共闘 その2
――必死で手を伸ばす。喉の筋が切れてしまうほど叫び、たとえ間に合わないことが分かっていたとしても俺は手を伸ばさないといけなかった。
もう一歩……あと一歩のところで掴むことが出来ない擦葉の手。精一杯伸ばした右手は何もつかめないまま空間に囚われているようだった。
「お前ならそうすると思っていた」
「え……?」
確実に間に合わないことは分かっていた。擦葉姉が火の剣を擦葉に振りかざした瞬間、俺たちの負けだと悟った。しかし、俺があと一歩で擦葉の手を掴むことが出来るところで擦葉姉は不敵に笑い、確かに振りかざしていた剣は何もない空間で止まっていた。
「お前なら不出来な妹を守るためにそうくると信じていた。そして……私にここまでダメージを負わせたこと、二対一とは言えここまで追い詰めたことは評価しよう」
剣は完全に止まっていたとしても、俺の体は急には止まってはくれない。擦葉の手を掴むために体を進めていたので、推進力がまだ有り余っているのだ。そのまま有り余っている推進力で前に進み、丁度擦葉姉が構える剣の真下まで来た。
「ここまで全て私の目論見通りだ。少し誤算だったのは計算外のダメージを喰らったことだがこれでも私はレメゲトンのメンバーだ。実力の差は誰が見ても分かる」
――マズイぞ隼人!! 早く防御をしないと本当に死んでしまうぞ!!
頭の中に流れ込んでくる言葉も何故か胸には響かなかった。ただ、何もかもがスローモーションに見えてしまっていた。あれほど掴むと決めていた擦葉の手は掴んだというのに、何故か汗が止まらなかった。酷い顔をして叫ぶ擦葉が目の前に映っているけど、何を言っているのか全く分からなかった。
涙を流し、歯を食いしばるように叫んでいた擦葉は必死に何かを伝えようとしていたけど、今の俺にはどんな言葉も届くことは無かった。ただ……横から近づいてくる火の剣だけが雄弁に死を語っているようで、力も霊力もない俺にはどうすることもできなかった。近づいている死を覚悟しながら目を瞑るだけで、自ら首を差し出すように攻撃を受けた。
「……!!」
―――襲いかかって来たのは尋常ではない痛みと熱さだった。意識が保てなくなるほどの痛みと、全身を通っている血が全て蒸発してしまうほどの熱さが俺を襲った。生温かい血が傷口から流れることはなく、触ったら火傷をしてしまうほど熱い血が流れていた。確かにあったはずの右手は遥か遠くに飛ばされており、痛みと血を大量に失ったことにより意識は既に朦朧としていた。
「さ、擦葉……!! あとは……頼んだ」
最後にそう言い残し、俺は目を閉じた。暗闇が突然痛みと熱、そして意識を奪っていた。
「最初から神風隼人が目的だったのですか!!」
「当然だろう。あいつは脅威だ。油断をしたら寝首をかかれてもおかしくはない。お前を攻撃すればあいつが庇いに来ると見越して、私はあえてお前を狙ったんだ。私の目論見通り行ってくれて助かっている」
「……!!」
「止めておけ。お前では私に勝てない。軽い覚悟で戦うのは勇気とは言わない……無謀というんだ」
涙を流しながら鞭剣ウィップソードを構える葵に冷たく、突き放すような口調で稔は言った。鞭剣ウィップソードを握る手は既に震えていて、まだ恐怖を抱いているのは誰が見ても明らかだった。だが、最後に隼人に言われた言葉が葵の抱く恐怖を上回る勇気となったのだ。
「そうか……。お前が戦うと決めたのなら、私も全力でお前と戦おう。そして改めて差を見せよう」
「私は……負けるわけにはいきません!!」
手の震えを無理に止めた葵が早速攻撃を仕掛ける。マッハ15を超えると言われている鞭剣ウィップソードを何のためらいもなく全力で、自分自身が持っている力全てを出しきるように。
「……」
――その攻撃を。マッハ15を超える攻撃を、稔は完全に見切って冷静に捌いた。それだけで怯むこと無い葵は追い打ちをかけるように霊力が尽きるまで攻撃をし続けた。どんどん複雑さを増していく鞭剣ウィップソードの軌道だが、稔は剣一本で丁寧に捌きながら一歩一歩近づいて行った。
