ティアの大好物

り、理事長……何でここに?」



「素晴らしい戦いだったね隼人君。出来れば僕も戦いを見届けたかったけど、立場がそうさせないからね。万が一にでも生徒が殺された何て事件があったら学園の危機だし……結界を張っているからと言って、スキルを使われたら校舎が消えてなくなってしまうかもしれないからね」



 心底残念がるように言った理事長は擦葉姉の方に視線を向けると、武器を収めて第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンを解除するように強要する。擦葉姉は納得のいっていないような顔を浮かべながら仕方なく解除し、剣を収めた。



 そのまま黙って素通りしようとするが、横を通りすぎるところで理事長に肩を掴まれる。



「……何だこの手は?」



「少し説教をした方がいいかい? 何か勘違いをしているようだけど、今回僕がレメゲトンのメンバーに来てもらったのは将来レメゲトンに入隊出来る可能性を秘めている生徒を見定めるためと、生徒たちにアドバイスをしてもらおうと思ったから頼んだんだ。


 このようにグラウンドで決闘し、挙句の果てに僕の大切な生徒を傷つけるためじゃない」



「……」



「それに僕が止めたのは君が惨めな負け方をしないためだよ。現役のレメゲトンがまだ高等部の学生に負けるという事例を無くすためにね」



 嘲笑するように……理事長は擦葉姉の顔を見ることなく吐き捨てるように言った。自分が言われているわけでもないのになぜか震えが止まらなく、擦葉姉は顔を赤らめて無理に理事長の手を振り払って校舎の方に向かった。



――ふむ。なるほどのぉ。



――何が「なるほどのぉ」だよ。今の光景を見て何を納得したんだ?



 突然ティアが満足したように声を発するので、それに対して問いかける。しかしティアは完全に無視して問いかけに答えてくれることはなかった。少し寂しさで死にそうになっていると、答えを返してくれない理由が直ぐに分かるようになった。



「隼人君。その左腕はどうしたんだい?」



「え!? あ、その……ふぁ、ファッションです」



「そんな気味の悪いファッションは聞いたことがないね。黒くて頑丈な作りに、召喚霊の武装を破壊するファッション何て」



 声に出して理事長は笑ったが、その目は全く笑っていなかった。さっきと同じで最初から答えが分かっているような口調でからかうように話し、やがて本題の話を切り出した。



「擦葉君はさっき医務室に運ばれたよ。元々霊力を限界まで消費していたからね。むしろ、あの状況でよく立っていたものだよ」



「……」



「霊殺し……鍵の強さは相変わらずだね。数百年経っても強さは健在とは恐れ入ったよ」



――何が健在じゃ。



 理事長の言葉に必要以上な反応を見せるのは俺ではなく、体内なかに隠れているティアだった。理事長も俺ではなくティアに話かけているつもりで言っているのだろう。感覚を共有しているから仕方ないことなのか、ティアが理事長と話たくない以上俺が代わりに聞いてティアに伝えるしかないのだ。



「ここまで言っても出てきてくれないということは、鍵は相当ご立腹のようだね」



「ええ……多分そうだと思います」



「相変わらず僕は好かれないなあ……。数百年前もこうしてよく無視をされたものだよ。鍵は君のどこに魅かれたのか知りたいくらいだよ」



「それは俺に言われても分かりませんね。所詮俺は召喚術も使えない三流の魔法使いですからね」



 自嘲するように言うと理事長は肩を優しく叩いた。



「以前の君は三流だったかもしれない。……けど、今は三流ではないだろう?」



「どうですかね……」



「二対一とは言え君はレメゲトンのメンバーと互角に渡り合った……。これはすごいことなんだ。僕としては鍵の存在を公開してほしくないからね。君はこれからこの学園中に注目されることだろうけど、鍵のことは内密してくれると助かるんだ」



 長い長い話の結論はとても単純で、たった一言で事足りることだった。何故わざわざ遠回りをしたのかは知らないけど、そんなことはどうでもよかった。感覚的には偶然……気まぐれ、行った道と帰る道を変えるような感覚だろう。



