第6話5部 戦い終わって日が暮れて

 夜闇に浮かぶ篝火と。

 響き渡るは太鼓の音色。


 酒と喧嘩と喧騒と。

 囃すの音色は山河に響く。


 今日はハレの日、祭りの日。


「いやはや。一致団結すると凄いものですね」

「もとよりこのような事を得意とする者たちであるからな」


 トロウル達は手を叩き、唄い、踊る。

 優れた肉体を持つ彼らにとって、己の肉体こそが最高の道具。


 蜥蜴人リザードマン達は、一糸乱れぬ仕草で太鼓を叩く。

 団結と連携こそが彼らの誉。

 昂ぶるほどに酔うほどに。

 群れは一つになっていく。


 陽気に響く笛の音、お囃子、勢子の声。

 祭り囃子の主役は蛙人フロッガー

 騒ぎ唄い、喋り楽しむ。

 それらはすべて、彼らの得意。


 並んで火の粉を上げる篝火は、大河の流れの上に浮き。

 踊り狂う足場も櫓も。

 皆の協力で組み上げた。


 トロウルはその力と肉体で。

 蜥蜴人リザードマンはその連携で


 特に力となったのは蛙人フロッガー達だ。

 定住生活を好まぬ彼らだが。

 同時に無駄な努力も嫌うのも彼らだ。


 故に彼らは息をするように工夫する。


「ちょいと楽をしちまおう」


 そう言って、器用に道具を作って楽をする。

 櫓や足場、篝火を組んだのは蛙人フロッガーだ。

 正確には、蛙人フロッガーの音頭を受けたトロウルと蜥蜴人リザードマン達だ。


 こいつはまさしく一夜城。

 墨俣境川の奇跡の再現だ。


 三本の矢の故事の通り。

 一つの個性で為し得ぬ事も。

 三つの個性を合わせれば、奇跡も起こしてしまうと言うことか。


「さあさあ、フルルツゥクさま、市長さま。食ってくだせえ飲んでくだせえ。祭りはまだまだこれからですだ」

「一番の出し物は、ちょいと苦労させられましたぜ」

「皆の努力の賜物でございます」


 一際大きな篝火が、川上からスゥと降りてくる。

 筏に乗せた大きな櫓。

 煌々と燃える提灯と篝火。

 四方八方には飾り布が乱舞して。

 櫓の回りを蛙人フロッガー達が笛に太鼓に囃子にと、唄い踊り狂っている。


「ごめ”ん”な”さ”い”。も”う”い”た”し”ま”せ”ん”~!」


 そして、その中心に。

 磔にされたエルフの美女。


 それを中心に。

 カバとトカゲとカエルが踊るその光景。

 まさしく異形の盆踊り。

 いにしえの娯楽映画のワンシーン。


 活劇映画であるならば、ここでヒーロー参上の光景だ。


 しかして、その姿に悲壮感が見られないのは。

 ベッピンの声色の間抜けさ故か。

 首から下げた木札の『私は自分の悦びのために事態をややこしくしました』の文字故か。

 はたまた、意外なくらいに丁寧に作った。彼女の足場の作り故か。


 皆が皆、加減というものがよく分かっていて微笑ましい。


「どぼじでわ”だし”だげごん”な”ぁ~!」


 いやぁ。

 エンターテイメントを分かっている主賓で有り難い。


 ガチ切れされると、さすがに心から楽しむ事は難しいし。

 可愛そうになってしまうし。

 悪態をつかれると、むしろ憎悪が増してしまうし。


 その点、彼女はよく分かっている。

 皆を一致団結させる生贄の役割を、分かってちゃんとやってくれている。


「本当に有能な人ですねぇ」

「これはこれで、本望であろう」


 はっはっは。

 毎年の風物詩にでもしてしまおうか。

 もちろん、簀巻きにされるのは藁人形かなんかで。

 祭りのクライマックスに火をかけるとかいいかもしれない。


 炎は心を落ち着かせ。

 そして人をトランス状態に導くと言う。


 祭りと炎は切っても切れない関係だ。

 ウィッカーマンや送り火だ。


「と、言うのはどうですかね。ベッピンさん」

「わたくしを燃やす気ですか! この鬼! 悪魔! 鬼畜!」


 祭囃子に遮られ、どうにもちゃんと伝わっていないらしい。


「来年の祭り計画を今から作らせるとしようか」

「いやぁ。それはいいですねぇ」


 祭りの盛り上がりは最高潮。

 飲めや歌えの大騒ぎ。

 市長も貴族も淡水の民も。

 一緒になって踊り狂う。


 と。


「……あの……」


 ぽそり、と小さい声がした。

 聞こえてきたのは偶然だ。


「その……あの……」


 磔になったベッピンが、赤い顔で見下ろしていた。

 唇が震えている。

 耳まで赤い。

