第6話3部 高慢と偏見とトカゲ

 蜥蜴人リザードマンは背が高い。

 前傾姿勢で2メートル近くある。

 しかも首が長い。


 それが無理して直立姿勢をとると、やたらと高い位置から見下ろされる事になる。


「よい、よい。このような新天地で畏まるな」


 対するフルルツゥク氏はお馴染みの金魚鉢。

 よほど急いでやってきたのか、水は三分の一近く溢れて、鉢もところどころが欠けている。

 台車担当のお付きの人も、荒い息で台車にしがみついていた。


「はっ! フルルツゥク様にあってはご機嫌麗しゅう。我らドゥク氏族、御尊顔に拝する事出来、まことに恐悦至極!」


 そして、蜥蜴人リザードマン達は全然直っていない。

 直立姿勢そのままだ。

 硬いなぁ。


「これくらいが本来の淡水どもの立場なのですよ」

「それを払拭するために新天地を目指したのだぞ。趣旨を理解してくれぬものかな」


 ベッピンはいつもどおり。

 蜥蜴人リザードマンの用意した敷物に横たわって仰け反っている。


「それで、事情を伺いたいのですが」

「はっ! それでは説明させていただきます! 市長殿!!」

「いや。だから姿勢を戻して下さいって」


 俺に対しても丁寧過ぎるこの扱い。

 腰の低さに定評のあるこの俺。

 まるでペースが乱される。

 やり辛いなぁ。


「あー。市長殿も頭を低くするのは止め給え。蜥蜴人リザードマン達が直れん」

「あ、そうですね。お互い恐縮してばかりでも居心地悪いですしね」

「……あー。いやいや。そうでなくてだな。陸の者には分かりづらいか」


 はて。

 何か違和感があったんだが。

 やっぱり粗相をしていたのか。


「陸の者たちの言う貴いたかいというものを。我らは『深い』と言うのだ。まったくもって前時代的な価値観ではあるが、深きもの程、下にあるもの程偉い。そういう思想である」

「深き方。ですか」


 そういえば、トロウルがそんな事を言っていた。

 だから皆、無理して直立姿勢をとっていたのか。


「淡水種が被差別民というのも、結局はその程度の事。海水種と淡水種は同じ水で棲む事すら出来ぬ間柄。その在り方に貴賤などある筈がなかろうに」


 金魚鉢の中でフルルツゥクは触手うでを組む。

 そういえば、話している時はいつも、彼は金魚鉢の縁まで顔を出している。

 竜皇国では貴族階級にある彼が、『顔を上げて』いるわけだ。


 こちらが気付かぬ間に、相当に気を使わせていたらしい。

 異種族交流という奴はこれだから難しい。


「下らぬ迷妄を信じる輩はこう考える。河川池沼よりも海。海の中でもさらに深海。そして最も尊きものこそが、その深海の底に御わす永世始原深淵竜皇エターナルエンシェントエンペラーシャドウワームだとか何だとか。下らぬ。まことに下らぬ!」


 二本の触手で腕を組み。

 二本の触手で金魚鉢の縁を掴んで身を持ち上げて。

 その他の触手をブンブン振り回してエキサイトしている。


 なんというか、実に器用な怒り方だ。


「陛下は何よりも尊き方である事に間違いは無い。それは、竜皇国を立ち上げ、幾多の民草を守り、救ってきたからに他ならぬ。その行いが尊いのだ! 愚か者どもは、何故それが分からぬのか!」


