エピローグ
エピローグ
それでももう、いろいろ疲れてしまった。ベビーカーを停め、ベンチに座り、ため息をつく。体は弱っている。
この子が母親の顔すら覚えないうちに、自分はいなくなる。手首にある無数の傷を見る。死にたいのではなく、生きるために、生きる叫びを放つために切った傷だった。でも、傷を見ていたとしても、この子は覚えていてはくれないだろう。
この子のもらい手は決まった。残った時間、この子との、かけがえのない時間。今までよくやってきた。よく育ててきた。辛かったけど幸せだった。流れてきた涙を拭う。
何人もの知り合いに、妙なことを言われた。自分は産まなかったと。子供を宿したが、産むことを選ばなかったはず。そんな記憶を確かに持っているのだと。それを聞いて笑った。みんな思い違いだろう。自分は産んだのだ。でも、何もなかったはずの場所、その場所だけ時間が戻って、そこに新しい命の樹が育っていっているように思えたのは不思議だった。歌にすると面白いだろう。でも自分にはもう歌を生み出す力もない。この子だけでもうせいいっぱいだ。
現実は楽ではなかった。よく泣く子だった。夜中になんで泣いているのか分からなくて、つい叩こうとしてしまったこともある。でも、なぜか、誰かが止めた。誰だろう……この命を授けてくれた誰かだ。それは……
空を見る。空の果て、宇宙の果て、時間の向こう、そこにいる誰かだ。神というより、この子の本当の親かもしれない。そんな気がする。
自分の役目はもうすぐ終わる。
眠っている子に声をかける。
「万里……もうすぐお前にお父さんができるよ。それも……二人できるんだ」
すると、眠っているはずの子が微笑んだ気がした。分かってくれたと思った。そしてもう一つ、言葉をかけた。
「幸福に生きよ」
終わり
樹々 紀ノ川 つかさ @tsukasa_kinokawa
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