[1-15] ドナドナ
宗谷は愛馬であるスノーを駆って、ヘイティの商館に飛び込んだ。
スマホの術を使う斥候舞台『狐の目』が、とうとう飛竜傭兵たちの居場所を割り出したと連絡を受けたのだ。
思ったよりもずっと早かった。今回もヘイティの鼻が利いたのだろう。
「場所は?」
「東南の山岳地帯の近くだ。そこから西北にある平地の村々を荒らしてやがる」
「確証はあるんだな」
「おいおい。誰にものを言ってんだ? こっちに来い。その図体のわりに空っぽの頭にたたき込んでやる」
ヘイティは得意気な様子で、テーブルに地図を広げはじめた。
「もともと、やつらの襲撃は南東の山岳地帯に集中していた。当然だ、奴らは山を住処にしていて、そこから近いからな。襲撃の情報は全部把握してんだ。オレらが管理している交易路には、オレの目が配置されてんのさ」
ヘイティは懐から取り出した銅貨をつまみだし、東の山脈地帯にいくつか置く。
「ここが襲撃にあった村の位置だ。他にもあるかもしれん。虐殺されれば、死人に口なしだからな」
地図におかれた銅貨に視線を落とす。
狼の意匠を刻印されたフェン公爵家の発行貨幣だ。この世界の貨幣は、驚くべきことに現代日本のそれよりも遙かに精巧にできている。
その精巧な鋳造技術は魔術によって実現されている。
特に、公爵家のような大領主には貨幣を鋳造する権利が認められ、その高度な鋳造魔術により偽造が困難ゆえに信用度も高い。
特にフェン公爵家の発行貨幣は聖王都でも取引に使われるほどだ。流石は銀細工において最高の魔術工房を抱えるフェン公爵家だ。その鋳造魔術において肩をならべる貴族はいない。
「問題は、今、奴らがどこに潜んでいるか、そいつをピンポイントで見つけることにある。そこで、俺たちの狐の目をこう配置した。目も鼻も利く6人、全員にあの指輪と鏡を持たせて、ここらを取り囲むようにぐるっとな」
最近のヘイティはよく「俺たちの狐の目」という言葉を発する。
スマホの術を使う斥候部隊を、彼は狐の目と名付けた。貴族の配下になることを嫌がっていた彼だが、この術の魅力にすっかりと取り憑かれてしまったのか妙に機嫌が良い。
一応、隊長は僕なのだが、ヘイティの性格はよく分かっている。人選に編成、運用、それに部隊名や役職名(ヘイティは妙に名前にこだわる)についても全て彼に一任してしまっている。
どうやら、狐の目、という名はとても気に入ったようだ。
「で?」
「後は単純さ。村を尋ねて聞き回る。フェン公爵家の見回りだ。他の村の様子はどうだ? 家畜を預かっている牧人はちゃんと来たか? 夜に竜の鳴き声が聞こえなかったか? そうやって、地道に聞き取りをさせると、さらに襲撃を受けて壊滅した村が判明する。ここ1週間で襲撃を受けた村はこの3つ」
地図の上に銅貨が3枚追加される。
それは過去に襲撃を受けた村から、少しずつ北にずれながら配置されていた。
「1週間で3つか、やけに多いな。被害は?」
「壊滅だな。村まで斥候に入ったやつの報告によれば、皆殺しにされていたそうだ」
嫌悪感に眉間に皺がよるが、一方で冷静な部分で疑問に感じた。
この飛竜傭兵は一週間で3つの村を壊滅させるほどに大規模な部隊だ。傭兵らしく補給は略奪によってまかない、飛竜で移動すれば、街道によらずとも進行速度も速いだろう。それにしても、ペースが速すぎる。なぜだ?
