[1-10] 狼と狐

「結構な数が見張りに出ているな」


 宗谷とウィスは、藪の中へと身を隠すとその場に腰をかがめた。


「そして、あれが住処の洞窟か」と宗谷は例の鏡を取り出す。「こちら、ソーヤだ」


(おう、ヘイティだ)(ギートです)


「目的の洞窟に到着した。思っていたよりも見張りが多い。ここが盗賊の拠点だろうが……ヘイティ、確認してくれ」

(あ? どうやって)

「鏡を見ていろ、今からそちらに映像を送ってみる」


 鏡を耳元から離すと、それをそのまま洞窟のいる方に向けた。もう日が落ちてはいるが、洞窟の中からは光がこぼれている。何とか映るだろう。


「見えているか」

(ああ、見えたぜ。……しかし、こいつはいよいよヤバい代物だな。風景も見せることが出来るのかよ)

「だからこそ、これを使った斥候部隊を作るんだ」

(おいおい、そんなちゃちな事を言ってるんじゃねぇ。例えば、これを聖都の卸市場の価格板を映し続けたらどうなるよ。売れっ子の演劇団や吟遊詩人の様子を映したら? それに、貧民街の奴らに文字を教えることだって不可能じゃない。本当にとんでもない事が起こるぞ)


 やはりヘイティに頼んだのは間違っていなかった、とあらためて思う。

 この術を見て、軍事だけでなく、人の生活を変えることまで着想が伸びていくのはヘイティだからこそだ。彼ならレヴィが作ったこの魔術を単なる戦争の道具に終わらせることはないだろう。


「で? ここは目的の洞窟か」

(ああ、間違いないね)

「分かった。そっちも到着したら連絡をくれ」

(おうよ。もう少しだ)


 腰を下ろして、剣の柄を引き寄せつつ、懐に仕込んだ刀子とうすの並びを確認した。


「殺るのか」と、すぐ側にいるウィスさんが問いかけてくる。

「……そうなるでしょうね」

「我々の正面に見張りは2人か。なれば、1人は私がやろう。同時にやれば騒ぎも少ない」

「ええ、お願いします。ヘイティの合図があれば、仕掛けます」


 深呼吸して目を閉じた。

 まだ時間はある。それまでに、理由をちゃんとしなければならない。これからやることの理由。人を殺す理由だ。ちゃんとしていないと、母さんに怒られる気がする。

 今回は簡単なはずだ。

 報告によれば、あの盗賊たちはもう何人も殺している。交易路での殺人は日に日に増加し、さらには周辺の村への略奪行為も噂に出始めていた。これ以上、人が殺されないためには、誰かが彼らを殺さなければならない。悪い人殺しを殺すのは悪いことじゃない。

 ……そんな矛盾を、母さんは許してくれるだろうか?


(こちら、ヘイティだ。着いたぜ。ギートは?)


 ちょうど、息が整ったところだ。


(ええ、こちらもつきました。洞窟も見えました)

「ヘイティ、合図をくれ」

(おう。セオリー通りにいくぜ。それぞれが徐々に包囲を狭めて侵入していく。いいか、見張りは静かに殺せ。いつかは奴らも異変に気がつくだろう。その時は、一気に飛び込んで出来るだけ殺す。一人も逃がすなよ。逃がせば、またどこかで盗賊になる。ましてや、殺しを覚えた盗賊なんざ、生かしていても面倒くせぇだけだ)


 ヘイティが理由を補強してくれた。

 それで十分なはずだ。この世界の秩序は法律ではなく暴力によって守られている。悪い人は確かにいるのだ。この世界は良い人ばかりではない。それは元の世界でもそうだった。


(始めろ)


 そのかけ声が、僕の背中を押した。

 背後のウィスさんに右側の見張りを指差し、自分はもう一人の盗賊のほうへ走り出す。

 相手をじっと見据える。まだこっちに気がついてない。

 まだ、まだだ……見つかった!