 まいったな。

 凄く良い事を言っている。

 言っているんだが、正直今はその時じゃない。

 人種差別も問題だけれども、今はそういう場合じゃない。


 志高くこの地を目指したというのは分かるんだけどなぁ。


「その連中を見返すためにも、ここで皆で頑張りましょう。そのためにも、河の民の皆で協力していただく。それでいいですかね?」

「はっ。ご命令とあらば、いかようにも」


 ご命令だから。じゃないんだよなぁ。

 正直、完全に余所者である俺にとっては、差別も迷信もどうでも良いわけで。

 しかもここは新天地。

 すべてを新たに作り上げるフロンティア。

 いらぬものを投げ捨てて、一からやり直す絶好の機会のある場所だ。


「自分の得のために。苦労や面倒を頑張る。それじゃ駄目ですかね?」

「自分の得。ですか」


 蜥蜴人リザードマンのまん丸い目が、さらに大きく見開かれた。

 ぐるりと、長く伸びた頭を巡らせて。

 そこには何もない中空を、見通すように睨みつける。


 ぐるぅ。と喉の奥が鳴っていた。


「自分の得。ですか」


 もう一度、言った。

 噛みしめるように。

 思い出すように。


「そもそも。なんでトロウルと仲違いしていたんですか? 蛙人フロッガー達が合わないというのはなんとなく分かるんですが」

「あいつら! あいつら汚いんですよ!」


 居並ぶ蜥蜴人リザードマンの、少し小柄な者が口を出す。


「おい、失敬だぞ!」

「でも……」

「いいからいいから。何が汚いんですか?」


 やっぱり、トロウルにとって都合の良いルールとか言い出したのか。

 と言っても、トロウルが特別悪いとも思わない。

 人間、自分にとって都合の良い事しか言わない、ってのは真理だ。

 それに一々拘らず、全体の幸せを考える。

 為政者ってのは、そういうのが必要なんだろう。

 多分。


「あいつら。身体に獣脂を塗ってるんですよ! いつも!」


 そっちか。


「臭いんですよね。あいつら」

「体臭キッツいのに、腐った脂でそれが加算されてもう」

「というか、脂とか信じられ無いですよね」

「ギトギトしてて見た目が悪いって何度言っても聞かないし」


 生活習慣の方だったか。


「トロウルは皮膚の保湿や保護のために獣脂を塗る習慣があるのだが。これが他種族には評判が悪くってな」


 まあ確かに。

 時間をおいたら臭いだろうしなぁ。

 そもそも体臭とかキツそうだしなぁ。

 そりゃあ、評判も悪くはなるだろうなぁ。


「身体に塗る油は、獣脂じゃなくてオリーブオイルでしょうに」

「そうだそうだ」

「臭いにも気をつけよというのだ」

「まったく、これだからトロウルどもは」


蜥蜴人リザードマンは鱗の保護のためにオイルを塗る習慣があってな。塗るオイルにもこだわりがあるのだ」


 これは、宗教論争というやつではないか。

 俺も昔、よく巻き込まれた。

 きのことたけのことか。

 巻き込まれて、痛い目にあった事は一度や二度ではない。


 これは解決出来ない問題だぞ。


「しかも。しかもです。取りまとめ役を決めるレスリング勝負でも奴らは獣脂をべったり塗ってきて!」

「あれは汚い!」

「汚い! 触りたくない!」

「ヌルヌルするんだよ!」

「まともにやれば我らが勝っていたのに!」


 気付けば畏まった空気は消えていた。

 蜥蜴人リザードマンの中にある緊張もほぐれていた。

 本国の貴族階級の人がいる事等は皆忘れている。


「やっぱり、共通の敵がいると団結感が違いますね。愚劣なトカゲらしい話です」


 ケッ、と唾を吐き捨てるような顔で、しかし無理矢理笑い顔を作っているような。

 そんな微妙な顔のベッピン。


 そんな仲の悪い連中を一箇所に集めたのはどこの誰だったか。

 連帯とか協力とかって言葉、嫌いなんだろうなぁ。

 まるで、追い詰めらかけた悪代官のようだ。


「……ん? 共通の敵……か」


 ぽん、と手を打った。

 こういうやり方もあったか。

 ちょっと強引なやり方ではあるが。

 やってみる価値はあるだろう。


「市長殿。何か思いつかれましたかな?」

「経験上、こう言う感情を解決する方法はありません。敢えて言えば時間をかけて慣れて行くしかありません」


 何をいまさら。

 そんな顔をフルルツゥクがする。


 慣れると頭足類の顔色が分かるようになるもんだ。


「ここは、この地の流儀に従い【暴食フードファイト】で解決しましょう」


 指を立てる俺を、不審そうにフルルツゥクが見上げていた。

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