第2話2部 市長閣下の喫茶店(ストロングスタイル)

「あ、はい」


 明るい店内だった。

 床もカウンターも清潔で、テーブルが整然と並んでいる。

 シーツを敷いた食卓に老若男女が和やかに食事を摂っている。

 なんだこれは。

 外観と違いすぎるぞ。

 まるで小洒落た喫茶店じゃないか。


「へぇ。結構いい感じの店じゃないさ」

「さすが主殿ですな。席の一つはケンタウロスで頼むぞ」


「はーい! 用意できましたよ~」


 てきぱきと席を用意する店員さん。

 実に有能である。

 有能なんだが、その有能さが今は虚しい……。

 本来は喜ぶべき綺麗に整えられた全てが、俺の期待の全てを裏切っている。


「メニューはこちらの黒板になります! お決まりになりましたらお呼び下さい!」


 仕方ない。切り替えていこう。

 整理整頓が行き届いた店は、必ず美味いメシを出す。

 店主の几帳面さが店に顕れているからだ。

 その几帳面さを味わう方向にシフトしよう。


 ほら、この黒板の字の流麗さを見ろ。

 パスタ、グラタン、パンケーキにサンドイッチ。

 どこにもあるような軽食メニューがまるで高級料理のようだ。

 品名の後ろには簡単な説明と、ワンポイントコメントまでついている。

 『本日のオススメ』の字の真新しさは、毎日書き直している事を示している。


 店主か店員か。実に配慮の行き届いた店だ。

 そう考えると、名店の匂いがしてきたぞ。


「ヘリス~。注文どれにするか決まった?」

「初めての店は目移りしていけません。私はこういう時、本日のオススメ一択と決めております」

「シンプルでいいわね、アンタ。複雑なアタシはどうするかなぁ」


 さて、俺も負けてはいられない。

 一人の男として、メニュー決めの長さに定評がある女性陣に遅れをとるわけにはいくまいて。

 メニューは見るからに軽食風が目につく。

 それに混じって、鶏の照り焼きや煮込みも姿を見せる。

 これを一食のメシとするには、どのような布陣をとるべきか……。

 お、セットも可能か。

 主菜にパンとスープが追加になるのか。

 それならば、セットメニューが王道か。


「店員さーん。ここの名物とかお勧め料理とかってある?」

「お客様、こちらには来たばかりなんですか?」

「そうなのだ。右も左も分からなくてな。出来れば色々教えてほしい」


 しかし、列車の旅で青野菜から遠ざかって久しいのも事実。

 身体が野菜を欲している。

 となると、サラダを中心とした布陣にすべきか。

 シーザーサラダであるならば、主力としての力は十分ではなかろうか。


「それはそれは。ラ・デブゥにようこそ!」

「ラ・デブゥ? この街の名前か? ヌレソル市と聞いたが」

「外の街がそう呼んでいるだけですよ。住民の呼び方ラ・デブゥ。これです。街の創立者であり、現市長の名を頂いたのです」


 待て。

 待って欲しい。

 ピザがあるじゃないか。

 そして、ビールもある。

 ピールとピザ。これは鉄板の組み合わせだ。

 しかし、昼から呑んで良いものか……。

 昼間っからメーター上げていたら、それはただの酔っ払いじゃないか。


「市長の名……だと?」

「そうです。私達の市長こそ、あの竜皇国前元帥【不壊の】デ・ヴゥ閣下なのですよ!」

「ありゃあ。これは瓢箪から駒って奴だねぇ。ねえ、アンタもそう思うでしょ?」


 やはり、炒めものセットが鉄板……ん? 何?


「あ、はい。そう思いますよ」


 よく分からんけど同意しておこう。


「奇遇でしたな。それで店員殿。私は本日のオススメの鶏の照焼セットを。主殿はどうされます?」

「俺は肉野菜炒めセットでお願いします。テーダさんはどうします?」

「アタシは、アンタらのその反応が分からないんだけど」


 眉をしかめるテーダさん。

 はて、何かおかしいオーダーをしただろうか?


「ヘリスの仇でしょ、デ・ヴゥって。何でそんなに他人事なのよ」

「それは騎士の作法を知らぬが意見ですな。戦において死ぬ殺すは日常茶飯事。恨む謂れ等ありませんぞ」


 ああ、そういう話だったのね。

 それなら納得……ん?


「確か、ヘリアディスさんは仇討ちの旅の途中だったのでは?」

「あれは乱暴狼藉をするための口実です。主殿に仕える今となっては、どうでも良い事です」

「さらっと酷い事を吐くわねアンタ」

「これも騎士の作法であります」


 野蛮だなぁ。


「お客様。市長閣下のお知り合いで?」

「直接は知りませぬよ。父と兄が世話になったというだけですな」


 世話というのは、殺された事の隠語とかなのだろうか。

 仕事の隠語で会話とか、プロっぽくて男は一度は憧れる。

 俺も若い頃はやたらと隠語を使った話をしていた。

 上司に「バカな素人っぽいからやめろ」と言われるまではやっていた。

 恥ずかしい過去の出来事である。


「はー、もういいわ。アタシはピザとビール。お願いね」


 ピザとビールだと!

