[0-06] スマホ
「ところで、この……何と言うのかしら、この耽美的な絵本なんだけど、」
レヴィアちゃんは言葉に迷っていた。
「BLよ」
「ビー、エル?」
「ボーイズ・ラブよ。略してBL本。それに絵本じゃなくてマンガっていうのよ」
「へえ、マンガね。随分と手の込んだ読み物ね。作者を公爵家のパトロンにしてやってもいいわね」
ふっ、愚かね。
権力者に囲われるような私たちではないの。
例えば、シャーロック・ホームズが刊行された時に、イギリスの淑女たちは身分の垣根を越えて、ホームズ×ワトソンの自作BL小説を交換していた。当時の同人BL本、現存するらしいよ。読んでみたい。
そう、むしろ我々腐女子は権力者に侵食する!
「で、このボーイズ・ラブ? あなたのこの趣味はソーヤも知ってるのかしら?」
「知っているわよ。宗谷だけじゃなく、旦那も玲奈も」
ペンダントをピンマイクみたいに口元に寄せてレヴィアちゃんとお話をして時間を潰していた。
ロケットにはめ込まれた小さな鏡の向こうでは、レヴィアちゃんが言われた通りにテニス漫画の金字塔『テニヌのオレ様』を読み始めている。姿は私だから、眺めているとなんだか不思議な気持ちだ。
その私が顔をあげてこちらを見た。
「あんまり褒められた趣味のようには見えないけど」
「まぁ、そうね。でも、旦那は理解してくれるし、子どもにもちゃんと話すことにしたのよ。隠し通せるほど器用でもないしね」
「随分と仲が良いのね。……そうか、ソーヤはこういうのはOKなのか」
ふんふん、と頷いて読書にもどるレヴィアちゃん。
家族にはBL趣味は隠してないとはいえ、流石にエロいのは棚の裏にしまってある。まぁ、その事はバレているとは思うけど、だからといって表立って見せるのも違うしね。宗谷がスマホでエッチなのを見ていることを、そっとしておくのと同じです。
「大丈夫よ。レヴィアちゃん、宗谷はノンケだから」
サイトの閲覧履歴もちゃんと一般男性向けだったからね。
だけど、レヴィアちゃんんいは残念なことがあるの。宗谷が見るのはOLとか女教師とかのお姉さん系が多いのよ。
レヴィアちゃんはほら、ロリ系だから……。
「はぁ!? べっ、別に関係ないでしょ」
「あら、そうなの? 残念だな〜。レヴィアちゃんには宗谷の秘密、教えてあげようと思ったんだけどな〜」
「何よ、ソーヤの秘密って」
「ずばり、宗谷のスマホの使い方」
「スマホ、なにそれ?」
「エッチがつまった機械仕掛けの箱よ」
「……教えなさいよ」
若いって、いいわよね。
それにしても、私は酷い母親です。息子のデリケートな部分を餌にレヴィアちゃんを釣り上げようとしているのだから。だけど、それよりも確認しなきゃいけない事があるの。宗谷、許してね。
制服のポケットから、弟王子くんから渡された手紙を取り出して、レヴィアちゃんに見せる。
「これの秘密と交換でどう?」
「むっ……何それ、分からないわ」
まるでBL趣味をひた隠しにする女子学生のように、レヴィアちゃんは視線をそらした。その仕草だけで私には分かる。彼女には後ろめたいことがあるのだ。
……まぁ、ある程度は予測がついている。
レヴィアちゃんは《性格に問題がありそうだけど》小さくて可愛い女の子だ。公爵家のご令嬢で身分も高い。あの金髪イケメン王子と許嫁なのに、ウチの息子のことも狙っている。
つまり、可愛い顔した肉食系女子!
