第2話1部 太陽に祈りて進む
気付くと車窓の風景は黄金色の畑になっていた。
実るほど頭を垂れる稲穂かな。
成果を上げるほどに謙虚になる。その健気さを俺は愛する。
まあ、稲じゃなくて小麦畑なんだけど。
それでも、刈り取りの風景は変わらない。
農民たちは大地に祈り。太陽に感謝し。生きる今を謳歌する。
そして、その歓びを歌にする。
恵み齎す太陽神への祈りの歌だ。
「いやぁ。この歌を聞くと、刈り取りの季節だって気になるねぇ」
「まったくです。故国モノスタンの夕焼け空を思い出します」
ソーラン節がニシン漁の歌だとは、
「ようやく汽車の旅も終了ですね。二人はこれからどうします?」
「そうだねぇ。これからどうしよっか?」
「私は主殿に従うばかり。何なりとお申し付けください」
何故か俺が決める流れになっちゃったぞ。
ヘリアディスは分かる。前回の事で俺に臣従するとか言っていたから。
自分以外の道連れは、身の回りが重くなるから好きではないのだが。
かと言って、彼女の熱望を退ける程でもない。
いつか、彼女が俺を見限る日が来るだろうから、それまでは主従ごっこに付き合うのもいいだろう。
「テーダさん。貴方は俺に付き合う事ありませんよ」
何なのだろうか、このむちむちレディ。
完全に旅の仲間気分じゃないか。
初対面からグイグイ来るこの感じ。
知っている。知っているぞ。
深く付き合うとロクな事がないタイプだ。間違いない。
ここは一つ、穏便にお別れと行きたいところだ。
「何言ってんのよ。こんな物騒な所に女ひとりを置いていく気? 当然、同行させてもらうからね」
「うむ。旅は道連れ世は情けを言いますからな!」
女性ひとりを見捨てるも何も、ほんの3、4日前まで元気に一人旅をしてたじゃないか。
なんて言い返しても、なんとかなる雰囲気じゃあないぞ。
旅は道連れ世は情け。
そして俺は情けない。
口で女に勝てる気がしない、情けない男だ。
「まもなく終点~! 終点のヌレソルです~! まもなく終点です~!」
「終点、です」
ゴブリン娘も売り子から車掌にジョブチェンジか。
計算担当も一緒にいる。
どんな時もツーマンセル。大変によろしい。
他の客も荷物を纏め始めた。
俺もそれにならうとしよう。
旅は道連れ世は情け。
思い悩むのは、悩むべき時にすればいいだろう。
「主殿。街に到着しましたら、まずはどちらに逗留するか決めねばなりませぬな」
「安宿はイヤだねぇ。アタシは」
「然り然り。主殿にふさわしい上宿を探さねばなりませぬな」
俺は安宿の風情が好きだ。
ベッドと荷物を置くためのちょっとしたスペースしかない狭い部屋。
隣のいびきが聞こえる薄い壁。
部屋の中の落書きと、寝具に染み込んだ据えた臭い。
秘密基地に潜り込んだ、子供の頃を思い出す。
女性差別をする気は無いが、ああいう風情が分かるのはやっぱり男だけなのか。
後、宿代もやっぱり馬鹿にならないし。
「とにかく清潔な宿にしてね。全員分の部屋も取らないとダメよねぇ」
少なくとも、うちの女性陣には理解してもらえなさそうだ。
「私は主殿と同じ部屋でも一向に構いませんぞ」
「嫁入り前の女性がそれじゃダメですよ」
女性陣まとめて一部屋という訳にはいかないのだろうか。
いかないんだろうな。
それよりも、何故か宿代は俺の財布から出る事になっている気がする。
気のせいだよな?
