注目の的

―プリンを買って再び部屋に戻ると、待っていたのは複数の段ボールだった。壁のように積まれた段ボールの中身は俺が初等部、そして中等部で使っていた物が入っている。



「なあティア。もしかしなくてもこの荷物は宅配便だよな?」



 段ボールの上でくつろぎながら見下すティアに尋ねると覗き込むようにして首を伸ばし、コクンっと黙ってうなずいた。



「なんじゃ。まずかったのか?」



「いや、そんなことはないんだけどな!? うん……そんなことは……ないと思う」



 はっきり言い切ることが出来ない俺はティアと目を合わせることが出来ず、取りあえず来た荷物を開けようとガムテープを剥がす。中にはコップやカーテン、机や椅子といった物が入っていた。幸いなことに収納スペースが多いので、この荷物が入らないということはないだろう。



「よしティア。この荷物を片付けるから手伝ってくれ」



「ええ~。なぜじゃ~?」



 変わらず段ボールの上で寝ているティアがめんどくさそうに答える。最初から無報酬で手伝ってもらおうとは思っていなかったので、先ほど買ってきたプリンを一回目と同じように水戸〇門のように見せつける。



「手伝ってくれたらこのプリンをやろう。けど、何も手伝わなかったらこのプリンは俺が食べる」



「さあ隼人よ! 早く片付けるぞ!! まずは何からやるのじゃ? 早くしないと寝る時間になってしまうぞ?」



「……お前、現金な奴だな」



 プリンを見せた瞬間に段ボールの上から下りてきて張るほどもない胸を張って腰に手を添えながら自身満々に答える。少し呆れた反応を見せた後に隣の段ボールから開けてどんどん中身を出してくれと頼み、ティアは一回敬礼をしてから意気込んでウキウキしながら段ボールを開け始めた。



「えーと……これはホチキスか。それでこっちがテープで……」



「隼人よ。この本はどうするのじゃ~?」



「ん~? どの本……だ……あああああああああああ!!!!」



 普通にいつもの感じで気の抜けた返事をしながらティアがひらひらと見せびらかす本を視界に入れ、そしてそれを認識した。そう。その本は通称エロ本と呼ばれている代物で、18歳未満の人は買ってはいけない本ということになっている。


 俺はティアがプリンを取る時と同じかそれ以上の勢いで本を取り上げ、ゴミ箱に向かって華麗なシュートを決めた。



「ハハハ。イマノハゴミダヨ、ゴミ」



……後でティッシュか何かで拭いてから本棚の後ろにでも隠しておこう。



「ほう。その本はゴミじゃったのか。なら、この本も要らないのかのぉ?」



 からかうようにして段ボールから次々と同室だった奴と集めたエロ本を出していくティア。自分の寿命を削られてるような……心臓を握りつぶされているような感覚に襲われた俺は、血の涙を流しながら今までお世話になった素晴らしいエロ本たちをゴミ箱へと捨てていった。



「……どうしたのじゃ? ゴミを捨てた割には悲しそうな顔をしておるのぉ」



「イヤイヤ……ナンデモナイヨ?」



 全身を震わせながら片言の口調で話す俺を見てティアが小首を傾げるが、気にせずプリンのために片付けの作業に戻った。



 あの素晴らしい彼女たちのことは忘れて、今だけは片付けに専念することにした。



※※※※







――片付けを始めて約3時間ほど。 ようやく終わりが見えてきて、残す段ボールは残り一つとなった。



「さて、これで最後だな」



「プリンまでの道は長かったのぉ……。思いの他くたびれたわ」



「ほれっ、これで最後だから休むのは早いぞー」



 力を抜いたティアが最後の段ボールを包み込むようにして倒れる。それを転がすようにどかし、最後のガムテープをはがす。中を開けてみるとそこにはたった一冊の本が入っていた。



「……何だこの本?」



「なんじゃ? 隼人の本ではないのか?」



 薄汚れていて、随分と古臭そうな本だった。段ボールは他の荷物を入れていたのと同じで新品だったというのに、中身だけがタイムリープしたように古かった。埃被っていて、外れてしまいそうなカバーはかろうじて残っているようだった。


 手に取って見ると紙がバラバラになってしまい、先ほど敷いたカーペットの上に落ちる。



「……何だこれ? 何の文字で書いてあるんだ?」



 紙を拾うために目に入ってきたその文字は、今までに見たことのない文字だった。日本語でもなければ英語でも、フランス語でも中国語でもない。本当に初めて見る文字だった。



「ティア。これ読めるか?」



 覗き込むようにして顎を肩に置いてきたティアに見えるように近づけるが、暫く黙り込んでそのまま首を横に振った。



「お前でも読めないのか。……まあ、よくわからねえから今度同室だった奴に聞いてみるか」



 バラバラになってしまった紙を集め、ボロボロのブックカバーに包んで本棚にしまった。段ボールの中身はこのボロボロの本一冊で、片付けはこれで終了ということになった。



「よしティア。ご褒美だ」



「プリンじゃろう? プリン以外の何物でもない奴じゃな!!」



 犬が尻尾を振るようにテンションが上がっているティアはこれ以上ないほど目を輝かせていた。一度冷蔵庫にしまっていたプリンを取り出し、約束通りプリンとスプーンをティアに渡す。それを天使のように食べるティアは抱きしめたくなるほど可愛かったけど、またもロリコン認定されてしまうのでその衝動を何とか自分で抑えた。



