[0-08] ちゃんとお話したの?

 ウリエル第二王子がミハイル第一王子の暗殺を画策!


 その一報が聖宮をかけめぐった時には、すでに容疑者たちの拘束は始まっていた。

 騎士団長であるヴァンが直接指揮をとり、また暗殺計画が事前に漏洩したこともあり迅速な対応がなされていた。ウリエル王子の協力者たちは瞬く間に取り押さえられ、堅牢な封術を施された部屋の中へと監禁されていく。


「……これで、ウチに帰れるのかしら?」


 事の顛末を聞いた私は宗谷に問いかけた。


「そうだね。ただ、肝心のウリエル様はまだ捕まっていないらしい。それでも、ミハエル様とヴァン騎士団長なら時間の問題だろうけど」


 へぇ、あの赤髪の弟王子くんは逃亡中なんだ。


「でも、これでレヴィの嫌疑は晴れた」

「嫌疑が晴れたっていうか、黒だったけどね」

「……まぁ、それでもレヴィの密告で暗殺を未然に防いだ、ということになっている。彼女はミハエル様の婚約者だ。どうして彼女がこんなバカなことをしたのか、後でちゃんと問い詰めるけど、取りあえずは一安心だから」


 まぁ、そういうことにしておきましょう。

 宗谷には宗谷なりの考えというものがあるのでしょう。お母さんとしては、そうやってレヴィアちゃんを甘やかすのはどうかと思うのだけど……。


「とりあえず、母さん。ありがとう」


 宗谷は頭をさげた。


「はいはい、どういたしまして。お母さんも楽しかったわ」


 レヴィアちゃんを腐った井戸に引きずり込めたしね。

 顔をあげた宗谷は、頬をかきながら笑った。


「もし、入れ替わりがバレたら大変なんだ。そろそろ元通りにしてしまおう。これ以上はレヴィがヘソを曲げちゃうし……」


 そう言われて宗谷に連れて行かれたのが、白い塔が無数に連なって出来た建物だ。

 かすかに見覚えがあった。この世界に連れてこられた時、私がいた建物だったような。


「ここは?」

「聖宮だ。ここにある聖壇の大鏡おおかがみじゃないと、元の世界との移動は出来ないんだ。あそこは本来、禁域だからね。見つからないようにしないと」


 今は、その聖宮で一番高い塔に登っている。

 壁がなんと鏡で出来ているのだ。

 その壁に沿って白い階段がらせん状に渦巻いている。壁の鏡は宗谷と私の姿を乱反射して、いたるところに二人の姿が映し出されていた。

 うわぁ、目がぐるぐるになっちゃう。


「まるで、異世界へ続く階段ね」


 その不可思議な光景にそう感想をもらす。


「うん。まさしく異世界との境界をゆがめる立体構造術式になっているんだ。この聖壇の塔が全体でね」

「あら、むずかしそうね」

「レヴィの受け売りなんだ。この塔はずっと昔からあったのだけど、誰もこれの使い方を知らなかったんだ。これを解き明かしたのレヴィだった。彼女は天才なんだよ」

「ええ、本当に頭のよい娘みたいね」


 なんたって、彼女は純愛系BLを一冊読んだだけで寝取られ展開を妄想できたのだ。それも、圧倒的にBL文化が遅れているこの世界なのにだ。その発想力は確かに天才的としか言いようがない。

 あの後、テニヌのオレ様を読破した彼女は、瞬く間に攻め×受けの基本方程式を理解した。その直後には受け×攻めと転じる下克上モノに気がつき、受け×受けの有効性を仮定した。

 私が、受け×受けはすでにホモ百合ジャンルとして定着していることを教えてあげると、「この世界は数世代先を行っている」と非常に悔しがっていた。


 ……ふっ、私は怖ろしい娘を見つけてしまったようね。


「さて、着いた」と宗谷の足が止まる。


 目の前には大きな両開きの扉。

 私は、ロケットペンダントを引っ張り出して、鏡の中のレヴィアちゃんにしゃべりかける。


「レヴィアちゃん、ようやく元通りだよ」

「え、あぁ……。うん」


 鏡の中のレヴィアちゃんは、左右に漫画を積み上げてこちらを面倒くさそうに振り返った。


「ねぇ、ソーヤ。今、いいところなんだけど。もう一週間くらい……、いや、思い切って一ヶ月くらい、このままでもいいんじゃないかしら?」

「何を言ってるんだ、レヴィ」


 聞きつけた宗谷が、ペンダントを覗き込む。


「いや、でもさ。スマホで見たんだけど、恐山先生の最新作がそろそろ発売するのよ? お義母かあ様の体は面倒くさいことも多いけどさ〜、ぶっちゃけ、元の世界にそんな楽しいこともないじゃん?」

「それ……母さんのBL本だな」

「ん、そうだけど?」

「しまった。くそっ」


 宗谷が頭を抱え込んで、横目でこちらを見た。


「母さんでしょ、レヴィに読ませたの」

「えっ、そ、そんな事ないわよ。偶然じゃないかな〜。レヴィアちゃんが自分で読み始めたんじゃないかな〜」

「……レヴィ、どうなんだ?」

「もちろん、お義母さまのご指導よ。安心しなさい、ソーヤ。この部屋には親子モノはなかったから」


 親子モノBL本などという家族崩壊性の強い菌類はイベント用の貸し倉庫スペースに隔離しているからね。

 って、ちがーう! レヴィアちゃん、非道い!


