[0-03] 鏡


 宗谷が説明してくれたことを、ざっ、とまとめるとこうなる。


 まずここは異世界だ。

 なんか魔術とかもあるみたい。魔法を使える人は限られていて、その人たちは貴族と呼ばれているそうだ。

 そして、どうやら私は公爵家のご令嬢であるレヴィアという少女と入れ替わってしまったらしい。


「入れ替わり?」

「うん」と宗谷が複雑な表情でうなずく。

「それって、え? 入れ替わりってことは、え、今の私がレヴィアちゃんで、本当の私は?」

「母さんの体には、レヴィが入っている」


 ふぇ〜、

 って、ちょっと。それはレヴィアちゃんが可哀想じゃない? おばさんの体に、そんな若い子を入れちゃって……。

 などと、申し訳なく思ったが、その後にも色んな事が不安になってきた。え〜と、今日の夕食は誰が作るの? 掃除に洗濯は? 次の同人イベントのお手伝いとかもあるのよ。


「……ごめん」


 私が複雑な表情になったのを見た宗谷が頭を下げる。


「このことは、そのレヴィアちゃんというにも許可とったの?」

「いや、とってないです」

「それって、どうなの?」

「ごめんなさい。でも、」

「でも、じゃありません。母さんだって色々あるのよ。それに人様のお嬢さんまで巻き込んで、お父さんにだって説明しないといけないし、それに……」


 あれにこれに、あなたは昔から……、

 そんな感じに小言をガミガミと30分。

 その頃になると、宗谷はしゅんとなってしまって、大きくなった体を小さく縮こまって「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していた。


「まぁ、いいわ」と私は一息つく。「宗谷、大切なことを言い忘れていたわね」

「母さん」

「……おかえりなさい」


 私の小さくなった手足で、宗谷を抱きしめる。

 やだ。レヴィアちゃんの体が小さいからか、それとも宗谷が成長しすぎたせいか、両腕からあふれ出てしまいそうだ。


「ありがとう。戻って来てくれて。夢じゃないのね」

「……うん」

「それだけで十分よ。もう十分なんだから」


 ちょっと前までは、こうやって息子を叱ることもできなかった。

 何も変化のない宗谷の部屋を、変化がないように掃除をして、そこに息子がいないことにため息をつく。

 そんな毎日に比べたら、体が入れ替わろうが、人様にご迷惑がかかろうが、楽しみにしていたBLイベントが潰れようが、申し訳ないけども二の次です。


「こら、他人ひとの体でいちゃついてんじゃないわよ」


 私の声がした。


 ん? 私の声?


 振り向くと、鏡がある。その鏡には頬杖をついてこちらを睨みつけている私が映っている。40歳のおばさん。見慣れた私の姿。


「おい、そこの私。ソーヤから離れなさい」

「レヴィ、どうやって境界を繋いだ」


 と、宗谷が立ち上がった。


「はん。鏡合わせなんて、私にとっては簡単な術よ。いくら、慣れない体でも、綾取りの指輪でそっちの私と霊体結合されてんのよ。声と光くらいなら境界透過なんて余裕よ。余裕」


 鏡に映る私の背後には、宗谷の部屋が映っている。

 どうやら鏡越しにあちらとこちらを繋げているみたいだが、どうにも現実感が追いついてこない。もう色々と同時に起こりすぎだ。

 私が、ぽかん、と口を開けていると、鏡に映る私が顎をつんと上げる。


「そっちは……、学院の寮、私の部屋ね」

「ああ」

「ソーヤ。寛大な私が言い訳を聞いてあげるわ。どうして私をはめたのかしら?」

「……それは」


 それから少しの間、二人は鏡ごしに会話をしていた。

 横で聞いている私には、半分も分からなかったけれど、ざっくりと要約するとこういうことらしい。


 今、国家反逆の動きがあるらしい。


 それで、あのイケメン王子とおじ様騎士団長が捜査に乗り出した。

 一方、レヴィアちゃんは災厄令嬢というあだ名がつけられるくらい、ちょっと問題のあるお嬢さんだったから、叩けばホコリが出てくるわ出てくるわ……。それが、ちょっと言い訳ができないくらいに塵積もってしまったようだ。

 宗谷も王子×騎士団長カップルに協力していたのだが、レヴィアちゃんを拘束するべきだ、という意見が強くなって気に病んでいた。だけど、彼女はソーヤの言うことはまったく聞かない。

 そこで思いついたのが、入れ替わり。

 私に入れ替わってもらって、レヴィアちゃんの代わりに捜査に協力してもらう。その後に反逆者たちを捕まえたら無罪放免。めでたし、めでたし。


 やだ。ウチの息子って天才じゃないかしら!?


