第2話3部 豚(オーク)は神に祈るのか

「この街の出自こそ、今を遡る事一年前。デ・ヴゥ閣下が【暴食フードファイト】に勝利した日に始まるのです!」


 じゃじゃーん。とばかりにウェイトレスが宣言する。

 愛されてるなぁ。

 単なる心酔ではなくて、尊敬と親しさが混在している感じ。

 そしてそれを許容出来る度量。

 立派な人なのだろうな。


「お客様がどのようなツワモノかは存じませんが、デ・ヴゥ閣下はその胃袋でこの街を創り上げたのです。その重みを知ると宜しいですよ!」

「まあまあ。落ち着いて下さい、アンヌさん」



「何を! 貴殿らこそ主殿の強さを知らぬであろう! 主を軽視する行為、このヘリアディス看過できませぬぞ!」

「まあまあ。ヘリアディスさん落ち着いて」


 なにか、外野ばかりがヒートアップしていないだろうか?

 と言うかしている。

 いかんな。

 これは悪い流れになりそうだ。

 この流れを取り返すには、どうすれば良いのか。


「困りましたな。ワシとしても、この街を守る義務があるが」

「かと言って、事を荒げる事も無い。そうですよね」


 ああ。向こうも困っているようだ。

 男はこういう時に弱いんだよなぁ。


「というか、ヘリスの仇でしょ? 何か言うこと無いの?」

「うむ。そういえばそうでした。主殿、宜しいでしょうか?」

「いいんじゃないでしょうか。くれぐれも失礼の無いように」

「おまかせ下さい」


 まあ、仇討ちは俺が関与する所ではないし。

 ここでは暴力に訴える事も出来ない以上、いきなり殴りかかる事も出来ないし。

 いっそ、【暴食フードファイト】を挑んでくれた方がむしろいいかもしれない。

 まあ、そういう期待はしない方が良い。


「【不壊の】デ・ヴゥ閣下に申し上げる。私はイアソンの子。モノスタンの騎士。ヘリアディス・ル・イエステッド」

「これはこれは丁寧に。初めましてお嬢さん」


 ヘリアディスはゆっくりと、蹄をデ・ヴゥに向ける。

 カツカツと、床を鳴らす蹄の音が弛緩しかけた空気を震わせる。

 ちょっと、剣呑な雰囲気。

 切りかかったりしないよな。

 大丈夫だよね?


「ふむ。私自身はともかく、我が家の名を聞いて尚、動揺も無いか。流石は名にし負う【不壊】ですな」

「おお、これは失礼いたしました。何しろ物覚えの悪いオークです故。ご容赦を願います」

「いえ、栄枯盛衰は武家の常。お気になさりませぬよう。ここで出会えたご縁によって、我が父と兄が貴殿に討たれた事だけを覚えいただければそれだけで幸い」


 ヘリアディスの声は落ち着いている。

 いきなり殴りかかるような様子は無い。

 トラブルを期待していたテーダが、微妙な顔で笑っている。

 しかしあれだ。

 騎士というのは常識とかが大分違うのか。

 俺だったら、親兄弟の仇とこんなに冷静に話は出来ない。


「それは……胸に刻みましょう」


 むしろ、デ・ヴゥが沈痛な面持ちをしているのはどういう事か。

 ヘリアディスはちょっとおかしいのかもしれない。

 なんだか、そんな気がしてきたぞ。


「むしろ、あのクソ父兄から開放していただき、私としては貴方に礼を申し上げたかった! お会いできて光栄だ!」


 大分おかしいんだな、この娘。


「ヘリアディスさん。それはちょっと……」

「いやしかし、主殿。しきたりで雁字搦めのあの家が潰れた時のあの開放感! これからは思う様、乱暴狼藉を果たせると気付いた時。私はもう。それはもう……」


 ああだめだ。

 この娘。ダメだった。

 関わっちゃいけない娘だった。

 もう、後の祭りだ。


「なんとも、個性的な娘さんですな」

「まったくです」


 とりあえず、ヘリアディスがこの世界基準でもかなりおかしい事は分かりました。

 大丈夫なんだろうか。

 この娘を連れて歩いて大丈夫なのだろうか。

 大丈夫、だと信じたい。

 信じる事は、大切だ。


「何にせよ、です。私の街は【暴食フードファイト】の度に、その祝福により発展してきました。である以上、一度【暴食フードファイト】を挑まれた時には、それはワシが挑まれたに等しい事と考えます」

「なるほど。道理ですね」


 つまり、街を上げてのイベントにしたい。ということだろう。

 確かに、そういうイベントとすれば勝っても負けても街に利益が落ちるだろう。

 このオーク。人の良さそうな顔をしているが、中々のタヌキなのかもしれない。


「さらに言うと、実にこちらの都合でありますが。ちょうど貴方が七人目の挑戦者となります。しかも、かなりの強者のご様子。これは神のお導きがあっての事と、ワシは信じられますのです」


