些細な騒動
――レメゲトンのメンバーの一人、擦葉姉と決闘をしてから一週間の日々が経った。相変わらず注目を浴びている俺は毎朝、そして毎時間質問攻めを受けている。
それは擦葉も同様で、最初の“講師殺しの死神”という異名はきれいさっぱり無くなった。
―――今はどんな気分かのぉ。注目を浴びて喜んでいるところか?
学校に向かっている最中にからかうような口調で尋ねるティア。いい加減慣れてきたその口調に腹を立てることは無くなり、普通の感じで返事を返す。
―――どうかな。悪い気分はしないけど、素直に喜べない感じだ。確かに俺はレメトゲンのメンバーと互角の勝負をしたかもしれないけど、それは全部ティアのお陰だからな。
嘘を言っているわけでもない………だからって真実を言っているわけじゃないからスッキリしないんだ。
少し弱音を混ぜた言葉は自分でも分かるほど弱々しい口調だった。こんな力の入っていない声を出せるのが驚きで、一人で勝手に驚いているとティアが慰めるような言葉をなげかけてきた。
―――気にするでない。そもそもわしは一人では意味がないのじゃからな。わしが独りで勝手に力を使ったら、それは単なる暴力に過ぎんわ。もっと胸を張ってよいのじゃ。
隼人は十分強い。それを皆が知っておるから、注目しておるのじゃ。
―――そうか………。そうだよな。
亀の甲より年の功という諺通りだった。実際、長い年月を生きているティアの言葉は何よりも力になった。一面暗闇の世界に光が射すように、塞ぎ込んでいる俺に優しく手を差しのべるようにも聞こえたティアの声は俺の心を甘く溶かし、それでいて強く背中を押してくれたのだった。
「みんな、おはよう…………?」
教室の引き戸を開けて手を振りながら後ろの方まで聞こえる声で挨拶をする。だが、挨拶をしている時に違和感に気がついて最後は疑問形になってしまった。
「あ、神風君………」
「り、リンスレット? 一体どうしたんだ?」
俺の挨拶に真っ先に反応したピンク色の髪が特徴のクラスメイト―――リンスレット・ハーブルグが困った表情をしながらこちらを向く。
首を動かす度に揺れるアンテナのような髪がチャームポイントで、男子にとってはこのクラスの癒しキャラといったところだ。ティアと同じ金色の瞳を震わせ、今にも涙を溢しそうなリンスレットはゆっくりと俺に近づき、胸元を掴んで思いきり揺らす。
「うわぁぁぁぁん!! 神風君助けてー!!」
「え!? ちょ、ちょっと落ち着いて!! 頼むからおち、落ち着けぇぇぇぇ!!」
無理に揺らされて脳をいい感じに刺激をするリンスレット。とりあえず落ち着くよう言い聞かせるが、その声がリンスレットに届くことはなかった。
子供のように泣くリンスレットはいつまでも俺のことを揺すり、やがて後ろから近づいてきたもう一人の女子―――というか擦葉に止められた。
「落ち着け。それでは神風が脳震盪を起こすだろう」
「うう………だって~」
擦葉に止められたリンスレットは駄々を捏ねながら腕を振る。幼女形態のティアほどではないが、それに近いリンスレットが駄々を捏ねていると本当に子供にしか見えない。
ようやく意識がはっきりしてきた俺は擦葉に駄々を捏ねながら涙を流しているリンスレットに尋ねた。
「と、取りあえず……何があったんだ?」
「実はな。このリンスレットは現在、退学処分を受けそうなんだ」
「……はい?」
真剣な表情でそう言い切られたけど、直ぐに処理をすることができなかった。何故ながら、まだ高等部に進学してから十日間ほどしか経っていないからだ。
素行が悪かったり、成績が悪すぎたりするなら分かるのだが、リンスレットは素行が悪くなければ成績が悪いわけでもない。だから、退学処分を受ける理由がわからなかった。
「何でいきなり退学なんだ? 何かやらかしたのか?」
「えっと………私は新聞部に所属していて、学園の色々な情報を皆に公表したりするのが活動なの」
「あー、うん。それで?」
「それで先ず理事長の部屋に隠しカメラを設置して―――」
………あれ? 何か雲行きが怪しくなってきたか?
