[0-04] 学院

 その学生服は殺人的に可愛かった。


 上着は青を基調にしたブレザータイプなのだが、胸元にはふわりと赤いスカーフを巻く。下はいろんな種類の用意あってタイトスカートだったりロングスカートだったりと選べるようだ。今日はレヴィアちゃんのお人形さんみたいな体型に合わせて、ふわっとしたフレアスカートに決めた。

 寮の部屋でくるりと回って、むふふ、と不気味な笑いがこぼれてしまう。いや〜、いいですな。こんなに可愛い子に着せ替えごっこ。しかも制服だよ。女子の最強装備だよ。こんなの現実ではなかなかできませんからね。

 あっ、クローゼットの奥に冬服もあるじゃなーい。やだ、これもかわいい。どれどれ?


 ……などと、ついつい楽しくて、朝から色んなコーディネートを楽しんでいたら。


「母さん、そろそろ遅刻だ。学院にいく準備は?」


 着せ替えの最中に、宗谷が部屋に入ってきた。

 きゃー、と叫ぶような歳でもないから、取りあえず全力で枕を投げつけてやった。


「……まったく、宗谷はなってないわ」


 私の横を宗谷が歩いている。


「だって、時間が」

「ノックくらいするものよ」

「30分も待たされていたんだ」

「乙女の準備に30分は長くないの、ちゃんと覚えてなさい」

「乙女って……。もう、母さん」


 何か言いたげな宗谷を無視して、つかつかと歩く。すると、向こうのほうに背の高い時計台が見えた。

 そこから、リンゴーン、と鐘の音が聞こえてきた。


「予鈴だ。母さん、急がないと」

「あら、遅刻?」

「そう言ったじゃないか。ほら走って」


 宗谷にせき立てられて、その時計台に向かって走ると大きな広場に出た。

 時計台を中央にして、建物が円陣を組むようにして左右に広がっている。周りには同じ学生服を着た子たちが歩いている。どうやら間に合ったらしい。


「ねぇ、どこに行けばいいの?」

「時計台下の大教室だ。案内するからついてきて」


 宗谷がそういって先導するので大人しくついていくと、周りの女生徒たちがこちらを見てヒソヒソと話をするのが耳に入る。


「ねぇ、ほら見て、ソーヤよ」

「まぁ、あれが英雄ソーヤ? 私、初めて見るの。カッコイイじゃない」

「でも、あの災厄令嬢が拾った男らしいのよ。どこの馬の骨なのかも分からない」

「あら、いいじゃないの。魔術や勉学ばかりの貴公子にはなかなかいないタイプだわ。とっても、ワイルド」

「まぁ、いやらしいわ。あんたはそういう所ばかり見て」

「そういう所って、どういう所よ」


 古今東西、異世界だろうが女の子たちの会話は変わらないらしい。

 それにしても鼻が膨らむわ〜。ひくひくです。そうよ、ウチの息子なのよ〜。イケメンなの〜。ワイルドでしょ〜。でも、これでも昔は気弱で大人しい子だったのよ。

 うれしくなって、噂をしていた娘たちにドヤり笑顔を浮かべて手を振ってみる。


 その瞬間、


「ヒッ!」


 女生徒たちの表情が凍りつき、いそいそと腰をかがめ、こっちに頭をさげた。彼女たちはそのままの姿勢で、まるで子鹿のようにぷるぷると震えだした。


 ……あれ?


「母さん、いじめたらだめじゃないか。ほら、こっち」

「……いじめてなんかないわ」

「今の母さんはレヴィなんだから、気をつけて」


 え〜、ちょっとちょっと、待ってよ。説明が足りてない。


「ねぇ、もしかしてレヴィアちゃんって、恐い子なの?」

「あ〜、そこらへんは後で教えるから。とりあえず今は学院の授業に出てくれないと」

「それに、ねぇねぇ、英雄ソーヤって?」

「……それも後で、ほらついた」


 いつの間にか、私たちは時計台の下の建物の中にある、両開きの大きな扉の前に立っていた。


「僕は中に入れないから、放課後になったら迎えにくるよ。屋上で待ってて」

「えっ、ちょっと、どういうこと?」

「ここからは従者同伴は禁止。貴族だけなんだよ」

「そんなの、聞いてないわ。お母さん、こんなの初めてなんだから」

「母さんのせいで時間がなくなったの。ほら」


 宗谷に、とん、と背中を押されて教室の中に足を踏み入れる。

 まるで劇場の観客席のように円形に長机がならんでいる大教室に、品の良さそうな少年少女が顔を並べていた。

 不安になって振り返ってみると、すでに扉は閉じられていて宗谷の姿はもうそこにはない。もう、なんて酷いことをするのかしら。そんな子に育てた覚えはないのに……。

 ため息をついて前に向き直ると、少年少女たち全員が目を見開いてこちらを見ている。


 え、なに? 私の口に青のりでもついてる?


「……災厄だ」


 ぼそり、と誰かがこぼした。


「公爵家の災厄令嬢だ」

「えっ、あれが噂のご令嬢なの? 思ったよりも小さい」

「しっ、聞こえるわよ! 殺されるわ」


 あの〜、十分に聞こえてますよ。

 それにしても、殺されるってなに?