「レヴィアちゃん、非道いわ」と実際に口にも出してみる。

「あら、恥じることはなんてないわ。そんな事よりも、お義母さま、私は即売会というイベントに行きたいのです。連れてってくださる?」

「えっ、いいよ。ちょうど私が運営しているのがあるわ」

「本当? やったー!」

「レヴィ!」


 宗谷の大きな声が廊下に響く。


「君はこっちに戻って後始末だ」

「嫌よ」

「嫌じゃない。君が起こした騒動だろう。君は将来、ミハエル様と結婚してこの国の王妃として、みんなを導くんだろう。そんなワガママはッ」

「嫌よ! 黙りなさい。ソーヤ!」


 突然、レヴィアちゃんが大声を出して、宗谷の言葉を遮った。


「私は、絶対に、戻らないわ」

「レヴィ、わがままはよせ」


 宗谷がそうたしなめると、レヴィアちゃんの表情がくしゃりと崩れる。


「何よ」と彼女は呟く。「私、決めたんだから。絶対に、戻ってやるもんですか。ソーヤが言う通りになんか、絶対にしないんだから!」

「レヴィ! 君は」

「なによ! なによなによなによ! 大馬鹿のソーヤのくせに、なにも知らないくせに! 私のソーヤのくせに!」


 鏡の中で、彼女はまるで赤子のように泣き叫んだ。


「もう! 知らない!」


 彼女が最後にそう叫ぶと、ペンダントの鏡が光って普通の鏡になってしまった。そこには、私と宗谷が顔を困らせているのが映っている。

 そこにある宗谷の表情が、小さな時に猫を拾ってきた時とまったく同じだったから、何となく私には分かってしまった。


「宗谷……。あなた、本当は分かっているでしょ?」


 宗谷が視線をそらした。


「レヴィアちゃんの事、どう思ってるの?」

「……いや」

「嫌いなの?」

「それ、卑怯だよ」

「ちなみに、お母さんはレヴィアちゃんのこと好きよ」

「そういうのとは、ちょっと違うじゃん」


 ふふ、と笑いがこぼれそうになって、口に手をあてた。


「じゃあ、好きなのね」

「……」

「宗谷の考えている事、当ててあげようか?」

「……なに」


 BLで鍛えられた想像の翼。

 そんな大層なものなんて、別に必要じゃない。ただ、ずっと見てきた息子の愛おしい癖の数々をつなぎ合わせれば、自然と答えにたどりつく。

 宗谷は、今ではすっかりたくましい青年になったけど。

 本当は、大人しくて、気弱で、とても優しい子なのだから。


「レヴィアちゃんがミハエル王子と結婚するのが、彼女が一番幸せになれる、とか思ってるでしょ」

「……」


 ——図星。


「この世界では貴族同士しか結婚できないし、ミハエル王子は素敵な人だし、それに宗谷はいつか元の世界に帰っちゃうかもしれないし」

「まぁ、……うん」

「それに宗谷のお母さんは腐女子だし」

「それは関係ないよ」


 ふふ、と笑っちゃう。


「まぁ、お母さんはもう大人ですからね。二人も子どもを育ててますから、宗谷が正しいことは知っているわ。恋愛だけじゃ幸せになれない。お父さんみたいに、相手の趣味に寛容じゃないといけないし、お金も必要だわ。家のローンとか学費とか、ね」

「……そんな具体的なことは知らなかったけど。でも、僕じゃあレヴィを幸せにできない。そんな気がするんだ」

「なんたって、異世界恋愛ですからね。お母さんも心配だわ」

「そう、だよね」


 うつむいた宗谷に近づき、両手でその顔を挟んで覗き込む。


「でも、ちゃんとお話したの?」

「……」

「してないでしょ」


 そこまでレヴィアちゃんのことを考えたのだったら、

 もう、あと一歩、

 相手の気持ちになってあげなさい。


「だったら、レヴィアちゃんは余計に苦しいはずよ。……宗谷よりもずっとね」


 宗谷の顔が歪んで、こちらの胸も痛くなった。


「ちゃんとお話するべきだと、お母さんは思けどな。レヴィアちゃんには色々とお世話になったんでしょ。命の恩人なんでしょ。このままじゃだめ。絶対にだめよ」

「……うん」

「よし!」


 と、言って、両手で挟んだ宗谷の顔を離す。


「じゃあ。家に帰ったら謝ろうか。お母さん、ご馳走をつくるから。何がいい?」

「カレー、かな」

「あら、もっと高いのにしなさいよ」

「ずっと食べてないんだ。母さんのカレー」

「そうだったわね」


 宗谷の胸をトンと拳で叩いて、くるりと振り返る。

 そのまま聖壇への大きな扉を両手で押して、中に入る。正面の高台には大きな鏡が据えられていた。


 しかし、


 禁域であるはずのそこには、数名の男たちがいた。

 その真ん中に立っていた男がこちらを振り返く。短い赤髪、背が高く、整った顔立ち。


「裏切ったのは、やはりお前だったか」


 ウリエル王子だ。

 彼は指を中に踊らせた。その指先の軌跡は炎の尾を引いて何かの文字をかたどると、最後に指をこちらに突きつける。

 すると、炎の文字がねじれて指先に収束し、こちらに向かって放たれた。

 視界が、白く、焼かれた。


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