話を進めるリンスレットだけど、いきなりとんでもない内容を言ってきたような気がして思わず耳を疑ってしまった。しかし、リンスレットは特に気にするようでもなく話を続けているので、自分の聞き間違いだと思って話を聞き続けることにした。
「それで昨日の深夜、そのカメラを回収しに行ったんだけど………り、理事長が………」
「カメラを見つけて取り上げられたのか?」
「全裸の状態で笑いながら理事長室を犬のように駆け回っている光景を見ちゃったの!!」
「……………」
何も言えなかった。何を言えば良いのか分からなかった。結局、リンスレットが退学処分を受けることになったのは、理事長の隠れ趣味がバレてしまったかららしい。
全裸で部屋を駆け回る理事長を見たリンスレットは無言のままドアを閉め、そのまま走って寮に戻ったらしい。
それでも理事長には分かっていて、その口封じのために退学を迫られているとか。
「クズかあいつは」
「神風……確かにそうかもしれないが、あまりはっきり言っては可哀想だぞ」
「いやいや、自分の秘密がバレたからって権力使って口塞いでるじゃねえか。これをクズと呼ばずに何て言うんだよ」
「それは……確かにそうだが」
理事長を狙ったリンスレットが悪いのか、それとも気持ち悪い趣味を持っている理事長が悪いのか。どっちもどっちなのかもしれないけど、権力を行使して力ずくで口を塞ぐのはよろしくない。
―――あやつは一体何をやっとるのじゃ。
―――本当だよなぁ。お前からも何か言ってやれよ。
―――服を脱ぐ癖は治したと数百年前、あれほど言っておったというのに。
理事長は数百年前その時から全裸になる癖があったのかよ………。
ティアが完全に呆れているなか、俺の中で勝手に抱いていた謎の人物である理事長のイメージがただの変質者、もしくは変態というイメージに変わった。
―――ティア。理事長は単なる変態ということで片付けていいか?
―――その判断は間違っておらん。むしろ正しいといっておくかのぉ。力ある者は変人が多いと聞くが、あやつはその中でも群を抜いておる。
ティアが一目置くほどの変態加減である理事長。もう二度と会いたくないと思いながらも、目をつけられているから会わないわけにはいかないという状況である。
取りあえず今はリンスレットの退学処分を何とか白紙にしないといけないのだ。
「……あれ? 結局、その監視カメラって回収したのか?」
「ううん。あの時は全裸の変質者を見たことで可笑しくなったから、カメラは回収してないの」
「じゃあ、その監視カメラを回収して逆に脅迫すればいいんじゃないか? 全校生徒に公開しない代わりに退学を取り消せって」
「…………」
あれ? もしかして変なこと言った?
何故か空気が一瞬凍りついてしまい、時が一瞬止まってしまったかのように動かなくなってしまった。
「神風君………」
「ど、どうした? リンスレット」
呟くように名前を呼びながら俺に近づき、俯いていた顔を上げて輝かせた目を向けてくる。
「すごい、すごいよ神風君!! その手があった!」
「え!? あ、でも……結局理事長室に行かないといけないし………」
自分で提案したことなのに何故か後ろ向きになってしまい、すごい勢いで迫ってくるリンスレットに気圧されていた。エサを待っている小動物のような顔をしてくるリンスレットを見ていると、yesと言いそうで怖かった。
しかし、そこでリンスレットの味方をしたのは隣にいた擦葉だった。
「君が提案したことなんだ。君も協力しないといけないぞ」
「………はい」
涙目のリンスレット+擦葉の鋭い目付きで完敗した俺はただその一言を呟いた。
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