クヴァル様はおっしゃられた。敵を勝ちたければ敵を知れ。まるで友人のように理解し、そして裏切るのだ。
そうだ。奴らの立場で考えなければならない。
この一週間で村を3つも襲い、そして、虐殺した。今、必要なのはそれに怒ることじゃない。今、重要なのは、どうして奴らがそんな過密なスケジュールで襲撃という重労働を慣行しているのか。
「やはり、おかしいな」と思わず口をついた。
「何がだ?」
「多くの場合、飛竜傭兵の目的は家畜の略奪だ。普通は住処の山脈から近い村を襲い、家畜を飛竜に運ばせて持って帰るんだ。それなのに、奴らは村を転々と北上してとうとう平原まで出てきた。奴らの故郷から随分と遠い。一体、何が目的だ」
地図上の銅貨を順に指で追っていく。
最後の襲撃地点は、山岳から離れて平原に入ってしまっている。すでに、奴らの故郷である山脈からは遠い。加えて、平原は飛竜が得意とする地形ではない。
「殺戮に気が狂ったんじゃないか?」
「それもありうる。しかし、この強行軍にはもっと切実な理由がある気がすんだ。村を襲い続けないといけない理由が」
「例えば?」
「そうだな……。たとえば、飛竜が肉食だということだ。実際、肉食の動物は軍隊としておそろしく効率が悪い。だから、奴らは襲撃先で家畜が十分に確保できなければ、村を転々とするしかない。より多くの家畜、大きな村、と目指せば、ここら辺では平原に出るしかない」
「なるほどな。まぁ、ありうるな」とヘイティが頷く。「少なくとも、飛竜のために家畜を略奪しなきゃならないのは事実だろうよ」
「ヘイティ。その周辺の村にまだ狐の目はいるか?」
「ああ、もちろんだ。村人への避難命令か?」
「そうだ。しかし、それだけじゃ足りない。村を放棄するときに、家畜を全て焼いて埋めろ。特に、蓄えた薪や木炭は燃やして全て灰に、暖炉は絶対に破壊しろ」
「おいおい」
ヘイティは驚きつつもこちらを睨んだ。
北方に住む彼には、庶民にとって暖炉がいかに高価で重要な設備なのかをよく知っている。
「必要なことだ。奴らは食料を略奪でまかなっている。特に家畜がなければ、飛竜を養うのに狩りをする必要がある。それに、薪がなければ暖が取れず、凍えて病人がでるだろう。木を切り倒して薪を作るにも時間がかかる。つまり、奴らの進軍をここで食い止めることができる」
「……ったく」と舌打ちが聞こえる。「テメェは娼館でビビりまくって何もできない童貞のくせによ。こういうところでは思い切りがありやがる」
「クヴァル様の許可は取っておく」
「ああ、あの野郎は賛成するだろうよ。それに当主の嬢ちゃんはテメェの言うことなら、ぜーんぶ聞いちまうってんだから」
「避難民は、フェン公爵家が受け入れてくれるはずだ」
「……分かったよ」
「僕は今から屋敷に戻って軍を出すように進言する。ヘイティは狐の目を使って避難と斥候を」
「へいへい。そういえば、お前が隊長様だったな。ギート行くぞ!」
ヘイティはいかにも渋々といった様子で立ち上がり、スマホの鏡を耳にあてて隊員に指示を飛ばし始めていた。
それを横目に流して、部屋を後にする。
さて、クヴァル様に報告すれば軍を起こすことができるだろう。ヘイティのお陰で、思ったよりも早く場所を特定できた。これなら、雪が本降りになる前に間に合うかもしれない。
外に出ると、すでに冬に入って雪がちらつき始めていた。
冬の北方領は雪原となるが、領都周辺は聖都近い南部に位置している。そのため比較的温暖で、まだ雪化粧もうっすらとしたものだ。
今であれば、騎馬にも影響はないだろう。
と、なると残る懸念はひとつだ。
嫌がるであろうレヴィをどうやって戦場に連れて行くか、だ。
◇
「ドナドナ、ドーナー、ドーナ〜。仔牛をのーせーてぇ〜」