「支払いは気にする事は無いんじゃない? それくらいの甲斐性あるでしょ、アンタ」
やっぱり俺の支払いと言う事になっている。
「まあ、部屋を分けるのは必要ですね。間違いがあっても困るでしょう。若いお嬢さんは噂が立っただけでも大変です」
この時代ともなれば、妙な噂がついた女性の嫁入りは、それこそ大変な話しだろう。
「ご安心を。臣従を決めた時から私の身も心も主殿のために存在します故。それは間違いではありませぬ」
「お手つきも主従のたしなみってやつだね」
「然り然り、でありますな」
いやいや、勘弁してくれよ。
そういう重いのが嫌だから、独り者をやっているのだけれども。
「そういう事は後で考えましょう。そろそろ降りますよ」
はーい。と声を揃える女性陣。
引率の先生の気分だ。
ガキの頃、修学旅行で無茶やって、先生達に怒られた事を思い出す。
怒る立場になってみて、そちらの気持ちがやっとわかる。
先生。あの時は本当に申し訳ありませんでした。
「汽車の終点ってだけあって、栄えている街なんだねえ」
入り口の門を抜ける。
レンガ造りの門。
鮮やかな赤茶色が、焼き立ての風情を醸し出している。
削れ苔むした風情もいいが、新しさの匂いがするこの風情もまた、良い。
これから伸びて大きくなっていく、街の活気とやる気が溢れている。
「小麦の一大生産地だそうですよ」
「なるほど。道理で見事な小麦畑と思いました」
小麦は資源だ。
資源のある所には人が集まり、人と金の流れが生まれる。
人と金の流れが、街をどんどんと大きくしていく。
街は、人と金を血流とする生き物だ。
「こういう所は流れ者目当ての宿があるものですよ」
「冒険者の宿。ってやつね」
メシと酒と一晩の宿。
あぶれた若い労働力を求めて、コルクボードにメモが並ぶ。
賞金首の掲示を眺める、鋭い視線の賞金稼ぎ。
もうもうとした煙草の煙と、真偽定かでない自慢話が蔓延する。
そんな感じの荒くれ者の酒場件宿屋だ。
「私の故国には冒険者ギルド直系店がありましたな」
「流石にこっちまでギルドがあるとは思えないけどね」
「国営でしたからな。国が違うと雰囲気も違うもので。それがまた趣だと聞いております」
国営なのか。
公務員冒険者。
なんだか、清純派AV女優みたいだ。
「いつかそっちの店に行ってみるとして。酒場がありそうなのは、こっちですかね」
街の人通りは多い。
忙しなく人が行き交い、少し開けた場所には屋台が転々としている。
荷運びの威勢のよい声が響くと、みんなが慌てて道を開ける。
そこを大八車が駆け抜けていく。
そういう雑多な街並みには、流れというものがある。
人の流れと、街並みの流れだ。
いにしえの港町は、港の左側に必ず風俗街があったと言う。
船を降りた船員が、なんとなく足を向ける方向が左であるからだそうだ。
誘蛾灯に引き寄せられる虫のように、船員たちは夜の蝶に誘われ絡め取られたのだろう。
匂ってきた。匂ってきたぞ。
食道の放つ肉と酒と喧騒の芳香が匂ってきた。
俺も、食欲の網に絡め取られたい。
「腹が、減ったな」
進む足は早足を超えて小走りになっていた。
「あ、ちょっと待ってよ」
「主殿。そちらで本当に良いのですか?」
良いに決まっている。
良くなくても、それで良い。
見つけた店を当たる幸いに斬って斬って斬りまくる。
そういうメシの楽しみ方が、あってもいいじゃないか。
なにしろ俺は、腹が減っているのだから。
「……ここか……」
たどり着いた酒場は木造二階建て。
そんなに古い街でも無いはずなのに、どうしてこんなに味が出るのか。
看板板なんかは、風雨に晒され煙に煤け、早くも骨董品の風格を見せている。
内外どちらにも開く両開きのドアも良い。
あれを粋に開いてカンターに肘を立てる。
男の子だったら一度は憧れる。
「これは……こういうのもあるのか……」
当りの気配がびんびんしている。
いや、この雰囲気を感じられただけで当りだ。
ただのビールが、通常の三倍は美味く感じられること、間違いない。
「ちょっと、そんなに急いで……って、こりゃまた凄い店見つけたねぇ」
「あまり……程度の良い店に見えません、大丈夫なのでしょうか?」
女性陣には不評のご様子。
とは言え、俺の腹はもう、この店のメシを食うと決めている。
それに逆らう事など出来はしない。
「とりあえず、ここで食事にしましょう。これからの事は食事の後にでも考えればいいでしょう」
「まあ、腹が減ってはなんとやら。だしね」
「何かありましたらこのヘリアディス、一命を賭して主殿をお守りいたします」
「そんなオーバーに考えないで下さい。さ、メシが待っています」
扉を、トンと押して店に踏み込む。
帽子をわざと目深に被り直す。
ニヒルに頬を歪め、上目遣いで鍔の端から店を見回す……と。
「いらっしゃいませ~。三名様ですね! 只今席を用意いたします!」
愛想の良いウエイトレスが待っていた。
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