「大丈夫ですよ。俺も言うつもりは最初からありませんから」



「それは分かっているつもりだよ。けど、保険はかけておくものだよ。そして……今日の授業はもうおしまいだ。今日はもう帰って鍵にプリンでも与えておけば機嫌も良くなるよ」



「え? そうなんですか?」



 少し大きな声で大きな目を開けて問いかけると理事長はさっぱりした顔のまま頷き、そのまま校舎へと戻っていた。それから直ぐに結界が解除され、立花先生がゆっくりと駆け寄ってきた。



「神風君。理事長の言った通り今日の授業は終わりです。帰りのホームルームは出席しなくても構わないので、このまま帰ってください」



「え? それはどうして――」



「……その答えは明日分かります」



 そう告げた立花先生は背中を向けて他の先生と共に校舎へと戻って行った。グラウンドでただ一人だけ取り残され、先ほどまで整備されて真っ平だったグラウンドは一回の決闘で焦げ臭いにおいが充満し、巨大なクレーターが複数あった。



 理事長と立花先生の指示に従うことにした俺は荒らされたグラウンドを無視して寮へと戻った。帰る途中でちゃんとプリンを買ってから。




※※※※





「ただいま~っと」



 自分の部屋のドアを開けてつぶやく。すると直ぐに反応したティアで腹部の方から顔を覗かせた。



「おかえりじゃ。今日は大変じゃったのぉ。お風呂にするか? ご飯にするか? それとも……わしにするかのぉ?」



 ウインクをしながら新婚夫婦定番の台詞を言ってきたティア。相手にするのはめんどくさかったが、俺はあえて乗ることにする。



「それでもし俺が『じゃあお前で』で言ったらどうするんだ?」



 軽く呆れながら問いかけるといつも余裕そうな顔で構えているティアの顔が崩れ、耳を赤くしたまま顔をこちらに向けなくなってしまった。



「どうした~? そんなに動揺する何てお前らしくないぞ~?」



 珍しくこちらが主導権を握っている優越感に喜びを感じた俺は今も赤くなっているティアのことを追い詰めるように後ろからちょんちょんとつつく。



「ほらほら~俺が指定したんだから早くお前をくれよ~。一体どんなことをしてくれるんだ~?」



「うう……」



 顔を赤くして泣きそうな顔をしているティアは耳を塞いで首を振っている。そろそろからかうのは止めて謝ろうと思った時、ティアが理事長室の時のように天井高く跳びあがりクルクルと回転しながら廊下に着地する。


 赤くしている顔を、涙が溢れそうになっている目を必死に堪えながら指を差して殺し文句を言った。



「いいじゃろう!! そこまで言うのなら隼人が期待することをしてやるから待っているがいい!!」



「お、おお……」



 さっきまでは主導権を握っていたはずなのにたった一つの殺し文句で完全に圧倒されてしまった。そして、言葉と勢いと圧によって後ろに身を引いてしまった俺を見たティアが光の速さで奥の部屋へと走っていった。奥の部屋から耳を塞ぎたくなるような音が響き、多少なりの覚悟をしながら奥の部屋へと向かった。



「あれ?」



 音とは対照的に綺麗な部屋を見た俺は拍子抜けしてしまったような声をもらす。不規則に膨らんでいるベッド以外は今までと変わらない全く同じ光景だった。



 これは布団を剥がせという命令か………? そう思った俺は足音を立てることなくベッドまで近づき、思い切り布団を剥ぐ。



「むぐぅ!?」



――布団を剥いで襲い掛かって来たのはいつものティアよりも大きな影だった。大きく、そして柔らかい謎の二つの物体に顔を圧迫され、そのまま床に倒れる。痛みこそないが、温かくてとても柔らかい過去に一度だけ味わったことのあるような感触が顔を埋め尽くす。