「確かに早くて読みにくい攻撃だが、所詮は手で扱う武器の一つ。まだ慣れていないお前にそこまで複雑なパターンを自ら繰り出すのは無理だろう。ただ高速に振って、その勢いで複雑な軌道に見せているだけに過ぎない」
全ての攻撃を捌き、霊力が尽きてきた葵の攻撃速度はどんどん減速していって誰の目から見ても分かるほど落ちてしまっていた。再び葵には恐怖の感情が募り、鞭剣ウィップソードを持っている右手を震わせた。苦しみ、完全に戦う力が無くなっていたとしても闘志が完全に消えているわけではない葵は最後の力を振り絞るように鞭剣ウィップソードを振る。
「……そうか。最後まであきらめなかったか」
誰よりも近くでそれを見ていた稔は葵が放った最後の攻撃を目を瞑りながら完璧に弾き、鞭剣ウィップソードを持っている右の手首を掴みながら顔を近づけた。
「その諦めない心だけは認めてやろう。だが、力を認めることはしない。私の妹として恥じないように過ごせと言っていたはずだ。それなのにお前はまだデュラハンの力を全て引きだせていない」
「そ、それは……」
「弱い者は淘汰される。またあの事件を繰り返したいという言うのなら好きにするがいい。私の名前に傷がつかない程度なら何をしても構わない。だが、私の名前に傷をつけるなら容赦はしない」
「……はい。姉さん」
隼人が託してくれた勇気も、今の葵からは一ミリも感じられなかった。ただ姉の強さと厳しさに恐れ、恐怖する心が託してくれた勇気を再び凌駕してしまったのだ。そして……勇気を託した隼人は意識と無意識の狭間を彷徨っていた。
※※※※
――隼人よ。わしの声は聞こえるじゃろ?
――……。
――負けたのは仕方ないことじゃ。あやつはあれでもレメゲトンのメンバーじゃからのぉ。今の隼人に勝てる相手ではない。じゃが……そうやって引きこもっているのは隼人らしくないのぉ。
――そんなの分かってる。けど、力も何もない俺にはどうすることもできないんだよ。
ただ暗い世界が続いている中で頭に響くのは希望にも似たティアの声だった。いつものようにからかうような口調で話を切り出し、引きこもっている俺を引っ張りだそうとしているようだった。
――どうすることもできない? 前にも言うたであろう。力はわしが授けるのじゃ。隼人はただその力を使って暴れればいいだけじゃ。
――霊力も完全に尽きたんだ。それに右手を斬られた……そんな俺に残っている力なんて無いんだよ。
突き放すように……全てを投げだすように言った。するとティアはため息をついてから呆れるような口調で再び返事を返す。
――仕方ないのぉ。わしの霊力を貸してやろう。先日と同じ装甲を隼人の左腕に纏わせてやろう。斬られた右手はわしが治しておくから隼人はただ暴れればいいだけじゃ。
――何でだ? 何でそんなに俺に力を貸す?
――何故じゃと? 契約を交わしたわしが力を貸すのはそんなにおかしなことかのぉ?
悪戯するような口調でティアが返事を返し、言ってくれた通り霊力を送ってくる。目を開けても暗闇だった場所に光が満ちて、先ほど見ていたグラウンドの光景が映った。斬られたはずの右腕もキチンと治っていて、左腕は先日の時のように黒い装甲が肩から指先にかけて纏っていた。
そして……少し遠くでは擦葉姉が擦葉に何かを吹き込んでいた。
「さて……行くか!!」
――身体強化で一瞬にして近づき、そのまま左手で思い切り殴るのじゃ。剣で防ぐなら剣がへし折れ、まともに喰らっては武装は引きはがされることは確実じゃ。第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンの強制解除とまではいかないかもしれんが、不意打ちには十分じゃろ。
――ああ。お前の言った通り、好き勝手に暴れてくるぜ!!