「馬っ鹿じゃないの!? このうすのろソーヤ」と鏡の私が吐き捨てた。


 えっ? 天才だよ。


「まったく、下僕の分際で余計なことしてくれちゃったわね。あんたがあの二人に内通していたなんて、この裏切り者が。助けてやった恩を仇で返すなんて、親の顔を見てみたいわ」


 鏡を見て、どうぞ。


「レヴィ、そんなだから、君は疑われてしまうんだ」

「はっ、小物の勘ぐりなんぞ、どうしてこの私が気にしなければならないのかしら? やつらごときがこの私に何を強制することができて? こんな国など一瞬で灰燼かいじんにしてやるわ」

「そうやって誤解されるようなことを言うから……。レヴィはミハイル王子の婚約者なんだから、ちゃんと説明すれば問題ないんだ」

「呆れたわ。ソーヤ。どうして、私が反逆に荷担していないと信じ込んでいるのかしら?」


 鏡の向こうで私の姿をしたレヴィアちゃんがため息をついた。


「容疑もなにも、ミハエルとヴァンの推理どおりよ」

「なっ」

「私は反逆者の一員だと言っているの」


 宗谷が絶句して、鏡の縁を掴んだ。


「なっ、レヴィ、どうして?」

「はぁ? 理由なんてないわよ。なんかムカついたからよ。ちょうど反逆を考えている小者がいたから、ちょっと手を貸してやっただけ」

「自分が何をしたのか分かっているのか。君は間違っているよ」

「あんたこそよ。下僕が偉そうに指図しないで!」


 ……ふむ、これはどういう事かしら?

 つまり、反逆罪の疑いを晴らそうと息子は天才的アイデアを実行したのだけど、残念ながらレヴィアちゃんは本当に反逆者だったのね。

 あれ? つまり、それって今は私が反逆者ということになるんじゃ……。大丈夫かしらこれ?


「ねぇ、宗谷」と息子の袖をひく。「落ち着ついて」

「母さん」

「頑張っても上手くいかない事はあるわ。でも、焦ったらだめよ。レヴィアちゃんの言うとおりなら、黒幕は他にいるってことでしょう。彼女はそれに手を貸しただけ」


「そうか」と宗谷は目を見開いて、鏡のほうを振り向く。


「レヴィ、黒幕は誰なんだ? そいつを突き出せば、君の容疑もなかったことに……」

「さぁ? 誰だったかしらね」

「レヴィ、」

「なによ。私を裏切った下僕に教えてやる義理なんて、どこを探してもないじゃない」


 ふんっ、と両腕を組んでそっぽを向くレヴィアちゃん(私の体)。

 宗谷は鏡を睨みつけているが、彼女はそれを横目でチラチラと確認しながらも何も言わない。

 その様子を横から眺めていると、ピコーン、と私の恋愛脳が何かを受信した。

 もしかして、もしかして?

 まぁ、そうね〜。

 ウチの宗谷は、けっこうカッコイイしぃ〜。ま、無理も無いわよね。お母さん、分かっちゃいましたよ。


「ねぇ、レヴィアちゃん」

「はぁ、何よ。ババア」


 むぅ……口の悪い子ね。


「宗谷が説明足らずだったようね。宗谷も、肝心のレヴィアちゃんに説明しないままは酷いと思うわ」

「だって、」

「だって、じゃありません。お互いに十分に話し合わなかったのが原因。そういうことでしょ?」

「……そうかなぁ」


 宗谷は腕を組んで、渋い顔をした。

 さて、無理矢理だったけど宗谷を黙らせることには成功。お母さんは、レヴィアちゃんに聞きたいことがあるの。


「ねぇ、レヴィアちゃん。教えて欲しいことがあるの」

「何よ、反逆の黒幕なら教えないわよ。絶対に」

「違うわ。そんな事じゃないの。ねぇ、」


 さて、どう聞くのが一番面白いかしらね。

 やっぱり、これかしら。

 私は着ていたフリフリのウェディングドレスの裾をつまんで、鏡に見せつけてみた。すると、そこに映っているおばさんの顔が真っ赤に染まる。


「どうして、レヴィアちゃんはこのドレスを着ていたの?」

「そっ、それは……」とレヴィアちゃんの目が泳ぐ。

「真っ白な可愛いドレスだわ。きっと特注の品ね、レヴィアちゃんの体にぴったりだし、新品のシルクよ。レースの刺繍だってこんなに細かいもの。これって一点物でしょ?」

「そ、そうよ……。だって、ソーヤが、糸をしようって、そう言ってたから……」


 レヴィアちゃんはもじもじと指を絡ませて、顔をうつむかせる。

 あっ、これ確定だ。めちゃくちゃ分かりやすい。

 糸って、この指輪のことだよね。しっかり薬指に絡みついて、なぜか外せないこの指輪。どうなってるのかしら。

 それにしても、ツンデレねぇ。

 そんなのが現実にいたのね。レヴィアちゃんはちょっと面倒くさい感じのする娘だし、ウチの息子はまぁ控えめに言ってイケメンだし。二人は年頃なのだ。

 もう、しょうがないわね。


「宗谷、ちょっと来なさい」

「えっ? はい」


 素直な宗谷がこっちに近づいてくる。


「レヴィアちゃんに言うことがあるでしょ。ほら、女の子にこんなドレスまで用意させたんだから、ね」

「え」

「ね?」

「あ、ああ……」


 宗谷は頬を指でかきながら、鏡のほうを見る。


「レヴィ、」

「ソーヤ」

「母さんの服はクローゼットの中にあるはずだから。……こんな真っ白いのはないだろうけど。まぁ適当に好きなの選んだらいいんじゃないか?」

「……」


 レヴィアちゃんの目がうつろになり、口の端が痙攣しながら引き上がる。


「ソーヤ、」

「なんだい?」

「……死ね!」


 その瞬間、鏡はぱっと光って、普通の鏡に戻った。

 そこには体ばかり成長したイケメンの息子と、ぽかんと口を呆れさせた少女の姿が映し出されていた。


「母さん?」

「お母さんはね……、宗谷が全面的に悪いと思う」


 ウチの息子は、もしかしたらバカなのかもしれない……。


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