雪がちらつく寒空に、レヴィの微妙に音痴な歌が響き渡っていた。
その歌が耳障りに聞こえるのは、音の調子が外れているだけではなく、声が老婆のようにしわがれて生気を失っているせいでもあるだろう。
宗谷は頭を振ってため息をついた。
スノーに乗りながら、まるで呪詛のようなレヴィの歌を耳元で聞かされ続けるのは辛かった。とはいえ、始めのころよりも随分とマシにはなったのだ。
「ドナドナ、ドーナー、……空が綺麗ね」と背中に背負ったレヴィがため息をついた。
行軍を続けて2日目。レヴィの持ち合わせの少ない体力は限界に来ているようだ。
クヴァル様と相談した結果、聖騎士団による強襲を行うことになった。
今回の作戦でもっとも重要なのは、速度だ。
彼らの装備は軽装で馬への負担も少ない。加えて、少数精鋭なので街道沿いの街で十分に補給ができる。これにより、鈍足な荷車に行軍を引きずられる必要がなく、理論上の最速で進軍することができた。
しかし、そこにはレヴィという最大の課題があったのだ。
この作戦のキモは速度で、最短ルートは常に舗装された道とは限らない。そのため、馬車は使えなかった。
しかし、当主であるレヴィが戦場に出ないわけにはいかない。ただでさえ、陰口を多く叩かれている当主なのだ。貴族の義務である戦争で、後方で待機という訳にはいかない。
しかし、レヴィは乗馬が出来ない。というか、彼女は運動全般が全然ダメだ。
ゆえに、誰かが彼女と同乗する必要があった。
聖王国の大貴族、フェン公爵家令嬢と同伴することは北方騎士にとっての最たる名誉……とは思うのだが、北方領の聖騎士たちの頭は横に振って止まらなかった。彼らは口をそろえて「ソーヤ殿は英雄とも称されるお方。それを差し置いて……」と言葉尻を濁して頭を下げてきた。
普通に考えて、交代制にしたほうが効率は良いはずだ。その利点についても主張してみたが、断固として断られ続けた。しまいには、クヴァル様から「陣中で当主に粛殺(しゅくさつ)されたとあっては士気にかかわる」と言われ、文字通りこの重荷を一人で背負わされることになってしまった。
幸い、はじめの頃よりは劇的に状況は改善していた。
はじめの道中では、乗馬の稽古をサボったのは自分だというのに、見栄えを気にしたレヴィは『お姫様抱っこ』をなる姿勢を要求してきた。しょうがなく、言われた通りにしてみたが、メチャクチャ腕が疲れたので、レヴィをそのまま地面に捨ててしまった。
激しく怒り出すレヴィを尻目に、どうしたものかと悩んでいたら、偶然、元の世界からこちらの様子を覗いていた母さんが良いアイデアをくれたのだ。
「抱っこ紐を作ればいいのよ。宗谷が赤ちゃんの頃は、背負いながら買い物までこなしていたんだから」
その抱っこ紐なるものが、僕とレヴィの関係に革命をもたらした。
母さんの指示に従って予備の馬用の革紐を取り出し、地面に転がるレヴィを見下ろす。不穏な空気を感じ取ったレヴィはもがいて抵抗するが、それを上か抑えつけて、革紐をその体に巻き付けていく。
彼女の背中から脇下に紐を通して交差し、体重を乗せるために太股をすくい上げるようにして縛り付ける。レヴィは暴れて叫ぶが、小柄な彼女の抵抗などものの数ではない。革紐を引きつけて肩に背負い、余った部分を自分の肩に通して腰に巻き付けて固定する。
そして、僕はレヴィを背負って、立ち上がった。
重くない、だと!?
お姫様抱っこの時はとは全然違う。
あの時に両腕にのしかかっていた確かな重量がまるで羽根が生えて飛び立ったように消えていた。レヴィが背中で暴れてもビクともしない。そうか、この紐の結び方だ。これがすごいのだ。暴れれば暴れるほどキツく締め付けてフィットするようになっている。
これなら、レヴィがいくら駄々をこねてもまったく問題ない!