 オークは「七」と言う数に拘りがある。

 原因は彼らが信仰する神らしい。

 曰く「七辻の神」。

 曰く「七つ字の神」。

 曰く「大地の炎」。

 曰く「異世界からの光」。


 神代の時代、オーク達に他種族を制圧し略奪する権利を与え、その代わりに彼らを従属させ、虐待した邪神と言う。

 あまりの非道に、天使の一人に反逆され、破れて七つの破片に分けられる。

 最初の反逆の天使を始めとし、未来に生まれる七人の英雄が、その破片をそれぞれ封印すると予言されている。

 全ての封印がなった未来。

 オーク達には七千年の栄耀栄華が保証され、その後七つの封印を破った邪神との決戦が始まる。


 まあなんか、そんな感じの神話だ。

 実になんだか、ところどころ聞いたことあるような神話だ。

 大丈夫なのだろうか。

 まあ、大丈夫だ。


 とにかく、そう言う訳でオーク達にとって「七」という数字は神聖な数なのだという。


「ワシが勝つにせよ負けるにせよ。この一戦が、この街をさらにもう一段、栄えさせてくれるものとワシは信じる」

「だからこそ、大々的に行いたい。そういう事ですね」

「さらに言えば、一切の不正も不公平も避けたい。そのようにワシは考えておる」


 おお、と観衆から声が漏れる。

 何しろこの街の市長だ。

 不正をしようとすれば、いくらでもする方法はあるだろう。

 俺は何度もそのように勝利を得ようとする輩と出会った。

 だが、このオークは違うと言うのだ。

 相当な自信がある。

 つまりは、相当の実力がある。

 そう見て間違いは無いだろう。


「いいでしょう。【暴食フードファイト】。お受けいたします」

「よろしい! それではこのワシ、ヌレソル市長【不壊の】デ・ヴゥの名において宣言する!」


 デ・ヴゥは両手を広げて宣言する。

 声の大きさ。

 そして広げる腕の圧倒的太さ。

 なるほど、これはカリスマを感じてもおかしくない。

 その自信とカリスマ。

 相手にとって不足はない。


「これより三日の後! この地にて【暴食フードファイト】を執り行う!」


――わぁっ


 観衆が沸く。

 デ・ヴゥを讃える声が豪雨のように響きわたる。

 歓声の嵐の中、デ・ヴゥはゆっくりと俺に向かって歩いてくる。

 右手を出して握手を求めてくる。


「そう言えば、お名前を伺っておりませんでしたな」

「……ああ。そうでしたね」


 右手で握手。

 左手で帽子を目深に被り。そこからゆっくり鍔を上げる。


「名乗る程の者ではありませんが……」

「主殿は、貴様に名乗る名など持ってはおられない」


 待って。

 ヘリアディスさん待って下さい。

 そういう挑発は待って下さい。


「言っている意味、分かるよね? そういう意味さ」


 テーダさん、分かりません。

 当の俺が、その意味が分かりません。


「……それは。やはりそういう事なのですね」

「うむ。おわかりいただけただろうか」


 だから意味が分からないって。

 いやまあ、なんとなく分かる。

 お前とはレベルが違うから名前も言わない。

 みたいな。そんな感じ。


「それは失礼をいたしました、貴き方よ。ワシ如きを敵としていただき、感謝の極み」


 やはりそういう意味だった。

 そういうの、困るんだよなぁ。ヘリアディスさん。テーダさん。

 ちょと、後でそういう部分をちゃんと詰め直そう。

 俺は穏便に行きたい。

 せめてスポーツマンシップはもっていきたいところ。

 おじさんは、河川敷で殴り合って、夕日に向かって二人で笑う漫画で育った世代なのだから。


「お手柔らかに、お願いします」


 そう言って、もう一度握手。

 相手の恐縮した様子が握手越しにも分かる。

 悪いことしてるなぁ。


「こちらこそ。そう言えば、当日までの宿の用意はございますかな?」

「どちらかで、宿をとろうと思っています。どこか、いい宿はありませんか?」


 なんとなく話の流れは理解した。

 理解した上で、相手の思う方向に話題を転がせる。

 それが出来る俺、有能。


「それならば丁度良い。ワシの屋敷にいらして下さい。歓待いたしますぞ。もちろん、お仲間のお二人もご一緒に」

「それは有り難いですね。長い列車旅の後です。遠慮なく英気を養わせていただきましょう」


 さらに言えば、ここまでお膳立てをしておいて相手に逃げられても困る。

 そういう部分もあるだろう。

 勿論逃げるつもりは無いが、敢えて相手の懐に飛び込むのも一興だろう。


 宿代も浮くし。


「豪華なベッドと食事がついてるみたいだし。アタシはどこにも異議は無いわよ」

「私は主殿に従うばかりです」


「それでは、宜しくお願いします」


 デ・ヴゥ市長の後について歩き出し、一つの事に気付いた。

 そういえば、頼んだメシを食っていない。

 たいへんに腹が減っている。

 屋敷についたら、悪いがすぐにメシにしてもらおう。


 その時は呑気に、そんな事を考えていた。

 甘いと思い知らされたのは、そのすぐ後だった。


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