それが、弟王子くんからこっそりと手紙を渡されたのだ。もう確定でしょ。きっと、青少年の純情を弄んでいるのね。うらやま、いや、違うそうじゃない。
母親として、宗谷のことを本当に想ってくれているのか確かめさせていただきます。
「じゃあ、私もスマホは教えない」
「はん。構わないわ。こんな狭っ苦しい家ですもの、ちょっと探せばそれらしい箱は見つかるでしょ」
「残念ね。そうはいきません」
「どうしてよ」
「スマホは機械仕掛けなのよ。レヴィアちゃんに宗谷のパスワードが分かるかしら?」
「ぱ、ぱすわーど?」
「おっと、それ以前に操作もままならないでしょうね。タップにスワイプ、インターネット接続にグーグル検索。そして何より、検索履歴の表示方法」
「うっ、うう……」
顔をゆがめるレヴィアちゃんの目の前で、ひらひらと手紙をゆらす。
「さぁ、意地をはるのはおよしなさい。交換よ」
「そ、そんなの、この私ならあんたなんかに教えてもらわなくても、きっと自力で……」
ふふ、強情な娘。
でも、あと一押しで墜ちるわ。
「レヴィアちゃん、背後の机の上に私のスマホが入っているわ」
「えっ、どれどれ?」
「ほら、後ろを確かめてみて、そうそう、そこそこ。カード状の白いのがあるでしょ。……ああ、それよ。それがスマホ」
「これが? こんな小さなものにソーヤのエッチがつまっているの?」
「いえ、それは私のスマホよ。エッチだけどBLしかつまってないわ」
「……どういうこと」
「まま、まずは表のボタンを押してみなさいな。そうそう、すると番号が浮かび上がってくるでしょ」
「あっ、これは魔術? 不思議だわ、魔力を感じないし、かなり緻密な表示ね」
「そこで入力するのがパスワードよ。801と入力しなさい」
「ん〜、入力って?」
「えーとですね……。画面の数字を指で触るだけ、優しくね〜」
レヴィアちゃんは、スマホを買って貰ったおばあちゃんみたいに、眉間に皺を寄せながら人差し指を震わせている。
「画面って、このガラスの表面よね? これを押せばいいのね」
「ええ、801よ」
「……!」
次の瞬間、鏡の中のレヴィアちゃんが顔を真っ赤にしてスマホから目を背けた。
いいわね〜。反応が初々しいわ。
私も初めての時は同じような反応をした。そして、そーと目を開けて、もう一度確かめるのだ。
「なっ、なっ、なっ……なによコレ! なにが映ってるのよ! こ、これって、テニヌのオレ様のアベシ様が、リョータに、男同士なのに!」
「え、あっ。めんごめんご、壁紙をかえるの忘れちゃってたー。ゴメンネー」
そう、私のスマホの壁紙は、サークル腐月堂の渾身の一枚絵。主人公のリョータを、王の異名を取るアベシ様に組み伏せられるシーンだ。
「そ、そんな。知らなかった。ラケットにそんな使い方があったなんて……」
どうやら、初心者には少し刺激が強すぎたらしい。
ラケットは握ってボールを打ち返すものですよ。ん? だったら、壁紙の使い方は間違ってないわね……。大発見。
「レヴィアちゃん、これがスマホよ」
「えっ……つまり、ソーヤも同じものを」
レヴィアちゃんの表情が真剣なものに変わる。
「ようやく、気がついたようね」
「スマホには、ソーヤの性癖が赤裸々に記されている」
「ちょっと違うけど、大体はその通りよ。さぁ、観念しなさい。私は十分に価値の交換条件を提示しているつもりだわ」
「……わかりました。全てを白状します。その手紙についても」
ふ、やはり墜ちた。まだまだ小娘よのう。
さぁ、あなたの浮気を白状なさい。
「国家反逆の主犯は、第二王子ウリエルです」
……ん?
「私はウリエルのミハエルの暗殺計画に参加してました。その手紙はおそらく決行日の連絡です。お
……お母さん、ビックリなんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます