第14話 絵文字、水、繭
今朝のことを
『
そんな返事が画面に浮かび上がった。私は両手でスマホを挟むようにしたまま、背中をわずかに折り曲げる。自分の部屋の、体になじんだ椅子の上でぎゅっと両膝をたたむ。画面に顔を近づけると、ぎらぎらした明るさのせいで目が痛くなって、文字だけが浮き上がってくるように錯覚する。
部屋はしんと静かだ。一瞬、自分が息を止めていたのに気づく。窓の外からは夜の気配だけがカーテン越しに染み入ってくるように思えた。
両手の親指を、スマホの画面の下部に添わせて、しばらく迷う。
『友達なので』
言葉のあとに、不慣れな絵文字をつけてごまかした。白くて丸い出来合いのキャラクターが大げさに口元をゆがめた表情は、いかにもな作り笑いに見えて、なにもかもが白々しくなってしまう。やるんじゃなかった。
画面を見つめる。音月さんから答えは戻ってこなくて、私はまたちょっと目が痛くなる。
ずっとこんなふうな気分なのかな、と、
その生江見さんが心惹かれた、
音月さんからの答えはなかなか返らない。なにかこちらから呼びかけた方がいいかな、と思ったところで、
『ごめん 水飲んでた』
「そんな言い訳ある?」
思わず苦笑してしまった。面前で長話していたならともかく、スマホを触っているだけでそんなに喉が渇くことあるかな?
『友達は大事に』
そして、やっとのことで返った答えは、そんな教条的で抽象的な言葉だ。スマホを軽く傾けて画面から顔を隠し、抑えた苦笑をこぼした。誰も見ていないのに。
音月さんに、輝理ちゃんの話を振ることはすくない。いつも音月さんは、奥歯にものの挟まったような言葉遣いに終始するばかりだからだ。それが物足りなくて、つい、私のほうからときどき話を切り出すのだけど、長続きした試しはない。
よく知らない友達の話なんてされても、退屈なのかも、とは思う。
それとは別に、理由があるのかもしれない、とも思う。
『大切ですよ 友達だし 仲間だし』
魔法少女としていっしょに戦った記憶は、私と輝理ちゃんとみんな、そして音月さんをも結びつけている。私たちは、音月さんを救ったといってもおこがましくないくらいのことをした。音月さんどころかこの街、この世界さえも滅びかけていたような危機に、私たちは立ち向かったのだ。
私たちは、それだけ強い絆で結びついている。
……音月さんから見たら、それはどんなふうに見えているのだろう?
『変ですか』
いつのまにか、そう打ち込んでいた。今朝の出来事を思いだし、ざわついた心が、私の指を勝手に突き動かしたみたいだった。
私と輝理ちゃんたちとの友達関係は、魔法で守られた薄い繭の中で成り立っている。そうしていないと、私たちはすこし目立ちやすい。輝理ちゃんや
音月さんにも、その内向きの空気が伝わっているのかもしれなかった。
『変ではない』
音月さんの答えはやはり素っ気ない。簡素な文字は、やはりいくぶん見づらくて目に痛い。背中を丸めすぎていて、スマホと目の距離があんまり近くなりすぎている。ゆるゆると両膝を伸ばして足をカーペットにおろすと、足の裏をくすぐられるような感じがした。
両腕を、体操でもするみたいに伸ばすと、文字がちいさすぎて逆に見にくくなる。
そのちっぽけな文字からは、音月さんの気持ちは見えてこない。
すぐそばにいたい、と思った。感じすぎないように、いつもは魔法で守っているけれど、たまにはすこし防御を解いて、音月さんのほんとうの気持ちをじかに知りたい。
ずっと両腕を伸ばしたまま、親指をさまよわせる。いまの気持ちをうまく伝える方法を、いつまでも探している気がした。
『ごめん もう寝る 週末会おうね』
『楽しみにしてます』
とってつけたような約束の確認だけをした。たぶん音月さんはすぐにSNSを閉じただろうから、私もいつまでも待つ理由はない。机にスマホを投げ出して、ぐいっ、と後ろに体を反らした。背もたれを越えた体が椅子を後ろに傾けて、一瞬、倒れそうになる。
「ひゃ」
かすかな悲鳴を上げて、椅子の上でうずくまる。がくん、と、体と髪が揺れた。
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