 懐に入れていた左手を抜き払い、刀子を投げる。

 その細い刃が盗賊の顔面に突き刺ささり、そいつはよろめいた。

 そのまま腰の長剣を抜きながら、踏み込み、横に斬り払った。

 柔らかい腹を、ぬたり、と斬る感触。

 その頬に刀子が刺さった盗賊の表情が、状況を理解できずに固まっている。

 返し刀を、引きつけて、

 その喉元に、切っ先を差し込んだ。


 ごぼぉ、と喉から血を吹き、彼は死に、そのまま崩れた落ちた。


 丁寧に長剣を引き抜く。

 呼吸を一つ、その場でまとめる。

 足元で痙攣する死体に視線を落とす。彼の死を確認する。そこから目を背けてはならない。そんな気がするのだ。


 ——あと、一人。


 もう一人のほうを振り向くと、そこには突然のつむじ風でマントを煽られて身動きができない男の姿があった。

 その男に、ウィスさんが近づいていく。

 彼女の左手で鳥の羽を束ねたものをあおいでいた。おそらく、魔道具の羽鞭(はねべん)だ。もう片方の手にはレイピアを握っている。

 盗賊はつむじ風にまかれたマントを振りほどきながら、闇雲に手にした片手斧を振り回している。しかし、慎重に機会をうかがっていたウィスさんが、ぱっと間合いをつめたかと思うと、レイピアで心臓をひと突きにして絶命させた。

 彼女が振るっていた羽を止めると、辺りのつむじ風がぴたりと止む。


「……魔道具ですか?」

「ああ、そうだ。有名な魔術工房の作でな、しかも鷹の羽鞭だ。聖騎士叙任の祝いに父からもらった」とウィスさんは、殺した盗賊のマントを拾い上げる。


 彼女は、そのまま自分のレイピアについた血糊を拭き取りはじめた。


「これを振れば、風を操ることができる。隠密だからな。火球で焼いて騒がれるわけにはいかん。突風であれば、不自然ではないし、森のざわめきで音も紛れよう」

「なるほど」

「私は混血ゆえな。生まれつきの魔力が弱い。どうしても魔道具に頼らざるをえん」


 ウィスさんの口が自嘲気味に歪む。

 彼女は平民であるヴァン様と魔術士であった奥様の間に生まれた。彼女のような存在は混血と呼ばれ、貴族の血が薄いので、生まれつきの魔力は弱くなると言われている。

 とはいえ、軍属の魔術士が補助のために魔道具を使うことは珍しくない。とくに聖騎士は剣と同じく魔道具を装備しているものだ。


「そうですか? 聖騎士では魔道具を使うのは普通のことだと聞きます」

「騎乗中に魔術を使うゆえ、どうしても魔道具の補助がいるからな。そもそも魔力が強ければ魔術士を希望するものだ。わざわざ危険な前線に出る聖騎士になるのは、魔力が弱い者だけだ」

「なるほど」

「……そちらの手際も見事だったぞ」

「ウィスさんこそ」

「聖騎士ともあろうものが、盗賊相手に見事もなかろう」


 彼女はそういうと、レイピアの血を拭いとったマントをこちらに放りなげた。


「拭け。あと何人か斬るのだろう。血が固まれば刃が滑る」

「ええ」


 言われるがままに、マントで長剣の血糊をぬぐい取っていく。


「このまま洞窟まで潜入します。途中で、敵に遭遇した場合は倒します。後ろから援護をお願いできますか?」

「ああ」


 二人はまた藪の中に姿を隠した。



 ◇


 ウィス・インリングは現状に納得がいかなかった。


 その原因は数多くある。

 今回の北方領への派兵命令もそうであるし、敬愛する主人の婚約者がばらまいている不貞な噂もそうだ。

 ミハエル王子にはその母親の身分が低いことを疎ましく思う派閥が存在する。そういった派閥が、気性に難のある災厄令嬢をミハエル様の婚約者に押しつけた、ということはもはや公然と語られる事実だろう。


 それなのに、ミハエル様は本当によく堪えていらっしゃる。


 宮廷では押しつけられた婚約者の不貞を当てつけられても、にこやかにそれを庇い。その当事者でもあるソーヤ殿に対してもご寛大で、しかも彼を自らの幕僚にくわえようとなさった。