 目が泳いでいる。


「どうしました?」


 よく見ると、脂汗を流していた。

 ぽう、と甘い匂いが広がる。


「そう言えば、この匂いはなんなんですかね?」

「知らぬのか? エルフは結構体臭が強くてな」


 フルルツゥクから明かされる意外な事実。

 ほほう。

 つまりこの匂いは彼女の体臭ということになる。

 俺は以前から。

 散々っぱら、彼女の体臭を嗅がされていた事になる。


「臭くないです!!」

「と、主張するので敢えて言わぬようにはしておるが」


 言われたエルフは顔真っ赤。

 流れる汗もダラダラと。

 匂いはさらに増していく。


「いい匂いだと思いますが」

「エルフが出すのは森に馴染む匂いであるからな。陸の連中には好ましかろう。とは言え、海に棲む我らにはちぃっとばかし慣れぬ類の匂いであるな」

「臭くないって言ってるじゃないですか!」


 どうあれ、エルフのプライドには。

 体臭が強いという扱いは許せぬらしい。

 とは言え、実際良い匂いがするのだから、それはそれで良いと思うのだけれども。


「まだ青い林檎みたいな匂いで好きですよ」

「屈辱です! 屈辱です!」


 ちょっと本気で怒っている。

 祭りの空気に水を差すことも無いだろう。

 彼女の足元まで行って、そっと話しを聞くとしよう。


「わかりました、謝りますよ。それで、どうしましたか?」

「あ……今近づくのは……」


 甘い匂いが濃くなる。

 ぽたぽた落ちる脂汗が、まるで香水のようだ。

 ベッピンの端正な顔がひくつきながら歪んでいく。


「あの。ちょっと下がっていただけませんか?」


 磔台の足元に近づくと、苦悶に歪む顔がよく見える。

 これはちょっと、やり過ぎたかもしれない。


「ちょっと皆、集まってくれ。様子がおかしい。体調が悪いのかもしれない」


 あちゃー。だの、やっぱやりすぎだっただの。

 お前の櫓の組み方がおかしいだの、お前の縛り方が悪いだの。

 勝手な事を言いながら、男衆がやってくる。


 かちかちと。

 歯の根が震える音がした。


「……ぃぇ……か……の……ょっと……」


 声はもう、言葉になっていない。

 これはまずい兆候か。

 顔は紅潮を通り越して青ざめている。

 脚は力なく。

 内股に崩れかかって。

 縛った綱でなんとか柱に繋ぎ止められている。


「早く! 道具持ってきて!」

「固ってえ組み方しやがって。綱か柱木切るしかねえぞ」

「柱切ってる場合かよ。綱切れ綱」

「足場バラすぞ。ちょっと離れろ!」


 われもわれもと。

 男衆が集まって、彼女を救うために集まって。

 足場を削り、綱を切り。


 作業で揺れるそのたびに。

 ベッピンの顔が赤くなったり青くなったり。

 簀巻きの身体が芋虫みたいにもぞもぞ蠢く。


「ちょっと揺れるぞ。しっかりしがみついていろ」

「もうちょっとだ。頑張れよ」

「簀巻き剥がすヒマはねえぞ。綱切れ綱を」


 どん。

 と音を立てて柱が倒れる。


 ひぃ。

 と小さく悲鳴が上がる。

 簀巻きのままに、腰を屈めて震ている。


 すぐさま刃物が簀巻きを切り解く。

 纏わりついた黒衣を千切るように脱がす。

 胴回りを締め付けるコルセットを、解いて緩めて。


「今、薬師の所に連れて行きますから。もうちょっとだけ我慢して下さい」


 横抱きに持ち上げる。


 長身のエルフの身体は思った以上に軽かった。


 柔らかい肌の感触と。

 火照った肌の熱量と、汗の湿度と。

 香り立つ果実のような体臭と。


「……あ……」


 至近距離で。

 宝石のようなエルフの瞳と視線が合って。


 緊張し震えたその視線が。

 抱き上げた瞬間に。

 茫洋と宙に泳いで。


「ああああああああああああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”~~~~~~~っ」


 ばしゃあ、と。

 吹き出す水音が響いて。

 ぬるい雫に両手が濡れて。

 エルフ特有の匂いが、むわぁっと広がって。


 これは。

 これは。

 これは。大変なことになってしまったぞ……。


「デラはもうお嫁に行けません!」


 彼女の慟哭は。

 祭りの夜空に響いていた。

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