 もしかしたら、レヴィアちゃんって相当に怖い娘なのかしら? 周りからは、そんな距離感が感じられる。まるで、オンリーイベントで、そのカップリング批判を大声でする困った人を遠巻きにするような視線だ。


「ご、ご機嫌よう」


 試しに手を振ってみると、最前列に座っていた少年たちがさっと机の下に頭をひっこめた。……えっと、流石にオーバー過ぎない?

 はぁ、とため息ひとつ。

 これは前途多難だ。とりあえず、空いてる席を探して教室をうろつきはじめた時、


「こちらへ」と席を空けてくれた青年がいた。

「あ、どうも」


 素直に空けてくれた席に座ってから、ちらりとその青年を見る。

 おおっ、イケメンだ。この世界、イケメン多いわね。

 ん〜、ん? だけどなんか既視感。誰かに似ている気がするけど、誰だっけ。ハリウッド俳優かな?


「なんだ?」

「あ、いえ。失礼いたしました」


 やばいやばい。

 レヴィアちゃんと入れ替わっている事は秘密なんだって、宗谷に言いつけられている。入れ替わりは聖壇の鏡でないとできない秘術か何かで、その聖壇は立ち入り禁止らしい。そう言えば、騎士団長のおじ様と超絶イケメン王子もそんな事を言っていた。

 ん? ああ、そうだ。思い出した。

 この青年はあの時のイケメン王子にそっくりなのだ。


「あまり、こっちを見ない方が良い。貴方は目立ち過ぎる」


 じー、とその横顔を見ていると、青年はこっちを向かずにそう言った。


「……へ?」

「兄の許嫁に席を譲った弟、そう見せておきたい。間違っても、貴方の浮き名に俺を混ぜられては困る。互いにな」


 ……あっ、王子の弟さんなの?

 確かに似ている。獅子のような豪奢な金髪をしたミハエル王子に対して、彼は赤い短髪なのは全然違う。けれども、その整った顔立ちは確かにうり二つ。


「って、いうか許嫁?」

「そうやって、兄が悲しむことを言う。……話はこれまでにしよう。周りが騒ぎ始めた」


 弟くんは口の端を引き結んで、目を閉じた。

 彼の言った通り、ひそひそと周りのざわつきが耳に入ってくる。


「なに? あれ、どうなのよ」

「まったく、ウリエル王子もどうして災厄なんかにお声がけなさったのかしら。また、つけあがるわよ」

「本当にそうよ。あれはミハイル王子の許嫁のくせに、従者に熱をあげるような尻軽よ。淑女の面汚し、いくら魔力に優れているからって、あんなのが聖王家になるなんて……」


 ……絶対に、聞こえるように言ってるよね。


 それにしても、何かしら?

 レヴィアちゃんを取り巻く恋愛模様が複雑すぎる。

 え、なにこれ。相関図とか必要じゃない? 三角関係だよね。身分違いもあるっぽい。っていうか王子様の許嫁だったのね。そういえば、王子もそんな事を言っていた気がする。

 どれ、これはちょっとノートに書いて整理してみよう。

 え〜と、金髪王子とレヴィアちゃんが許嫁でしょ。レヴィアちゃんは宗谷が好き。あれはベタぼれ確定ね。

 そして、ウチの鈍感系息子は金髪王子のネコで……いや、違う! 息子でかもすの禁止!

 えっと、確か宗谷は王子たちに協力して、クーデターの捜査しているはずよ。そして、その王子と騎士団長はできているのは確定だ。うほっ、四人目が現れた。オヤジ受け、大好物キタコレ!


「……魔術とは非常に血統因子の強いものでして、」


 そんな感じにノートに書いた相関図を腐らせていたら、いつの間にか授業が始まっていた。教壇には教師らしきよぼよぼのおじいちゃんが立っている。


「特に、建国の英雄たちの血統には強い魔力が宿る傾向があります。彼らの直系が聖王家であり、公爵家、伯爵家、男爵家と魔力も薄くなっていくのが一般的です。個人差はありますが、まぁ、大体は血統で決まる」


 教師が宙で指をなぞると、それに合わせて黒板みたいな壁板に文字が浮かび上がっていく。


「ゆえに、貴族の婚姻は法典で厳しく管理されているのです。魔術はこの国の軍事ですから、これを薄めたり、みだりに市井に流したりすると厳罰に処されます」


 へぇ〜。そうなんだ。

 この世界のことは良く分かっていないから、とても興味深い。それにしても、ここは魔術が使えるのね。とても興味があるわ。魔法の薬とは作ってみたい。


 ……具体的には、ノンケを同性愛者に堕とす媚薬とか。

 

 やだ、この世界、夢がいっぱい。

 などと、妄想していたら膝の上に何かが触れた。

 何かしら、と手で探りあてるとそれは手紙だった。それをひっくり返して確かめると、燃えるような赤いろうでしっかりと封がされている。

 ちらり、と横目で弟王子さんを見る。お名前はたしかウリエル王子だったっけ? これ君からの手紙だよね?

 しかし、赤髪の弟さんはまっすぐ前を向いてこちらに目を合わそうとはしなかった。


 ふむ、そういう事?


 私はペンを取り、ノートの腐った相関図に弟くんをそっと書き加えた。


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