 この女。昼間っからビールを飲む気か。

 なんという、なんという暴挙を。

 それとも、ドワーフにはビールは水同様と主張するのか。

 俺はまだ、その域には至っていない……。


「テーダ殿。昼間っから酒ですか? 流石にどうかと思いますぞ」

「いいのよ。ドワーフだから」


 いいのか。

 やはりドワーフはいいのか。

 羨ましい。


「それでは、トリテリ、肉炒め、セット2、ビールとピザですね! 承りました!」


 ウエイトレスが立ち去って、人心地ついた所で店内をぐるりと見直す。

 いい感じに照りが出たカウンターの向こうには、むっつり顔の料理人。

 あれが店主という事か。

 腕は良いが無愛想な料理店。愛想と要領の良い若い娘が店員が入って繁盛店に~。

 なんてストーリーがあったりなかったりするのだろうか。

 逆に、店を継いだ若い店主に、凄腕の料理人が助っ人にっていうのも、それはそれで面白い。


「さて。これからどうするか、だけど?」

「まだまだ余裕はありますが、ここでいくらか仕事はしていきたいですね」

「仕事って、何?」

「矢張り冒険者家業はいかがですかな、主殿。あそこに依頼表らしい物もある事ですし」


 店の奥には規定のようにコルクボード。

 色々とメモ紙が刺さっている。

 人相書きのようなものもある。

 実にそれっぽい。


「それより、アンタの大食いでなんとかならないの?」

「この世界、【暴食フードファイト】メニューならどこにもありますが」


 【暴食フードファイト】は対人ばかりではない。

 店相手の、いわゆるチャレンジメニュー戦もある。

 食い切れば、食費が無料になるばかりか、多くは賞金も手に入る。

 そうやって、食っていく事も出来るは出来るんだが。


「お客様。当店に挑戦なさるのですか?」


 いつの間にやら現れたウェイトレスが、耳元でニヤリと笑う。

 挑発的なその顔は、自信に満ち満ちている。

 カウンターの向こうで料理人がちらりをこちらを見定める。

 戦いは、もう始まっているかのようだった。


「まあちょっと、考えてみます」

「何でよ? アンタだったら楽勝でしょ?」

「うむ。主殿ならばどの店にも負ける事は有り得ますまいて」

「ふふ。ウチは、そうそう簡単に勝たせませんよ」


 じわり、と圧が上がる。

 他の客も、何とは無くこちらに気を向けてくる。


「やるなら……少し、準備をさせてもらいますよ」


 ぼそり。と料理人が言う。

 なんだか、凄い事になってしまったぞ。

 チャレンジメニューやる事はもう、既定路線なのか。

 無論、挑まれれば勝負はやぶさかではない。


 とは言え、【暴食フードファイト】は祭りだ。

 祭りを楽しむそのためには、事前準備とシチュエーションが重要だ。

 事前告知で客を呼び。店と選手のテンションを高め。競争相手の募集も必要だ。

 そうやって興行化することで、店側にも利益を齎す。

 そう、【暴食フードファイト】とは恵み齎す太陽ソーランであるべきなのだ。


「【暴食フードファイト】ともなれば一大事です。やるならば、相応の場というものを整えないと」

「ウチはいつでも準備万端だがね」


 ばちり、と火花が散る。

 いかん。穏便に済まそうとした言葉が逆鱗に触れてしまったか。

 なんというストロングスタイル。

 常在戦場の心構え。

 まるで、全盛期のアントニオ猪木のようじゃないか。


「……これは。ここで固辞するのも失礼。ですか……」

「尻尾を巻いて逃げてもいいんだぜ?」


 いい。

 素晴らしい。

 素晴らしすぎるぞ、この料理人。

 やはりこの店は当りだった。


 ピリピリとテンションが上がっていくのを感じる。

 気の早い客が賭けの準備を始めている。

 どこで聞きつけたのか、野次馬達も集まってくる。


「……剣呑なお話ですねぇ」


 張り詰めた空気を、温和そうな声が震わせる。

 敵意と緊張を、溶かし緩めるような声だ。


「【暴食フードファイト】。非常に結構。しかし、【暴食フードファイト】ともなれば、街を上げての一大事。この勝負、一つワシに預けてはもらぬかな?」


 野次馬を割っていつの間にやら一人のオークがそこにいた。

 巨漢だ。

 背が高く、身体が大きく、そして腹が出ている。

 山高帽をつけた背広姿は、温和でありながら、周囲を圧する威厳に満ちていた。


「このワシ。ヌレソル市長【不壊の】デ・ヴゥに」


 噂の人物がそこにいた。

 やっぱりオークでしか、デ・ヴゥさん。

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