第6話1部 大河の一滴。地の一歩

 物事は一つ動き出すと、一気に良い方向に走り出す事がある。

 一度動き出した歯車は。という奴だ。


 野を越え山越え谷を越え。

 流れる大河の水音が聞こえる所までやってきた。

 今歩いている所ですら、ごうごうという音が響いてくる。

 角を曲がったその先に、河が流れているのではと、何度も思わさせられた。


 道のりは、思ったよりも平坦だった。

 何度も旅を共にしたロバさんも、今日ばかりは楽そうにしている。


「いやぁ流石は市長さま。一つ領地を広げたと思えば、周囲が纏めて恭順を示すとは。まさしく人徳の為せる技でございますねぇ」


 俺の横を歩いているのはベレグリン。

 高い位置にある腰を、折り曲げるように低くして。歯を剥き出しにして笑っている。


 完全無欠に整った顔が、あからさまな追従に歪む様子。

 馬鹿にされているようにしか感じられない。

 しかも、それが分かってやっている。

 分かられている事が分かってやっている。


 エルフというのは、そういう面倒くさい存在なのだと言う。

 面倒くさい。

 面倒くさいぞ、これは。


「好事魔多しとも言いますから気をつけたいですよね」

「いえいえいえいえ。大きな車輪は一度動き出すと止まらない。そう申します。市長さまの器であれば、これからどんどん加速していく事でしょう」


 気をつけろ、車は急には止まれない。


 そんな標語が頭をよぎる。

 よぎるような顔をベッピンはしている。

 ここいらでは、実にエルフらしい顔らしい。


 俺のイメージするエルフってのは、ティンカーベルみたいな感じだった。

 もしくは、サンタが配るプレゼントを作っているとんがり帽子の小人。

 俺のエルフ観を返してくれ。


「それで。次の目的地は……」

「次はもう、大河近郊に到着いたしますわ。しかも、すでに我らが竜皇国からの移住者の集落となっております。ええ、これはもう。結果を見るまでも無く、勝ちましたわね」


 勝ったって何だ。

 後、別にうちの市は竜皇国と関わりは無い事になっているぞ。

 一応。

 名目上は。

 そうだったらいいな。


「大本の話として。バ・ザムさんがデ・ヴゥ閣下を名乗ったのが良い結果を生みましたわね」

「ちなみに、ベッピンさんはその頃からの付き合いでは?」


 俺の問いにベッピンはにっこりと微笑んだ。


「ええ」


 本当に嬉しそうだ。


「知っていたのですよね」

「知っておりましたよ。全部」


 けけけけけけけけ。

 と、奇怪ないきもののように笑うベッピン。

 心底楽しそうだ。


 長生きをした犬猫が妖怪になると言うけれど。

 この人らを見ているとそれも頷ける。

 人間も長生きしすぎると妖怪になるのだろう。


「ともあれこうして、竜皇国の偉光を利用出来。さらに移住者の協力も取り付けられる。素晴らしい限りです」

「ちなみに。この事を当のデ・ヴゥさんは」

「知っておられるのではないでしょうか?」


 うわあ。

 怒られない内に菓子折り持って挨拶に行きたい。

 今、どこにいるのかも分からないのが、最大の問題点だ。

 居場所を聞いても、皆とぼけるし。


「ともあれ。協力を要請できそうな人たちなのですね」

「ええ。竜皇国から移民してきた淡水民の集落になりますね」


 淡水民。

 何とも聞き慣れない単語だが、言いたいことはなんとなく分かる。

 イワナとかフナとかそういう感じか。


「どういう人達なのですか?」

「淡水民は、実の所フルルツゥクさまの肝いりで移民して参った方々でして」


 肝いりで移民政策を行っていたのか。

 あの人もこの地に色々と思い入れがあって来たんだなぁ。


「要は被差別民ですわね」


 いきなりヘビーな所が出てきたな。


「新天地の開拓の功績と、そこで得られる富と地位で、竜皇国内での地位向上を図るという。それはそれは慈悲深いお考えの下、進行された政策なのです」

「色々と大変なんですねぇ」


 まあ、部外者からはそうとしか言いようが無いか。

 俺のところでは、差別とかは無いように努力したい。


「まあ、頑張る事にいたしましょう」


 道の角を曲がる。

 そこにあったのは海だった。


 いや、河だ。

 大河だ。

 大河だが、これは海だ。


 島国育ちの人間にとって、大陸の大河というものは想像を越えた存在だ。

 俺が見てきた川なんて、荒川だとか華厳の滝だとか、そのくらいが精々だ。