 それだけではない。

 先の事件で第二王子のウリエル様がミハエル様の暗殺を謀ったことがあった。これを未然に防いだミハエル様は、本来であれば追放もありえるはずなのに、指輪を交わすことでこれを許した。同時に、聖王様に対してもこの事件を内々に秘して不問にするように申し入れをしたのだ。

 母君の身分など問題ではない。ミハエル様こそまさに王になるべき御方だ。私の忠義に一片の疑いすらもない。


 ……では、あるが。主人の判断を疑問に思うこともある。


 ミハエル様はソーヤ殿にご執着なされている。

 ソーヤ殿は、英雄、あるいは、鏡渡りのソーヤ、とも呼ばれ、もはや聖王国でその名を知らぬはいない。

 先の飛竜傭兵団による聖都襲撃を撃退したことが有名だが、他にもミハエル様の配下で数々の事件を解決したとも聞く。戦場では、災厄令嬢の側に常にあり、彼女の桁違いの魔術をよく補佐して戦ったと聞く。

 しかし、自分はその戦いぶりを実際に目にしたことはない。

 ただ、その戦いぶりを噂に聞くばかりだった。曰わく、十数の飛竜を斬り落とした。災厄令嬢を背に50人を斬り伏せて守り抜いた。などなど。もはや人間とは思えぬ鬼神のごとき活躍の数々だ。

 もちろんそのまま信じているわけではない。しかし、あのミハエル様がこれほどに気にかける人物であれば、もしや、とも考えていた。


 ところが、だ。


 実際にソーヤ殿の戦いを目の前にするかぎり、噂のような超人性は見られなかった。

 確かに良い剣士ではある。卓越した戦士と言っても良いだろう。先ほどの見張りを倒した際もその手並みはとても丁寧だった。

 中央の騎士団でも、これほどの剣術をこなせる者は数えるほどしかいないだろう。加えて、刀子投げなどの技も冴えている。まだ若いのに状況判断も適格だ。あの公爵家の家宰がひいきにするだけはある。


 しかし、だ。


 だからといって、噂に聞くような英雄的活躍とは根本的に違う。

 例えば、騎士団長の父がソーヤ殿と戦ったとしよう。個人の剣の勝負でだ。

 おそらく、勝つのはお父様だろう。

 お父様は平民から叩き上げで騎士団長まで登りつめたお方だ。今でこそ指導者としての立場にあるが、若い頃は騎士としてかつてないほどの武勲を重ねた人だ。

 確かに、年を考慮するとソーヤ殿が父を超える日が来るかも知れない。早ければ、数年以内には聖王国随一の騎士と称されてもおかしくはないだろう。それでも、あのミハエル様の人差し指には値する人物とは思えない。

 そこで、ふぅと息を吐いた。


 ……結局のところ、英雄ソーヤとは災厄令嬢の力ゆえなのだろう。


 昔から戦場で伝説となった魔術士たちの傍らには優れた騎士が控えていたものだ。騎士が戦場の露を斬り払い、術士を守護することで、はじめて魔術が威力を発揮する。性格や言動がどうであれ、レヴィア嬢が稀代の魔術士であることは認めざるを得ない。

 つまり、騎士団の男たちの卑猥な表現を借りれば「馬と同じで、魔術士を乗りこなすのが騎士の甲斐性」という事だろう。つまり、ソーヤ殿はとりわけ凶暴なメス馬を乗りこなす唯一の騎士、という事だ。


「ようやく、洞窟までつきました」

「……ああ。ここにくるまでにもう何人か斬ったな」


 最初の見張りを手分けして斬った後、さらに遭遇した盗賊を彼は2人ほど斬り伏せている。いずれも見事な手前で、叫び声すらあげさせず静かに仕留めていた。


「ええ」


 ソーヤ殿は目を閉じてしばらく黙った。その表情は沈んでおり、何やら口元でつぶやいている。

 ……どうやら黙祷らしい。


「死者を悼んでいるのか」

「……いえ」


 騎士とはいえ、日に数人も斬り殺す経験など稀だ。若い心に負担になるのは無理もないことだろう。


「獣を斬ったと思うが良かろう。どうせ、獣以下の連中だ」


 そう言って捨てると、彼が小さく「でも、母さんが」とつぶやく声が聞こえた。


「母さん?」

「あ、いえ……。そうですね」

「どうした?」

「悪い人たちとは言え、僕は殺したのです。それを、そういう言い訳で済ませちゃうと、母さんが悲しむと思って……。ちゃんとしないとダメだと母さんなら言うだろうなって。自分がやった事から逃げちゃダメだって」

