共闘
「……いきなりどうした? 躊躇いもなく本気で女性の顔面を殴ってくるとは、感心しないぞ」
完全に不意打ち……意表を突いたというのに擦葉姉は怒りがこもった拳を冷静に受け止める。そのまま拳を握りつぶすように力を入れ、俺の手からミシミシと鈍い音が聞こえる。もう少し力を入れたら骨が砕かれそうというところまで来たところで擦葉姉が尋ねてくる。
「お前はそんなことをする男とは思えない。……私に何か言いたいことがあるのだろう?」
鋭い目つきで俺のことを睨み、冷たく吐き捨てるように言われた言葉は俺の怒りをさらに大きくさせた。馬鹿にするように鼻で笑い、挑発するような口調で言う。
「ああ……あんたに言いたいことは色々あるけど、取りあえず擦葉……擦葉葵に謝れ。あんたが何で厳しく、そして強くなったのかは知らないけど、あんたの理想をあいつに押し付けるな」
「……」
ただ黙り込んだ擦葉姉は一度目を瞑り、息を大きく吸い込むと掴んでいる俺の手を引いて顔を近づける。そして……耳元で囁くようにして言った。
「随分と面白いことを言うのだな」
「がっ……!?」
死神の囁きにも似た冷たくて暗い声が耳に届くと同時に、腹部に強烈な一撃をもらう。内臓という内臓が口から飛び出てしまう感覚に襲われ、手を離された俺は重力に従うように膝から崩れて殴られた腹部を押さえる。尋常じゃない痛みが腹部に残り、その痛みが全身に浸透していくような感覚に襲われた。
「この私にそこまでのことを言ったことは褒めよう。だが、私に謝罪させるほどの力が無いのなら黙っていた方が良かったな。
あの不出来な妹に聞いたんだろうが、あいつに構っている暇があるなら強くなれ。お前ならもっと先に行けるはずだ」
「……断る!!」
「なんだと?」
浸透しながらどんどん痛みを増す傷を我慢しながら小鹿のように立ち上がり、睨みつけるようにして擦葉姉を見る。そして爆発させる。自分の胸に抱いていた想いを。
「あいつはな……好きで講師を殺したわけじゃない。制御できないほどの力なんて、本来なら使いたくはなかったんだ。けど、今のあいつは使うしかなかったんだ。
制御できなかったとしても、仮に人を殺めてしまったとしても今ある力に縋るしかなかったんだ。あんたに認められるためにな!!
その努力も、その想いも、その気持ちにも気づけないお前に姉を語る資格何てない!! たった一人の妹を救うこともできないお前にレメゲトンを名乗る資格もないんだよ!!」
息が切れてしまうほど……体の内から熱くなってしまうほど叫んでしまった。気づけば擦葉姉を取り囲んでいた生徒たちは消えていて、雄たけびにも似た俺の言葉を黙って聞いていた。笑い声や批判の声が飛び交うと思っていたが、目の前にいる擦葉姉がゆっくりと近づきながら拍手をした。
「なるほど……私にはレメゲトンの資格も、あれの姉を名乗る資格もないというのか」
不敵な笑みを浮かべる擦葉姉はどこか怖かった。凛々しく、絵に描いたようなヒーローの風貌をしている擦葉姉は俺の目の前には存在しておらず、今俺の目の前に存在しているのは正義という皮を被っているただの召喚術師だった。
「いいだろう。ならそれを証明してみるがいい」
「証明だと?」
「ああ……。お前と不出来の妹、二対一でいいから私と戦え。もちろん召喚術も使っていいが、使っていいのは第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンまでだ」
「現役のレメゲトンが現役学生に召喚術を使うのか?」
心底馬鹿にするように俺は苦笑しながら言った。すると擦葉姉はレメゲトンのプライドなど既にドブに捨てたように、刀を抜いて答えた。
「お前からしたら私はレメゲトンではないのだろう? なら使っても問題はないだろう」
「……分かった。二対一の決闘。ルールは第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンまでだ」
自分の言ったことが巨大ブーメランになって帰って来たので何も言い返せない俺は、ただ擦葉姉の言う通りに従うことしかできなかった。
――こうして、現役レメゲトンの擦葉稔と再び決闘することになった。
※※※※
「では特別戦争を始めます。範囲はグラウンド内でお願いします。一応結界を張ってはいますが、フルパワーで攻撃をしたら崩壊する恐れがあるので注意してください」
「分かりました」
