巨大飛行船が着陸しようとしていた。


 楕円形の巨大な船体。

 周囲を光精フォトンの灯りがぐるりと囲み。

 夕暮れ時の丘の上。

 一際大きな光の柱が、着陸地点を指し示し。


 それを、押し寄せた人の波が固唾を呑んで注目している。


 まるで、昔見た映画のようだ。

 シンセサイザーのあの音が、俺の耳にも聞こえて来るようだ。


 そして、地面に着いた船の扉が開く。

 溢れるように光が差して。

 人形のシルエットが浮かび上がる。


 さて、未知との遭遇だ。


「おいテメエ! 誰に断ってこんな所に出てきてやがんだよ!」


 先鋒に出たのはミノタウロスの親分さん。

 得物のでかい斧を担ぎ出し、唾を飛ばして威嚇する。


「いやいや。こいつァ結構なお迎えだ。イヤハヤまったくご苦労さん」


 出てきたのは十人ほど。

 その先頭にそいつはいた。


 背は低い。

 身体も細い。

 十四と言うのだから当然か。


 薄茶色の髪の毛に、鼻筋通った整った顔立ち。

 派手さは無いが、良い生地を使った、身体に合った服と靴。

 瑞々しい肌は栄養しっかり行き渡り。

 ちゃきちゃき歩く足並みは、確かな教養を感じさせる。


「そういやぁ。ここんちの市長様が、誰か探しているってぇ話しだが」


 そして懐から扇子を出して。

 大きくまん丸のタレ目と丸い顔を示して見せる。


「ソイツぁこんな顔じゃなかったかい?」


 こいつだ。間違いない。

 このタヌキ面は、百代過ぎても忘れない。

 師匠共々、何度苦労させられた事か。


「升伝師匠!」

「おう、トレンチコートの。こんな所で出会うたぁ、まったく渡世の定めは分からねえ」


 よく通る声。

 俺の知ってるあの声は、酒で潰れて掠れていたが。

 口調と呼吸は変わらない。


「まったくです。師匠の葬式上げたのは俺ですよ」

「おう、あん時ぁ世話になったなぁ。つっても位牌から見てた訳でもねえが。まま、葬式の借りは後でゆっくり返すとするさ」

「お、おい!」


 がなる親方の脇を抜け、『時そばの升伝』はこちらに歩む。

 止めようとした親方は、後ろのお付きに無言で止められ。


 俺の前にて完璧な一礼。


「ヌレソル市長様とお見受けいたします。せわしき御身を煩わせぬよう、ご無礼どうかお許しを。それでは僭越ながら、先に名乗りをさせていただきます。わたくし産まれはマーナーン魔王国。サルバドレ家の第一子。シェイデン・サルバドレと申します。無学無礼なる輩ゆえ、平にご容赦願います。よろしければ、平に、平に、お控えお願い奉る」