「……」


 ソーヤ殿は再び目を閉じて、黙祷に戻った。

 その様子を見て、ようやく分かったことがある。それは私の胸のわだかまりを、少しだけ溶かした。

 つまり、彼は良き母親にちゃんと育てられた男だということ。そして、そんな彼の真摯さをミハエル様は好ましく思っているのだろう、ということ。

 それだけは納得できた。




 目を閉じて死者を思い浮かべていた宗谷は、必ずしも殺した相手を悼んでいたわけではない。

 ただ、自分がしたことを軽く扱ってはならないとは思っていた。決して忘れないように、瞼の裏に断末魔を刻みつけていた。それが形としては黙祷となり、外から見れば死者を悼んでいるようにも見えた。

 やがて、黙祷を終えた宗谷は鏡を耳に当てた。


「こちら宗谷だ。洞窟付近まで到着した」

(おう、こっちもだ。上を見ろ)


 ヘイティの声に従って上を見上げると、チラチラと光りを弾く鏡を左右に振っている人影が見えた。すでに日が傾いて見分けにくいが、それがヘイティなのだろう。


(おい、ギートはどこだ?)

(私もついたところです。ヘイティの右手側、ソーヤと反対側です)


 洞窟を挟んで反対側にも、ギートさんらしき背の高い人影が現れた。その後ろには数名の手練れが控えている。

 ここまではほぼ理想通りの進行だった。作戦の目標は盗賊たちを全て殺すこと。そのために、鏡で連絡を密にしながら、三方から接近し、遭遇した盗賊を一人一人倒していく。

 そして、作戦通り、ほぼ同時に洞窟まで到達できた。この術がなければ不可能だっただろう。


(残りはこの洞窟の中、か)

(どうしますか? 寝静まる頃合いをみて、突入しますか?)

(おいおい。こっちには、あのソーヤとこのオレがいるんだぜ? それに、すでに見張りは片付けちまった。交代かなにかで気がつかれても厄介だ)

(そうですか、では私たちは入り口でも塞いでおきますね)


 ギートさんはそれだけでヘイティの意図をくみ取ったのか、さっそく手勢に指示して洞窟の入り口に配置しはじめた。


(おい! 童貞ソーヤ。びびって、いちもつは縮んでないよな?)

「ああ、大丈夫だ」

(それじゃ、)と言って、ヘイティは洞窟の上から飛び降り、まるで獣のような身のこなしで地面に降り立った。


「久しぶりに、大暴れしようじゃないか」


 ヘイティは腰から剣を引き抜いて不敵に笑う。

 彼が好んで使うのは曲剣で長剣よりも短い。しかし、その分、小回りが利き切れ味も良い。鎧を着ていない盗賊を相手にする場合、それも狭い洞窟の中では曲剣は使い勝手が良さそうだ。


「ヘイティが前に行けよ。僕は後ろで見てるから」

「おいおい、貧民街で暴れ回ったあの狼は、聖都でチ○ポを引き抜かれたか?」

「暴れ回っていたのは狐のほうだろ。法螺を吹くな」

「どうだか。まぁいい。お前が左でオレが右だ。いつもの配置。忘れてないよな?」


 僕が右利きでヘイティが左利きだから、二人で戦う時はいつもそんな配置になる。

 その配置で敵を正面においた場合、互いの利き手で剣を前に構え背中合わせになれる。背後の守りをお互いに任せた有利な陣形だ。

 貧民街の狐と狼は、そうやって色んな事件を解決してきた。


「ああ、覚えているさ」


 いつもの定位置、ヘイティの左側に立つ。


「ちょっと待て、火をつける」


 彼の手には小瓶が握られていた。

 彼がよく使う道具の一つだ。中には油が入っていて、蓋は布をつめて油を染みこませている。いわゆる火炎瓶。それは暗がりの中で戦う時に、彼がよく使う道具だ。

 ヘイティは火花石を弾いた。

 火花石は着火のための火花を弾く魔道具だ。使用者の魔力がほとんど必要としないため普通の人にもよく使われる。ぱっと飛び出た火花が油の染みこんだ布に火をつけ、夜の闇をオレンジ色に照らす。だが、洞窟の向こうは細くうねっていてまだ闇の中だ。