決闘をしない他の生徒たちは一度校舎に戻し、窓に撮影している動画を投影しているのでそれで確認していた。一年の担任全員で結界を張り、その要となっている場所に一人一人講師が立っている。
擦葉姉と決闘することになったということを巻き込んでしまった擦葉に話すと、素直に謝罪をされた。自分のことで迷惑をかけてしまって申し訳ないと頭を下げられ、涙を流した擦葉。でもこれは自分がやりたいからやっただけなのだ。
――なにやら正義のヒーローのようじゃのぉ。
――正義のヒーローにしては目が死にすぎてるだろ。それに力も足りてねえし。
――隼人は力がないとヒーローになれないと思っておるのか? それは間違いじゃな。それに、隼人が持っていない力はわしが貸す。つまり、隼人の解釈では力さえ持っていれば隼人でもヒーローということになってしまうぞ?。
――それはまあ……そうなんだけどさ。
――まあよいわ。今度こそわしの出番のようじゃからな。しかし、あの時のように霊殺しの装甲を纏わせるのはオススメはせぬぞ? そもそも隼人の霊力では数秒でも保てれば良い方じゃからな。
目を上に向けながら心の中でティアと会話をしていると俺の名前を呼ぶ声が耳に響く。目を覚ましたように目線を真正面に合わせると、心配そうに覗き込む擦葉が目の前にいた。
「うおぉ!?」
「い、いきなり大きな声を出すな! 君が何度呼んでも反応しないから仕方ないだろう!」
「あ……そ、そっか。悪い悪い」
「君と話すと何故か力が抜けてしまうな………。それはいいとして、君はこの決闘では何もしなくていい。姉さんの相手は私一人でするからな」
自身満々に胸に手を添える擦葉。だが、添えたその手はとても震えていて顔もどこか強張っていた。擦葉姉に対して相当な恐怖が募っているというのは誰が見ても明らかだった。俺は……無理をしてまでそんなことを言う擦葉を見て何故か胸が痛くなり、肩を叩いて優しく言った。
「元々この決闘に巻き込んだのは俺なんだ。お前だけでも……俺だけで戦っても意味はない。あいつに認められたいのなら、この戦いで大事なのは一人でがむしゃらに戦うことじゃない。一人だろうが……二人だろうが、あいつに勝つことだ」
「……そうか。そうだな!」
ようやく笑顔を見せてくれた擦葉。心の中ではティアがからかうような言葉を投げかけてきたけど、思い切り無視して集中力を高める。リスのように頬を含まらせて怒っているティアの姿が見えているようだったが、そんなことを気にしている場合ではない。
「準備は出来たか? じゃあ……始めるか」
「ああ。やるか」
殺意の籠った瞳で俺と擦葉を睨み、それだけで数歩後ろに下がってしまうほどの恐怖を募らせる。しかし、俺の薄っぺらいプライドが恐怖を打ち消して優しく俺の背中を押した。
立花先生が決闘開始の合図を出し、今日二回目の戦いが始まる。
「第一形態召喚霊召喚ファースト・サモン!!」
戦いが始まって直ぐに召喚術を発動させた擦葉。先日と同じようにデュラハンのような紫色の鎧を着こなし、鞭のような剣……通称鞭剣ウィップソードと呼ばれる武器を片手に持った。
「それがお前の召喚霊の第一形態召喚霊召喚ファースト・サモンか。不出来でいながらも、霊力だけは一人前のようだな」
どこまでも擦葉のことを見下す擦葉姉は実の妹の名前を呼ぶことさえしなかった。嘲笑するように擦葉のことを見つめ、程なくして擦葉姉も霊力を高めて刀を地面に立てる。
「第一形態召喚霊召喚ファースト・サモン第一形態召喚霊召喚ファースト・サモン!!」
擦葉姉がそう叫ぶと霊力が一気に高まり、淡い光が擦葉姉を包みこむ。やがて光は消え、第一形態召喚霊召喚ファースト・サモン状態の擦葉稔が姿を現す。
巫女服にも似た上から下まで赤い服を纏い、地につけてあった刀の刃紋までもが赤く染まっていて異常な熱を持っているようだった。
――ふむ。どうやらあやつは火の神と呼ばれている迦具土神カグツチの使い手のようじゃのぉ。火という属性のジャンルで言えば、サラマンダーと同じじゃが強さは雲泥の差じゃろうな。
――そんなに違うのか?
――サラマンダーが繰り出せる炎の温度は摂氏1000℃くらいじゃろうが、迦具土神カグツチが繰り出せる火の温度は摂氏10000℃を超えるようじゃだからのぉ。もちろん溶ける暇もなく燃え尽きるじゃろうな。
――それは俺に死ねって言ってるのか? この世に骨一つ残らず死ねって言ってるのか?