……そんな、感じでスノーに揺られること2日間。
「あ〜る晴れた、ひ〜るさがり、にーばーしゃーに揺られてくぅ〜」
長時間、おんぶ状態で脳を揺らされ続けたせいか、レヴィはすっかり幼児退行してしまった。今では、思い出したようにドナドナを歌うだけのただ人形だ。
「あ〜。……ねぇ、ソーヤ」
「なんだ」
「人はなぜ、戦争なんてつまらない事をするのかしら?」
「そういうのは、平和になってから考えればいい」
前を向いたまま適当に答えておく。
「はぁ〜。きっと、あんたのような思考停止の野蛮な男たちがいるから戦争がなくならないのよ」
この感じは、流石に限界だな。
そろそろ目的地も目前だ。先に潜入しているヘイティたちに状況を確認する必要もある。ここらで、クヴァル様に頼んで小休止を入れてもらおうか。
「こんな弱い女の子を無理矢理に戦場に連れだすような事までして……。ソーヤの世界だったら犯罪で警察が裁判よ。マスコミが騒いで、社会的に抹殺されるわ。そこら辺、どう思っているの?」
レヴィは理屈が達者だ。
だから、本当は自分がやりたくないだけの事も、まるで世界のためにやるべきではない事のように語ることができる。そういう論理をねじ曲げて平気なところが、整然とした思考を大事にしているクヴァル様とソリが合わない原因なのだろう。
「僕の世界の女の子は、魔法で軍隊をなぎ払ったりはしないよ」
「あら、失礼なことを言うわね。まるで私が戦争を好んでいるかのよう。そうさせているのは、他ならぬソーヤたちでしょう? それを私のせいにするなんて。いい、私は女の子なのよ。最近見たアニメではね。女の子ってのはね、イケメンに囲まれて、チヤホヤされて、守ってもらって、なんかそんな感じの生物なの」
「アニメって……、またあっちで変なのを見たんだろ。で、レヴィはそんな女の子なの?」
「いや、あんな女はぜったいに無理。イラッとする。目の前にいたら、ドナドナ送りにしてやる」
「……だろうね」
さて、クヴァル様はどちらに……。っと、ちゅうど馬の足を緩めてこちらに近づいて来られる。その後ろにはカーラ様、それと従軍を申し出たウィスさんも一緒だ。それぞれの配下である聖騎士を引き連れている。
「クヴァル様。ここで休止いたしましょう。目前ですので状況の確認も必要です」
「ああ、そうだな。お嬢も限界のようだ」
クヴァルさんはレヴィに目をやった。
そこには、売られた仔牛のような空虚な目をした公爵家の当主がいる。
「あら、レヴィア様」カーラ様の声がいつもより高い。「なかなか合理的な背負われ方でございますね。流石は当代一と言われる糸魔術の使い手です。背負われるにしても、紐の編み方が尋常ではありません」
カーラ様は優雅に手を口元にあて、にっこりと笑っていた。
「うっさい、ババア、死ね」と、対するレヴィの悪態にはいつもの切れがない。
まずいな。
美しくも厳しいカーラ様は、誰よりもレヴィを大切にしている。伯母としてレヴィをフェン公爵家の後継者として教育しようと心を砕かれているのだろう。だから、そのレヴィを仔牛のように縛り付けて背負っていることを、あまりこころよくは思っていないはずだ。
「カーラ様」
「ソーヤ、仕方のないことと理解はしていますが、レヴィア様にあまり恥をかかせないようにお願いします」
「も、申し訳ありません」
ああ、やっぱり怒られてしまった。
「ソーヤ殿。斥候の様子は」と、今度はウィスさんが聞いてきた。
「今からヘイティと連絡をとります。進軍を止めてください」
「分かった。進軍、停止だ!」
クヴァル様が声を張り上げると、並べて走っていた馬足がゆるやかになり、やがて停止した。
スノーが完全に止まったところで、背中に手を回してレヴィの尻を支えつつ、肩の後ろでガクンガクンになっている頭を抑えて、ゆっくりと地面に降りる。
抱っこ紐を解いてやると同時に、レヴィはふらふらとその場にへたり込みそうになった。腕をまわして抱き寄せてやる。
「大丈夫か」
「ん……、ぜんぜん大丈夫じゃない」と顔を腕にうずめてくる。
流石に、いわゆる女の子に二日間の強行軍は可哀想だったかもしれない。
そう反省しながらも、空いた手で懐から鏡を取り出して、耳に当てた。
「ヘイティ。こちらソーヤ。すぐ近くまで来ている。そっちの潜入はどうだ?」
ヘイティは今、飛竜傭兵たちがいる村に潜入しているはずだ。
「ああ、ソーヤか」
「状況を教えてくれ」
「ちぃ〜とばかし、マズいことになったぜ」
いつも陽気なはずのヘイティが、声を震わせていた。
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