第2話4部 大平原の白い館

 男の城と言えば何色か。それが問題だ。

 俺は断然白色。

 それも純白。

 城だけに。


 いや、ギャグじゃない。決してギャグじゃあない。

 純白は古今東西で権力の象徴だったのだ。


「いやはや。立派なお屋敷ですね」

「市民達が協力して建ててくれた自慢の館ですからな」


 デ・ヴゥが特注サイズの日傘を仕舞う。

 案内されたのは、白塗りされた木製三階建ての屋敷。

 端から隅々まで、丹念に塗られた白ペンキが真新しいくらいに輝いている。

 ペンキに浮かぶ木目がまた、良い味を出しているじゃないか。


「屋敷に戻るとほっとしますな。こちらの日差しは特に強く感じます。ほら、言うでしょう『豚は日を浴びると死ぬ』と」

「ええ。オークの皆様はそれで苦労されるとか」


 オークは日光に弱いらしい。

 強い光で目が眩み、日中に対策なしに外に出れば日焼けで酷いことになる。

 長時間ともなると、火膨れを起こして命の危険があるという。

 デ・ヴゥも、昼の外出には日傘は欠かせないと言っていた。

 メラニン色素とか、そのへんが原因なのだろうか。


「でも、それだけでは無いでしょう。落ち着く造りになるように、とても苦心されていますよ。このお屋敷は」


 館の中は新しい木の匂いが漂っていた。

 廊下も家具も歩きやすく使いやすく、端々まで配慮がされている。

 毎日の掃除が行き届いているらしく、床にはホコリの一つも無い。

 メイド姿の家政婦や、ぴちっと背広を着こなした使用人が、右や左に歩き回る。

 それでも、俺達の歩みの邪魔にならないのは訓練されているのか、気を使ってくれているのか。


 いやいや。

 あまりに丁寧で逆にちょと物足りないくらいだ。

 白塗りのオールドアメリカンスタイルともなれば、ちょっといい加減さが欲しくなる。

 打ち付けた釘が曲がっていたり、踏むと鳴る床板があったりと、そういう隙。

 或いは、お客様にもざっくばらんに話しかけるおばちゃん家政婦。

 そういう大雑把さこそ、アメリカンスタイル。


 とは言え、住んでる人からしてみれば、隙なんか無いのが一番だろうけど。

 風情や味を求めるのは、お客様の我儘なのかもしれない。


「それでは、ワシは仕事がありますのでこの辺りで。後は家令がご案内いたします」


 すす、と現れたのはダブルのスーツ姿のゴブリンだった。

 列車で売り子をしていた娘たちとは違う、禿頭で細い手足で腹の出た、昔の童話に出てくるようなゴブリン。

 日に灼けて黒ずんだ顔は皺が深く刻まれている。


「失礼いたします。ささ、こちらへ」


 しわがれ声はゆるりと落ち着いていて丁重だ。

 ベテラン執事という雰囲気。

 実に雰囲気がある。

 片眼鏡とかかけてもらいたくなる。

 戦ったら強そう。絶対に強い。

 そんな感じ。


「執事さんは、こちら長いのですか?」


 執事を先頭に、俺、ヘリアディス、テーダ、荷物持ちの使用人たちの順で進んでいく。

 知らない場所を誰かの案内で進むのはわくわくする。

 ちょっとした、冒険気分。


「ええ。市長には、この街が出来た時より仕えてございます」

「それはそれは。ご苦労なされたのですね」

「私を苦境から救っていただいたのが市長でございます。以来、大切にしていただき果報な話でございます」

「やっぱ、こっちでもそういう扱いされるゴブリンはいるのねぇ」


 ゴブリンの寿命は短い。

 五年を待たずに成人し、一生は二十年ちょっとだと言う。

 その短い時間で、何かの事を成し遂げたり、子供に何かを残せる者は僅かだ。

 だから、より力の強い種族の下で、長らく奴隷のような扱いを受けてきた。

 餓鬼のようなあの外見は、急速に成長する幼少期の、慢性的な栄養失調が原因だ。


 本来は、機敏で利発で見目よい小妖精だと知れたのは、最近の事だ。

 今はまだ、この執事のような姿の者も数多い。

 その皺の一本一本に、今までの苦労が刻まれているんだなぁ。


「……ですので」


 執事の視線が鋭く変わる。


「大恩ある市長の為ならば、この老骨、いかなる事もする所存。それはお忘れなきように」


 低く響く声。

 この人からしてみれば、俺は恩ある主の大敵だ。

 最期の奉公。なんて気持ちにもなるかもしれない。

 そういうロマンチシズムは嫌いじゃないけれど、自分の事となると勘弁願いたい。


「私もいかなる事もする所存ですぞ。主殿」

「いやらしい意味で?」

「いやらしい意味でも、ですな」


 うちの女性陣二人は本当にぶれないなぁ。

 ゲハハとか、ちょっと女性が出して良い笑い声じゃない気がする。

 蛮族系美女。

 そういうのもあるのか。

 ちょっと、俺は勘弁して欲しいのだが。


「個性的な方々ですな」

「ええ、そりゃあもう」


 俺も執事さんみたいな落ち着いた使用人が欲しいです。

 もう無理かなぁ。

 どこで間違えたんだろうか。


「お部屋はこちらで。軽食も用意いたしましたのでご賞味を。後、風呂の準備をしてございます。お好きな時にご利用下さい」