「どうじゃ? これが大人形態のわしじゃぞ?」



「んぐぅ!? そんああけはるか!!」



 顔を埋め尽くすされているのでちゃんと叫ぶことは出来なかった。しかし、俺の耳に届いた声は絶対にあのティアの声だった。小学2年生程度の身長で、膨らみの欠片もない真っ平な胸をしているあのティアの声だったのだ。



「どうじゃどうじゃ? 隼人が期待していた通りになったかのぉ?」



「と、とひはえず!! そこおどけ!!」



 顔を埋め尽くされながらも必死に叫び続けた結果、ティアは渋々俺の上から降りてようやく存分に空気を吸うことが出来るようになった。ティアは俺が息を切らしていることなどお構いなしにぴょんぴょんとその場で跳ねながら尋ねてくる。



「改めてどうかのぉ? わしの体は」



「……」



 初めて見る大人形態のティア。見た目は20代ほどの美しい女性になっていた。幼女の時から艶やかで綺麗だった髪はそのままで、髪の長さが倍増していた。着ていた浴衣のような服のサイズは何故かそのままで、胸の部分が張り裂けそうで下の部分は太ももが完全に出ていた。



……目のやり場に困るというのはこういうことを言うのだろうか。 だが、このティアに主導権を握られるのはいけないと、大きくなる心臓の鼓動を必死に押さえて全力で力の抜けた顔をした。



「ハアー……」



「!!? な、なんじゃ隼人よ!! この大人形態のわしでも満足しないというのか!! それともお主は幼女形態のわしが好きという曲がった趣味の持ち主であったのか!!」



「いやいや……胸は大きいに越したことは無いだろう」



 そこだけはどんなものでも譲れないほどの強い覚悟があり、誰が何と言おうと考えを曲げる気は全くなかった。ティアはそんなことを言う俺に心底呆れたようにため息を吐き、そのまま力を抜くようにしていつもの幼女形態へと戻った。



 うん、やっぱりティアはその形態が一番似合う。



「隼人の趣味が実はロリコンだったとは……これは契約する相手を間違えたかのぉ」



「おいこら。冗談でもそんなことを言ったらいけません」



「じゃがのぉ……」



「そんなことを言う子にはこのプリンはあげません!」



 帰るときに買ってきたプリンを取り出し、水戸〇門のようにティアに見せびらかした。一瞬で目つきを肉食動物のように変えたティアは、手に持っているプリンを力任せに奪い取ろうとする。それをギリギリのところで上に持ち上げる。



「おおおおおお……お主!! 早くそれを渡すのじゃ! そのプリンを早く渡すのじゃ!!」



「どうしよっかな~。このプリンは俺のだし~」



 からかうようにしてティアに言う。プリンのふたを開け、ついてきたプラスチックのスプーンでプリンをすくい、それを自分の口へと運ぶ。



「ああああああああ!!!!!!!」



「……」



 目で追いながら叫ぶティアは絶望に飲まれたような顔をしていた。さすがにやりすぎたと思った俺は、無言のままティアの顔を見つめ自分の口へと運んでいたプリンをすくったスプーンをティアの口へと運ぶ。それを笑顔のまま喰らいついたティアはこれ以上ないほど幸せそうな顔をして、プリンのようにプルプルとした頬を手で押さえていた。



「……美味いか?」



「とうぜんじゃい! 前に一度だけ食べさせてもらったことがあるが、これは今まで食べた物の中で一番じゃ! 甘く……そして下には少しの苦みは入ったカラメルソースが絶妙に絡み合って、プリン自体の柔らかさとプルプルの食感が気づいたら喉を通り抜けておるのじゃ!!これを美味いと言わずに何という!」



「あ……いや、何でもないです」



 言い返すのが面倒になった俺はプリンをそのままティアに渡した。渡したプリンを奪い取ると、直ぐに食べ始めて一分かからず全て完食する。おかわりを要求されたが、当然余分のプリンなど買っていない。



――だから俺はプリンを買うために近くのコンビニまで走って行った。 


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