「じゃあ俺シャワー浴びて寝るから。ティアはそれ食べ終わったらスプーンは流しに置いておいてくれ」



「了解じゃ! わしに任せておくのじゃ!!」



「流しに置くだけにそこまで重要なことはねえよ」



 軽くツッコミを入れてからタオルと着替えをもって浴室へと向かう。大人形態のティアが背中を流してくることを軽く期待をしていたのだが、そんなラッキースケベのような展開が起きることはなく普通にシャワーを浴びて、普通に髪を乾かしながら出てきた。



「おお。案外早かったのぉ」



「……まあな」



 自分で勝手に妄想をしていただけだというのに、何もなさすぎたことに勝手に元気をなくしていた。



「時に隼人よ。お主はこれからどうしたいのじゃ?」



「どうするってどういうことだ?」



 いきなり尋ねてきたティアに俺も質問をし返す。ティアの言ってきた言葉の意味が理解できなかったのだ。



「そもそも何故隼人は魔法科に進んだのじゃ? 召喚術が使えないことは分かっていたはずじゃ。わしと契約を出来たからこの先は大丈夫かもしれないが、仮にわしと出会うことが出来なかったらどうするつもりだったのじゃ?」



「そう……だな。確かに今の俺が居るのはお前のお陰だよ。ティアには感謝してるし、これからも色々と助けてもらうことになると思う。


 俺が魔法科に進んだわけだけど、本を探してるんだ」



 頭にタオルを乗せて、ティアに背中を向けたまま言う。ティアは小首を傾げながら「何の本じゃ」と尋ねてくる。もしかしたら笑われるかもしれないという考えが頭に浮かんだ。俺の目的は魔術書グリモワールを手に入れて世界を変えること。


 魔法が科学的に証明されて世界は確かに技術、そして軍事力においても画期的な進化を遂げた。だが、その一方で核兵器を軽く上回る力を手に入れやすくなってしまったのだ。


 俺は魔術書グリモワールを手に入れて、本当の意味で平和な世界を作る。そのために俺は魔法科に進学をしたのだ。



「……魔術書グリモワールっていう本だな。魔法が証明された時の魔法……つまり、初代の魔法が載っている本なんだ。世界を変えるほどの力があるって聞いたからな。叶えられるかは知らないけど、それで本当の意味で平和の世界を作りたいんだ」



「……」



「……ティア?」



 笑われると思っていたのになぜかティアはずっと黙り込んでいるだけだった。どこか浮かない顔をしていて、俺の問いかけに対しても反応が数十秒遅れた。



「え? あ、何でもないぞ」



「そ、そうか? じゃあ……そろそろ寝るか」



「そうじゃな」



 どこか歯切れの悪い返事をしたティアはのそのそとベッドまで移動し、布団をかぶった。俺よりも先に布団に入ったティアはいつもより元気がなさそうで、声をかけてやることが出来なかった。夜は何故か俺の体内なかに隠れることなく一緒に寝ている。



――けど、今日は一緒に寝れるような雰囲気ではなかった。俺はベッドをソファー代わりにして寄り掛かり、今日届いた荷物の中に入っていた毛布をかけて眠りについた。



※※※※







――目が覚めたら既にティアが体内なかに隠れていて、起きて直ぐに挨拶をしてきた。口調と声のトーンから予想するに元気になったと思うのだが、ちゃんと顔を見ていないのでそこは何とも言えない。


 学校に行く準備をして昨日と同じ時間に部屋を出て、校舎に向かう。昨日と同じ時間に校舎に到着し、外履きから中履きに履き替えて教室へと向かう。



 教室の引き戸を開け、無言のまま自分の席につこうとする。



「あ!! やっと来た!!」


「ねえねえ神風君!! 昨日の決闘はどうなったの!? レメゲトンのメンバーはやっぱり強かった!?」


「何か『引き分け』って聞いたけど本当なの!?」


「お前無召喚だったんじゃねえのかよ!! それで何で召喚術師に引き分けられるんだ!?」



「……はい?」



 教室に入った瞬間、既にクラスに居た人たちが一斉に押し寄せてきた。あっと言う間に囲まれてしまい、全員から質問攻めをされる。昨日のように白い目で見られるのではなく、むしろ全員目を輝かせていてプリンを食べようとしているティアと同じ目をしていた。



「えっと……いきなりどうしたの?」



「だってレメゲトンのメンバーと戦ったんだよ!? その動画は流れてるし、神風君が擦葉さんを助けるところも、稔さんの第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンの武装を破壊したのも知っているし!!」



「マジですか……」



――なんじゃ。隼人は今日から有名人になるのか? それはよかったのぉ。



 ただでさえ目立つことに慣れていないというのに、何故あの時は擦葉姉と戦ってしまったのだろうか。ティアから力も借りてしまったし、現役レメゲトンと二対一で戦って引き分けたという噂は既に学校中に広まっているらしい。


 魔法科の高等部に進学している生徒全員が憧れる軍……レメゲトン。そのメンバーと互角の勝負をしたら目立つのは偶然ではなく必然と言えるだろう。




――こうして俺は現役レメゲトンと戦って引き分けたという噂が広まり、一躍有名人となってしまったのだった。


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