ティアに伝わるようにそう心の中で呟いた俺は指示通り身体強化魔法を発動させ、足に力を入れて思い切り地面を蹴る。走って行くのではなく、推進力が少なくなったタイミングで地面を蹴って何度も加速して二人がいる場所まで向かった。
大分近づいたところで黒い装甲を纏う左手を固く握りしめ、思い切り殴りかかる。
「擦葉稔!!!」
「なっ……!! お前はさっき私が気絶させたはず……!!」
完全に油断をしていた擦葉姉は咄嗟に攻撃を防ぐ素振りを見せるが、今の俺にはその行動すらも止まって見えるほど遅かった。躊躇いもなく、一ミリの慈悲もないまま装甲を纏った左手で擦葉姉の脇腹を殴る。防ごうとしていた左手は間に合わなく、俺の拳が完璧に入った。
――巫女服にも似た武装にひびが入り、腹部の一部が破壊された。
「私の武装が破壊された……!? お前!! その腕は……力は何だ!!」
「知りませんよ。それより、早く続きをしませんか? まさかこれで終わりじゃないですよね?」
調子に乗って擦葉姉のことを全力で挑発する。簡単には引っかかってはくれないだろうと期待はしていなかったが、現役レメゲトンの擦葉姉がまだ学生である俺の挑発に乗って来てくれたのだ。顔を真っ赤にして、悔しそうに歯を食いしばりながら火の剣を薙ぎ払う。
「それじゃダメですよ」
嘲笑しながら剣を左手で掴み、握力だけで剣を破壊する。俺の左腕には霊殺しの力が宿っているのだ。召喚霊専用の武器などただの餌に過ぎない。
直ぐに反撃をしようと再び拳を構えたら擦葉姉の方から距離をとった。そして、苦笑しながら俺に問いかける。
「お前は何者だ? さっきまでのお前とはまるで違うように見えるのだがな」
「俺は俺ですよ。神風隼人です。それ以上でも以下でもないです」
「そうか……。そして、一度謝ろう。お前たちの力は本物だ。不出来の妹は最後まであきらめなかったし、お前は謎の力で私を圧倒した。約束は約束だ……先ほどのことに対しての非礼を詫びるとしよう」
――なんじゃ。もう終いか。
つまらなそうにいち早く擦葉姉の言葉に反応したのはティアだった。俺も内心ティアと同じことを考えていて、どこか安心したところがあったのだが現実はそんなにうまく行かなかった。自分の専用武器が破壊されたことによって興奮した擦葉姉が再び武器を出す。
先ほどの剣と同じモデルに見えるが、さっきの剣よりも少しだけ刀身が長かった。
「これはただの興味だ。私の全力……とまではいかないが、全力に近い攻撃を耐えられるか試させてくれ」
「そんなことするわけねえだろ」
「これは召喚術師が召喚霊の力を借りることで使えるスキルという技だ。霊力を莫大に消費することで普通の攻撃の数十倍から数百倍の威力を繰り出せる」
――まずいぞ隼人! さすがにスキルを使われたら隼人の体はもたん!
――そんなこと分かってるっつの。だから何とか止めようと頑張って考えてるところなんだよ!!
死ぬのは勘弁なのでどうにか止めたかったけど、擦葉姉の行動を止められる奴はもはや誰も居なかった。霊力を高める擦葉姉を攻撃してやろうかと思ったけど、その時にスキルを放たれたらどうすることもできないと思って何もできなかった。
――もう終わりだと思った瞬間、誰も止められないと思っていた擦葉姉を声一つで止めた。
「それはやめてほしいな。万が一生徒が死んだらそれこそ大問題だからね」
「!!? り、理事長!?」
「お、お前は――」
ゆっくりと歩いてくる理事長。擦葉姉も一度霊力を高めるのを止め、理事長の方に視線を向けた途端に態度を一変させた。
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