――そんなことは言っておらん。わしにすればサラマンダーの炎も迦具土神カグツチの火の温度も同じじゃからのぉ。
「何を茫然と立っている?」
「ふぇ? うおぉああああ!!!」
いつの間にか接近していた擦葉姉が容赦なく刀を振ってきたので転がるようにして回避する。するとグラウンドの一部は火の海となってしまい、熱がこちらにも伝わってくるようだった。
「どうした? お前の言うことを私に認めさせたいというなら勝って認めさせろ。この火の剣で全てを受け止めてやろうではないか」
挑発するように発する擦葉姉の言葉に動かされた俺は正直に刀を抜いて斬りかかった。単調で、純粋な太刀筋に若干呆れながらも余裕で受け止める。本来、召喚霊専用の武器に対して通常の武器で戦ったらその武器は持たない。
普通の武器には召喚霊が持つ『属性』という攻撃力とはまた違った耐性がなく、簡単に破壊されてしまうのだ。擦葉の鞭剣ウィップソードは無属性の武器なので衝撃を抑えれば破壊されずに受けることは出来るのだが、擦葉姉のように属性を持った召喚霊専用の武器に対して普通の武器で攻撃をしていたら簡単に破壊されてしまう。
「……?」
「どうしました?」
「神風隼人と言ったな……お前は召喚術は使えないと言っていなかったか?」
「使えませんよ。使えたら使ってますからね」
俺の刀を受けた擦葉姉の表情が変わった。そう。召喚霊……迦具土神カグツチ専用武器である火の剣で受けても、俺の刀がいつまでも破壊されないからだ。
「この刀は特別なんですよ。何でも属性ダメージを受けない魔法が刻印されているらしくて。……まあ、家から勝手に持ってきた刀なんですけどね!!」
身体強化をして一時的に身体能力を飛躍させた俺は擦葉姉のことを吹っ飛ばす。何故かは分からないが、いつもより力がみなぎるような気がするのだ。始めて味わう感覚に胸を躍らせていると、タイミングよくティアがその答えを教えてくれた。
――隼人の霊力を操作して身体強化の時間を短縮した分、強化倍率をあげたのじゃ。普段通りでは戦いにならんからのぉ。
――そういうことか。……まあ、確かにそうなんだけどさ。
少し悔しそうに言うとティアは怒っているような口調で言ってきた。
――たわけ! こうでもしないと隼人は本当に死んでしまうぞ!! 時間がない以上、早く決着をつけんか!!
ティアの言葉に背中を押された俺は吹っ飛ばした擦葉を追いかけるようにして駆け出し、再び刀を構える。するともの凄い速度で魔法陣を足場にして跳躍するように近づく擦葉姉が火の剣を真っすぐ俺に向けていた。
――まずいぞ。今すぐ空に逃げるのじゃ!!
――え!? い、いきなり言われても無理だって!!
「終わりだ!」
火の剣をフェンシングのように突き刺してくる光景を見て終わったと悟ったが、いつまで経っても痛みがやってこないことに気が付いて恐る恐る目を開けた。目を開けて入ってきた光景は擦葉の鞭剣ウィップソードが擦葉姉の火の剣を結び、必死に食い止めようとしていた。
「今だ神風隼人!!」
「お、おお!!」
手助けをしてくれた擦葉に軽く戸惑いながら本気で刀を振る。子供の頃にやり、今もなお体に染みついている剣技を―――
「行くぞ神風流剣術、連鎖の舞!!!」
刀を薙ぎ払いながら擦葉姉の横を通りすぎる。俺が繰り出した“連鎖の舞”というのは簡単に言えば必殺技のようなもので、その名の通り斬撃の連鎖が次々と襲い掛かるのだ。刀を舞うようにして薙ぎ払うことから名前がつけられたと聞くが、この技を喰らって立ち上がった奴は今までで一人もいない。
「ふう……」
一気に疲労が出てきた俺は一度身体強化魔法を解除した。連鎖の舞をまともに喰らった擦葉姉は流れるような動作で地面に倒れ、そのまま微動だにしなかった。遠くで援護していた擦葉もこちらにやって来て、俺に手を振りながら名前を呼んだ時だった。
――隼人!! 今すぐそこから逃げるのじゃ!!
――え? なんだって?
声を変えたティアが叫ぶように言った時には既に遅かった。立ち上がった擦葉姉が俺の方に駆け寄ろうとした擦葉に斬りかかろうとしていた。今までのどの攻撃よりも本気で、磨きのかかった一撃。あれをまともに喰らってしまったら、それこそ死んでしまうかもしれない。
「擦葉ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
身体強化魔法を発動させ、持っている力を全て出し尽くすように擦葉に手を伸ばす。
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