第23話 黄昏時、黒い影、あいまいじゃない
太陽が街の向こうに沈みかけて、足下から視界がおぼつかなくなっていく。うっすらと不確かになっていく世界を、ぼんやりと歩く。あたりの家々も道のりもどこかよそよそしいのは、ふだん行きつけない場所を歩いているからか、それとも黄昏時にさしかかっているからか。
なんだか、なつかしくなる。魔法少女として、この街のあちこちで泡のように生まれ出ては人を害する”リガ”を探し回っていたのは、つい数ヶ月ほど前のことなのに、ずいぶん昔のことに思える。
暗くなったら女の子は出歩いてはいけない、なんて、おばあちゃんに言われたのはずっとずっと子どものころ。大人の言うことが全部だと、疑いもなく信じていた。
大きくなって、私は女の子だけで寄り集まって、真夜中の街を飛び回った。不安半分、楽しみ半分で魔法少女をやっていた。
自分の中に魔法があるとわかっているから、いまこうして、夜歩くのはこわくない。その一方で、使いどころのない力だけが手元にあるのは、すこし落ち着かない。
「……会えるかな、
声を出して気持ちを紛らわせておかないと、切れ切れの物思いが身内でふくらんで、よけい不安になってしまう。
ひとりでいるときが危ういのだ、と警告したのは、私たちに魔法の力を授けた妖精だった。誰でも孤独になる瞬間はあって、それが突如として理涯境域とつながり、”リガ”になってしまう。
ほんとうに孤独な誰か、”リガ”になってしまったひとを探して、救う。それが仕事なのだ、と妖精は言った。
半分正しくて、半分間違っていた。
がん、と、おだやかじゃなさそうな音がした。足を止め、音の出所に目を向ける。
ひとの気配がない、がらんとした工場だった。すでに操業していないのか、空っぽのコンテナと動きを止めた機械が、まるで古い写真のように沈黙していた。塗装の剥がれた看板と無人の事務所が、いっそう寂寥感を募らせる。
目をこらして、人の気配を探す。ぎゅっ、と胸の前で手を握りしめる。いつでも魔法を使える、という意識が頭の中から真実味を持って湧き上がってくる。
「リガの気配?」と
「何もないといいけど……」不安そうに
「見てくる!」向こう見ずに駆け出すのは
そして、私は、3人の様子を見やりながら、静かに魔法の準備をする。戦う覚悟というよりも、空気が私を突き動かしていたような気がする。ひょっとしたら、私がいちばん好戦的だったのかもしれなかった。
私たちは、そんなふうに、魔法少女をやっていた。
がたん、と、工業機械のうしろで、何かが動く。
ばさばさ、と、カラスが羽ばたく。黒い影を追って視線をあげると、古びた天井に穴が開いていた。カラスはそのまま、青とも黒ともつかない色の空の中へと溶け込むように飛び去っていく。
ほっと息を吐いて、私は握りこぶしを解いた。ひとでないものならそこまでこわくはない。私が魔法少女をしていたころには、生きたひとや、死んだひとや、傷ついたひととこういう場所で遭遇したことがある。
私たちがそういう、ひとりで壊れそうになっていたひとたちを救う手段は魔法だけで、私たちは、それなりにうまくやっていたはずだ。
幸せだったし、きっと幸運だったのだと思う。
ぶるる、とスマホに着信があった。
『遅くなってごめん』
音月さんの素っ気ない文面が届く。
『もうすこし遅くなる それでよかったら』
「大丈夫です」
入力して、すこし考える。こういうときの返事は、あいまいじゃない方がいい。音月さんは私をちょっと遠慮がちな子だと思っているし、自分でもそう思う。だから、遠慮なんてしないつもりで言葉を伝える方がいいのだ。
バックスペースを連打してから、新しい言葉を打ち直す。
「会いたい」
送信して、ふたたび歩き出す。瞬く間にあたりは夜になって、ぽつぽつと光る白い街灯が道を照らしている。半端な黄昏時よりも、むしろ真っ暗な夜の方が明るいような気がする。ほんとうの闇がさすときには、誰かが明かりをともしてくれるから。
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