 頭を下げたそのままで。

 流れるような仁義を切った。


 イヤハヤまったく、この人は。

 実に本当に面倒くさい。


「……師匠。仁義を切るなんざぁ。あんたの時代でも、古参のやくざもやってねえだろ」

「ケッケッケ。こいつが結構ウケがいいんだよ。貴族ってのはチョロいもんだよなぁ」


 上げた顔は、いつもの意地の悪い顔。

 人を化かしたタヌキの顔は。

 多分こんな感じだろう。


「それより聞いたぞ、トレンチコートの。てめぇ出世しやがって。それに何だ、こぉんな美人を何人も侍らしやがって。チクショウ、あたしにも一人くらい分けやがれってんだ」

「あんた。酒と女で身を持ち崩したんじゃあないですか」

「ハッ! 酒は止めたよ。女くれぇいいじゃねえか」

「そういう問題じゃねえよ。つうか、十四で禁酒もクソもねえだろ」

「ケチケチ言うなよ市長様。富める者は貧しき者へ。モテるものはモテ無い者へ。与えよ捧げよってキリスト様も言ってんじゃねえか」

「どこの聖書にもそんな言葉はねえだろ」

「あれぇ。あたしが見た時にゃぁ載ってたんだけどなぁ」


 駄目だ。

 口から産まれたこの人に、言葉で勝てる気がしない。

 ああ言えばこう言う。

 こう言えばああ言う。

 べらべら喋って、気付いた時は相手のペースだ。


「まあいい。折角あたしが来てやったんだ。飯くらいはおごれよトレンチコートの。そうだな、こーゆー所は蕎麦が美味えんだ、蕎麦が。熱いところを目一杯頼むぜ」


 馴れ馴れしく身を寄せて、腰辺りを肘でつついてくる。

 まったくこの人には敵わない。


「はいはい。用意させますよ」

「二八のいいとこ頼んだぜ。間違っても……」

「十割なんかは田舎の蕎麦だ。でしょう?」

「そうだそうだ。あんなモンは馬でも食わねえ」

「あれはあれで好きなんですがねぇ」

「あたしは嫌いなんだよ。客が嫌いなモンを出すんかい?」

「出さねえってんだろ。黙ってついてこい」

「そいつは無理って注文だ。あたしゃ口から産まれて来た事くらい、おめえも知っちゃいるだろう?」


 道中ずっとべらべらと。

 あっちはアレだ、こっちはコレだ。

 あっちの料理はこれが美味い。

 こっちの料理はここが美味い。

 そんな話しが延々続く。


 後を付けてくるお付きの面々が、心なしか安心しているのは。

 多分、飛行船の旅の間中、この調子で喋り続けていたのだろう。


 まあ、この人なら有り得る事だ。


「おう。ここがおめえのお屋敷かい。なかなか悪くねえんじゃねえの?」


 屋敷に着く頃にはすっかりごきげんだ。

 昔は酒が入っているからこんなんだと思っていたんだが。

 酒が入ってない方が、元気が続く分タチが悪い。


「そんで。何しに来たんですか?」

「つれねえなぁ。昔なじみが来たってのによ」


 屋敷に入りホールに通し。

 シータに蕎麦の用意を申し付け。

 その間も、『時そばの升伝』……いや、シェイデンの口は止まらない。


「まあいいさ。政の不肖の弟子がこっち来たっつうから。様子を見に来てやった。……ってな事言っても信じやしねえだろ? 実際そんなモンじゃねえさ。やる事ぁ一つ。宣戦布告って言う奴よ」

「まあ。その辺は分かってましたが」


 ずらずらと、人並みが続いてやってくる。

 俺の部下達。

 シェイデンのおつき。

 それから、丘に集まった住民達。


 集まって。

 俺たちの回りに人垣を作る。


「で、始めるかい?」

「理由くらいは聞かせて下さいよ」


 やる気満々のシェイデンに、顔をしかめて見せる俺。

 どうあっても、彼のペースは崩せそうもない。


「なァに、大した話じゃねえよ。あたしん家がここの開拓に乗り出した。別におめえらの土地を奪う気はねえが。その内、触れただ入っただ。痴漢騒ぎみてえな事になるだろう? だからよ。先にやっとくんだよ」


 タヌキ面を斜めに見上げ。

 ニヤニヤ笑いを見せながら。

 じっ、と俺の目を睨む。


「どっちが上につくかをな」


 いいだろう。

 いいじゃないか。いいじゃないか。

 決着だったらつけてやる。

 師弟続いた数十年分の、因縁をまとめて返してくれる。


「あまり。大人を舐めるなよ、ガキが」

「へっ。師匠の背中でびびってた奴が良く言うぜ」


 ぺっ、と床に唾を吐く。


「そいじゃ早速始めっか。お題はこっちで用意したぜ」

「なんだい。また蕎麦か?」

「それじゃ不公平だって言うんだろう? おめえら師弟はいつもそうだ。だからお題はちと違う」


 お付き達が、黒塗りの寿司桶を持ってくる。

 ホールに一つ置かれたテーブルに、その寿司桶が五段六段、七段八段と重ねられていく。


「江戸前ってぇ訳にゃあいかねえが。旅の途中で用意した、近海モンのいいとこだ。味の方は保証する。さて、こいつで負けたら言い訳なんざ出来ねえよなぁ」


 マグロにコハダ、イカタコホタテにウニイクラ。カッパと赤貝ギョクもある。

 見事な寿司のメニューであった。


「さっきのちっさいお嬢ちゃんに。蕎麦は後で喰うって言っといてくれ。そいじゃ早速始めっかい」


 テーブル前に椅子を置き。

 そこに正座し、扇子を出して。

 シェイデン。いやさ、『時そばの升伝』は宣言す。


「【暴食フードファイト】開始だぜ」


 ぴん、と通ったその姿。

 高座に立ったあの時と、一つも変わりはしなかった。


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