 風呂もあるのか。

 なんというサービスの良さだ。

 まるで高級旅館のようじゃないか。


「おお! 風呂があるのですか! それは僥倖」

「アタシ、一番風呂だからね!」

「私は主殿と一緒で構いませぬぞ」

「俺が構います。最後でいいです」


 女性陣は風呂がお望み。

 かく言う俺も、昼風呂には一家言あったりする。

 昼風呂は、昼酒に匹敵する愉悦のひととき。

 それは一言では語りきれない思想と作法のワンダーランド。

 そこに冷えたビールがあれば最高だ。


「ご安心下さい。男女別の大浴場になってございます故」


 いいなぁ、大浴場。

 足を目一杯伸ばせる風呂なんて、銭湯以来だ。


「それと、風呂上がりに冷えたビールも」


 ビール?

 風呂後の冷えたビール、だと!?

 この無法の大地で、何というサービス精神。

 俺はもう、風呂に入る前からメロメロだ。

 戦う前から完敗だ。

 完敗に乾杯。


「大浴場かぁ。実はアタシ、そういうの初めてなのよね」

「私の故国には公衆浴場がありましたので、作法は慣れております。お教えいたしましょう」


 女性陣もかしましい。

 彼女らにとっても風呂という存在は特別なのか。

 きゃいきゃいと楽しそうにはしゃぎ回っている。


「へー。どんなの?」

「まず、奴隷を連れて行きまして」

「ああ、それ以上はいいわ」

「ケンタウロスは、自分の手が届かない所が多いのです」


 種族ごとに色々あるんだなぁ。


「これからは主殿に洗って貰おうかと思っております」


 それは主従逆じゃないか。

 逆に洗って欲しいとか、そういうつもりは無いけれど。


「従者としてのサービスです。私の豊満な肉体を思う様にまさぐるというご褒美で」

「アンタ。実はこいつの事尊敬してないでしょ?」

「そんな事はありませんよ。そうですよね、主殿」


 仇討ちも乱暴狼藉の方便だった娘だ。

 主従の契りというのも乱暴狼藉の方便ではなかろうか。

 とんでもない娘に関わったのではなかろうか。

 やはり、男は孤独の方が良いのではなかろうか。


「とは言え、まずは部屋ですな。おお、派手さは無いが清潔な部屋ではありませんか」


 部屋もやっぱりオールドアメリカンスタイル。

 簡素で飾り気が無くて機能性一辺倒で。

 でも、そこが好き。

 牛乳シリアルと、スクランブルエッグの朝食。

 そんな感じ。


「ではテーダ殿。後ほど」

「ヘリアディスさんも別の部屋ですよ」

「私は主殿と同衾すると言ったでしょうが。家令殿、風呂の間にケンタウロスが入れる寝台を」

「承りました」

「寝台はそれ一つで良いぞ」

「承りました」

「本当に同衾なんだ」


 頼むからやめてくれ。


「じゃ、アタシも同じ部屋でいいかな?」


 テーダさんもやめよう。

 何か大変な事になりそうだからやめよう。


「皆様ご一緒でよろしいので?」

「いえ。全員別でお願いします。出来れば俺の部屋には鍵をつけて下さい」

「承りました」


 鍵を壊して入ってきそうだけど。

 ああ、俺の孤独で豊かな生活は、どこに。


 まあ、とりあえず部屋で落ち着こう。

 軽食というのを摂って、それから風呂に入ろう。


「……すみません。軽食というのは?」

「お客様には食事を出さぬように。との市長からの命でございます」


 なるほど。

 そういう手で来たか。


「お客様には、十分空腹となって、万全の体制で【暴食フードファイト】に臨まれるように。と」

「いえ、いらぬ心配です。通常通りの食事をお願いします」


 フードファイトにおいて、完全な空腹は万全の体制ではない。

 まして、三日も前から絶食すれば胃腸は縮み、血糖値は下がり、実力の半分も出す事は出来ないだろう。

 それを狙っての事だろうか。

 やはりあの市長。親切そうな顔をして中々のタヌキである。

 タヌキであるからこその、この街の繁栄なのかもしれない。


「余裕ですな。さすがは主殿」

「頑張ってよねぇ。アタシ達のこれからの生活がかかってるんだから」


 女性陣の期待も高い。

 まるでお父さんだ。

 お父さん、頑張っちゃうぞ。

 ……俺は、孤独に豊かに生きていたかったはずなんだが……。


 まあいい。


「そんな事より、お風呂の準備をしましょうか。お二人とも、自分の部屋に戻って下さい」

「はーい」

「私の部屋はここですよ」

「自分の部屋に戻って下さい」

「……承りました」


 どうして不承不承なのか。


「では、風呂場で待っております」

「待たなくていいです。女性風呂でゆっくりしてて下さい」


 女性二人を追い出して、ぴしゃりとドアを締める。

 とても疲れた。

 とにかく風呂に入ろう。

 風呂に入ってビールを呑んで寝てしまおう。

 細かい事を考えるのは後にしよう。


 荷物と上着を床に投げつけるように置いて、俺は風呂の準備を始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る