 だが、大陸の大河は海だ。

 川幅が十キロ近くもある。

 川向うが霞んで見える。

 水面は静かで、しかし水底は見えない。

 ごうごうと響く水音は、まるで波の音のようですらある。


 川幅そばなんて作ったら、ギネスブック級の代物だ。


「はてさて。迎えを用意せよと言っていたのに。まったく淡水共は鈍いのですから」


 いきなりこれか。

 これが普通の態度であるならば、平和平等というのも前途多難だ。

 その辺を、なんとか思い知らせる方向は無いものか。


「お~、本国の方ですだな。これはこれはご足労ありがとうございますだ」


 のっそりと、河原から巨大な人影が歩いてくる。

 顔がカバだ。

 身体はゴリラだ。

 そして毛が無い。

 海外の有名絵本のアレだ。


「ここのトロウル族を纏めるジ・アと申しますだ」

「ハウゼ・マリアジェ・エル・ソーラン・ペテルギウス・ヴァレリ・ディ・エイラ・ベレグリンですわ」


 トロウルが居住まいを正して直立し。

 ベッピンは膝をついて頭を下げる。

 まったく自然動作なのに、何か違和感がある。

 なんだろう。

 ベッピンにしては、なんだか丁寧過ぎるというか……。


「市長さまも頭をお下げ下さいな」

「ああはい。よろしくおねがいします」


 言われて慌てて頭を下げる。

 ジ・アの直立姿勢は変わらない。

 体系的にちょっと厳しいだろうに、頑張るなぁ。


「それでは、いつまでもこんな所で頭下げ合ってても仕方ありません。これからのお話をいたしましょう」

「へへえ。ありがてえお話で。それではこちらにどうぞ、市長さま。使者さま」


 俺が頭を上げて、ようやくジ・アは両手を地面に下ろす。


 しかしでかい。

 見上げるほどにでかい。

 身長体格共に、先の熊さんに匹敵するだろう。


 そんなトロウルが複数いるという。

 しかもこちらに協力的。

 素晴らしい。

 ベッピンが、これは勝ったと言うのもよく分かる。


「いやぁ。あっしらは河原から離れられないモンでして。お迎えに上がれず申し訳ありませなんだ」

「ほほう。それは大変ですね」


 トロウルの肌はしっとりと濡れている。

 しっとりというか、ぬっとりだ。

 ちょっと、両生類っぽい。


「乾くと肌が割れちまうでよ。割れた岩みたいになっちまうんですわ。ですんで、河原か沼か、精々洞窟ん中でしか住めねえって具合でやして」


 そういえば、カバも肌が弱くて、皮膚が乾くと保護のための特殊な汗を分泌させる。

 みたいな話をどこかで聞いた。

 トロウルもそんな感じなのだろう。

 顔も似ているし。


「だからと言って、仕事場を選ぶ等と我儘を言ってはなりませんよ。貴方達の功績が、故郷の同族を助けるのですからね」

「そんなキツイ言い方は無いでしょう。出来るだけ実力を発揮できる場所を探しますよ。皆で街を盛り上げて行きましょうよ」


 ベッピンの高飛車な態度は何なのか。

 最初の頭を下げた態度とはえらい違いだ。


「いやぁ。市長さまはお優しいお方ですな。フルルツゥクさまも市長さまも。まっこと深き方々から勿体ねえ事だぁ」

「まったく勿体無いですよ。淡水どもには」


 「深き」方々か。

 所変われば言い方も変わるものだ。

 普通は「高い」もんだしな。


 そういえば、竜皇様の居城も深海の竜宮城だと言うし。

 深い方が偉いとか、そういう感じの文化なのかもしれない。


 ……ん?


「それで? 他の淡水どもはどうしました? 蛙は? トカゲは?」

「……いやぁ……」


 ジ・アは困ったように頬を掻く。

 そういう動作はこちらと一緒か。

 きょろきょろと回りを見て。

 それから思い切ったように言った。


蛙人フロッガーは何だかんだと離散しちまいまして。蜥蜴人リザードマンは……」


 河原に集落が見えた。

 大河の上に丸太を並べた、ビーバーのダムみたいな集落だ。

 大小様々なトロウル達がダムに河原に河の中にと密集している。


 トロウル以外の姿はない。


「トカゲはどうしたのですか?」


 大河の中には中洲があった。

 河の巨大さに合わせて、中洲も島のようにでかい。

 その中州河原に、立てられたテントの群れがある。


「……目下わしらと戦争中でして……」


 槍を構えた蜥蜴人リザードマンが、中洲の上からこちらを見ていた。


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