「行くぞ」


 ヘイティのかけ声と同時に、忍び足をはやめて洞窟の中に飛び込んだ。

 入り口近くには誰もいない。ヘイティが火炎瓶を掲げて当たりを照らし、さらに10歩ほどすすんだ。

 すると向こうの地面に白いものが見えた。

 足だ。白い剥きだしの肌、裸の、女の体。ぐったりと、いや、動かない、死体。


 ……ああ。


 心が冷え固まる。

 理由がまた一つ出来た。きっと、母さんも許してくれるだろう。今回はヘイティの言うことが正しかったのだ。

 おそらく、盗賊たちの慰みものにされた村娘だろう。すでに殺されてしまっている。

 その時、人の気配がした。洞窟の向こうから、灯りが近づいてくるのが見える。

 長剣を肩掛け、構えを整え、息を潜め、心を冷たく落とす


「おいおい、まだ交代の時間じゃねぇだろうよ」


 よどんだ男の声が、近づいてくる。


「おい、……誰だ? お前ら」


 その問いには答えず、大きく踏みこんだ。

 体重を刀身にのせ袈裟に斬り下ろすと、男の首が開き、勢いよく血しぶきが上がった。

 もはや隠密は不可能だ。洞窟ではどんな小さな音でも響き渡る。だったら、一撃で仕留めるのが一番いい。

 男の断末魔がこだまして、奥からがやがやと騒ぎはじめた。その喧騒から察するに、おそらく数は6人くらいだ。


「ソーヤ! ここで迎え撃つぞ」

「ああ」


 この場所は洞窟が途中で広がった空間で迎え撃つにはちょうどよい。この広さは女をなぶるにも都合がよかったのだろう。盗賊を殺すのだって、ちょうどいい。


「いつもの手順だ。開始の合図はオレの火炎瓶。あとはお前に合わせる」

「……くるぞ」


 ヘイティが僕の背中にぴたりと寄り添った。その手元で燃える瓶から油の匂いが立ちこめてくる。

 柄を引き寄せ、刀身を立てて肩に寄せる。この暗がりで間合いを計り合うような構えはいらない。相手より速く踏み込んで、骨ごと叩き切って一撃で倒す。

 奥からの喧騒が怒声にかわって、大きくなってきた。


「今だ」


 増援の盗賊の先頭に、ヘイティは火炎瓶を投げつけた。

 男は火だるまになって暴れ、後続の盗賊たちがそれを避けようと左右に分かれる。

 その間隙に、僕は身を踊らせた。

 右の一人を袈裟に斬り伏せ、返し刀で左の男の腹を斬り払う。

 ほぼ同時に、背後で別の男が断末魔をあげた。僕の背中に寄り添っているヘイティがやったのだろう。


 炎にまかれた男が狂い踊りながら、周囲を照らす。


 残るのは2人。

 ようやく状況がのみ込めたのか、斧を振り上げて襲いかかってきた。

 その男が振り上げた手首をヘイティの曲剣が切り落とし、無防備になった首を僕が剣ではねた。

 後、1人。

 斧を構えて動けなくなったその男に、つっ、と間をつめると、男は叫びながら斧を担ぐように振り上げようとする。

 その隙だらけになった心臓に、長剣を突き刺す。

 そして、振り下ろされる斧をよけざまに、そいつの胸を横に切り開いた。


 これで、全員か。


 炎と踊る男の絶叫がこだまする洞窟の中で、僕らは背中あわせに戻って周囲をうかがっていた。ヘイティの息づかいと僕の鼓動。耳をすまし、神経と研いでも、もう他に生きている者はいない。

 

 やがて、炎にまかれた男がついに息絶えて、火の勢いがくすぶり始めたころ。

 僕たちは、どうやらすべてが終わったのだ、と納得したのだった。

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